教育を考える 2018.8.5

子どものための哲学入門ーー津田塾大学総合政策学部学部長 哲学者・萱野稔人先生インタビューpart3

子どものための哲学入門ーー津田塾大学総合政策学部学部長 哲学者・萱野稔人先生インタビューpart3

哲学というと、一般の日本人にとっては歴史の授業で哲学の偉人について少しだけ触れるくらいのもの。けっして馴染みがあるものではありません。しかし、哲学が「世界、人間についての原理を探求する学問」という定義通りのものであるのなら、子どもの教育にも非常に有意義なもののように思えます。気鋭の哲学者・萱野稔人先生が、子どものための哲学入門講義を行ってくれました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS) 写真/玉井美世子

哲学者・アリストテレスの主張は子どもの成長そのもの

哲学というと、多くの人には馴染みがないでしょう。もし哲学のイメージを持っていても、それは特権階級の頭でっかちな人間がものごとの理想を論じてきたというものかもしれませんね。哲学には大きくわけて、ふたつの系譜があります。実際、ひとつはそういう哲学ですが、じつはそちらは主流ではありません。では、もうひとつはどんなものかというと、意外と「泥臭い」ものなのです。

わたしが好きな哲学者は、古代ギリシャのアリストテレス。彼も「泥臭い」哲学者でした(笑)。アリストテレスが語ったのは、ごく簡単に言えば「結局、人間は自分で経験しなければ駄目だ」ということ。自己を高めるためには、経験のなかで模索するしかないと説いたのです。生まれながらに勇敢な人間などいません。修羅場を乗り越えた人間だけが、結果として勇敢になることができる。強くなるためには戦いの経験を積んで、自分なりになにかをつかんでいかなければならない、と説いたのです。よく考えればあたりまえのことかもしれませんが、そういう考えがわたしには強く響くのです。口先だけで行動が伴わない人間ってあまり信用できないですからね。

そして、経験のなかで模索しながら成長していくというと、まさに子どものことだと言えますよね。そう考えれば、哲学こそ子どもにぴったりの学問なのかもしれません。とはいえ、有名な哲学者の学説といった知識は子どもには一切必要ない。なぜなら、哲学について知ることと哲学を実践することは、まったく別のものだからです。それでは、哲学を実践するとはどういうことなのか? その方法をお教えしましょう。

問いかけがコミュニケーションとなり知的好奇心を育む

以前、ある大学で出張授業を行ったことがあります。その授業で、「お金以外で、皆さんが生きていくうえで一番重要なものはなんですか?」と学生に問いかけてみたところ、ちょっとやんちゃ風の男子学生が「それは仲間です」と答えてくれました。普通はそこで思考は止まってしまいます。なぜなら、「仲間」という答えが出ましたからね。でも、哲学ではもっと掘り下げていくわけです。仲間が大事なのであれば、いい仲間とずっと関係を維持していくためにはなにが必要なのか、そもそもいい仲間というのはどういう人間のことなのか……。そういうふうにして問いはどんどん広げられるものなのです。5、6歳の子どもが相手であっても似たようなことはいくらでもできるのではないでしょうか。

たとえば、ちょっと意地悪な質問かもしれませんが、わたしなら「嫌いな人は誰?」って聞いてみたいですね(笑)。答えてくれたら、今度は「どうして?」「どこが嫌い?」「その人と一緒に1日過ごさなければならないとしたらどうする?」と。その人がなぜ嫌いなのかと考えるだけでも、思考するトレーニングになると思います。それに、大人になれば嫌いな人とも一緒に過ごさなければならないことって意外とあるものじゃないですか。まだ少し早いかもしれませんが、社会生活を営む人間ならではの特殊な状況にどう対処すればいいのかということを、子どもなりに考えさせるということでもあります。

幼い子どもは「嫌だ」「嫌い」とはよく言いますが、「どうして?」というところ、そして、解決策を考えるというところにはまだ思考が至っていません。それこそ、3歳くらいだとようやく感情が出てきて、その直接的な言葉を言えるようになってきただけ。いわゆる「イヤイヤ期」の子どもなら、「どうして?」と問いかけてもまともな答えは返ってこないでしょう。それでも、「どうして?」と聞き続けることは大切だと思うのです。幼いうちから考えさせるトレーニングになりますし、いずれ「そういうことにも答えていかないといけないんだ」とわかりはじめます。すると、ただ「嫌だ」と言うだけではなく、「自分はどうしたいのか」「どうすればいいのか」と考えを深めるきっかけにもなるからです。

しかも、それが結果的に親子のコミュニケーションにもなります。知的好奇心はそれこそすごく幼い頃から形成されるもの。そして、その形成に大きく関わるのが親とのコミュニケーションなのです。一番近くにいる大人である親が知的好奇心を持っていないと、子どもの知的好奇心は間違いなく育ちません。価値観や考え方の道筋すら、本当にそっくりになるのが親子というものではありませんか。子どもというのは怖いほど親の背中を見て育つものだということを肝に銘じて、親御さんは子どもとしっかりコミュニケーションを取り、知的好奇心を育んであげてください。


社会のしくみが手に取るようにわかる哲学入門〜複雑化する社会の答えは哲学の中にある
萱野稔人 著/サイゾー(2018)

【プロフィール】
萱野稔人(かやの・としひと)
1970年9月22日生まれ、愛知県出身。早稲田大学卒業後、1年間のフリーター生活を経て渡仏。2003年、パリ第10大学大学院哲学科博士課程修了。2007年に津田塾大学学芸学部准教授となり、2013年より同教授、2017年より同大学総合政策学部学部長。『PRIME news alpha』(フジテレビ)をはじめ、数多くのメディアで活躍する。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。野球好きが高じてニコニコ生放送『愛甲猛の激ヤバトーク 野良犬の穴』にも出演中。