教育を考える 2018.8.8

子育てに生かせる実践哲学ーー津田塾大学総合政策学部学部長 哲学者・萱野稔人先生インタビューpart4

子育てに生かせる実践哲学ーー津田塾大学総合政策学部学部長 哲学者・萱野稔人先生インタビューpart4

長い歴史のなかで世界のあらゆる事象を論じてきた哲学。親、子ども、その関係、そして子育てといったものも、当然その論題となってきたのかと思いきや、哲学者・萱野稔人先生によると意外にもそうではないそう。ただ、「子育てに十分に生かせる哲学のテーマはある」とも先生は力強く言います。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS)

親の姿勢次第で子どもが「なにに満足を感じるか」が変わる

哲学において、親子関係についての議論はあまりなされてきませんでした。過去の哲学者というのはとにかく独身者が多かったことがその理由です。というのも、それぞれの時代の社会に適合できないような人たちがほとんどですからね。結婚にもあまり向かない、要は……変人ということです(笑)。

子育てに直接言及したものではありませんが、哲学にも、子育てや教育に生かせるテーマはたくさんあります。ひとつは、「どうすれば真理を認識できるか」ということ。現在のように科学が発達する以前は、哲学こそが真理を追求する学問でした。ごく簡単に言えば、「どうすれば頭が良くなるか」ということですね。そしてもうひとつは、「いかにして幸福になるか」ということ。つまり、「知性」と「幸福」です。面白いことに、このふたつが哲学では一体化していると見ることもできるのです。「真理を認識することが人間にとっての幸福だ」と。こう表現するといかにも頭でっかちの学者の言葉のようですが、これが中身を見ると非常に面白い。このふたつが、つながるポイントがあるのです。

それは「なにに満足を感じるのか」という問いです。これが、知性と幸福を結びつけていく。人間というのは「なにに満足を感じるのか」によって生き方が大きく変わるものです。家でスナック菓子を食べながらだらだらとテレビを観ることに満足を感じるのか、あるいは目の前の少しばかり楽しいことは我慢して勉強し、新たな知識を得ることに満足を感じるのか……。後者であれば、まさに真理にも幸福にも同時に近づける可能性が高まりますよね。一挙両得というわけです。

そして、「なにに満足を感じる」子どもになるかは、すべてと言っていいほど一緒に暮らす親にかかっています。親とすれば、ただだらだら過ごすのではなく、勉強に限らずスポーツでもいいので、一生懸命に練習してそれまでできなかったことができるようになることによろこびを見出す子どもになってほしいですよね? であれば、親がそういう姿勢を見せていく必要があるということなのです。子どもは親の背中を見て育ちます。だからこそ、親が休日に昼間からソファに寝転んでビールを飲んで幸せな顔をしているようでは……子どもの価値観も、似たようなものになっていきます。

自己肯定感を持たせて独り立ちできる人間に育てる

そして、「なにに満足を感じるのか」という価値観の他に、「自己肯定感」も親が子どもに与えるものでしょう。自己肯定感は、子どもが頑張るための基礎、幸福を感じるための基礎になるものですから、子どもにとって非常に重要なものです。

日本の教育現場では、とかく上から押さえ込むような「否定」が目立ちませんか? そんなことでは、子どもたちが一歩前に踏み出す勇気を持てません。であれば、どうすればいいのか? それは、褒めてあげることです。ただ、褒め方にも種類があるので要注意。「才能」を褒めると、なかには努力をしなくなる子どももいます。一方、努力したプロセスを褒めてあげると、自己肯定感が高まりさらに伸びていく。社会人であれば、どんなに努力したところで結果が伴わなければ意味はないと言えますが、成長途中の子どもとなれば話は別。しっかり努力を褒めてあげて、たとえ挫折しても立ち上がって努力を継続できる子どもに育ててあげたいものです。

結局のところ、子育て、教育の最終目標とはなにかと言えば、子どもをそれぞれの時代において自立した人間にしてあげることではないでしょうか? 生物学的な順番で言えば、親が先に死ぬわけです。つまり、どこかで子どもの面倒を見ることができなくなる。その後の子どもの人生のために、独り立ちできるマインドをつくってあげなければなりません。

そのためにも、子どもが自己肯定感を持つことが非常に重要になってくる。スポーツの世界でもそうですが、否定して「それでもはいあがってこい!」というような、一昔前の根性や精神論では「そこそこ」のところまでしか成長できないということは明らかです。いかに子どもたちを勇気づけ、技能も同時に伸ばしてあげるか。なおかつ精神的なよりどころをつくってあげて、本番の舞台に立たせてあげるか。これはスポーツだけではなく、これから子どもたちが歩んでいく人生においても同様のことが言えます。もっとエンカレッジする、勇気づける教育を心がけていくべきでしょうね。

とはいえ、わたし自身は自分を追い込むようなハードな筋力トレーニングも好きなんですけどね……(笑)。もちろん、人から言われてそんなトレーニングをやるのは絶対に嫌ですよ。もちろんこれは、子育てにも通じることではないでしょうか。親や教員が子どもにモチベーションを与えてあげる。そして、つらい練習をしようだとか、もうひとつレベルが高く厳しいことに自ら臨んでいこうと、自発的に子どもに思わせることが大事なのだと思いますよ。


社会のしくみが手に取るようにわかる哲学入門〜複雑化する社会の答えは哲学の中にある
萱野稔人 著/サイゾー(2018)

【プロフィール】
萱野稔人(かやの・としひと)
1970年9月22日生まれ、愛知県出身。早稲田大学卒業後、1年間のフリーター生活を経て渡仏。2003年、パリ第10大学大学院哲学科博士課程修了。2007年に津田塾大学学芸学部准教授となり、2013年より同教授、2017年より同大学総合政策学部学部長。『PRIME news alpha』(フジテレビ)をはじめ、数多くのメディアで活躍する。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。野球好きが高じてニコニコ生放送『愛甲猛の激ヤバトーク 野良犬の穴』にも出演中。