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早稲田大学卒業後、1年間のフリーター生活を経て渡仏。パリ第10大学に通いながら衝撃を受けたのは、日本とフランスの教育の大きなちがいでした。日本で重視されるのはインプットであることに対し、フランスでは幼い頃からとにかくアウトプットを重視していたそう。哲学者・萱野稔人先生が感じた日仏の教育のちがいをヒントに、子どもの「考える力」を伸ばす方法を教えてもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS) 写真/玉井美世子
フランスでは小学校から「考え方」を教えている
日本人だと、「哲学」と聞いてもピンとこないという人がほとんどではないでしょうか? それは当然のことです。なぜなら、哲学に触れることがほとんどありませんからね(苦笑)。ところがフランスでは、哲学が大学入学資格を得るための必修科目になっているんです。どんな内容かというと、もちろん重要な哲学者の学説を大まかに習うこともするのですが、より重視されているのは、日本で言うところの小論文の作成です。ある論文について、「あなたはどう考えますか」と問うのです。他人の考えを理解して、自分の考えと照らし合わせて、深く考えて自分の言葉で表すという作業です。
いまでこそ、日本でもアウトプットの力や考える力が大事だと言われていますが、フランスでは大学に入るまでの教育課程にそれらを養うことが組み込まれています。さらに驚くべきは、この小論文の科目は小学校からあるということ。哲学という名前になるのは高校からですが、同じような形式で自分の考えを述べさせる科目です。これがすごく重視されています。
日本の小学校でも感想文は書かせますよね? ただ、その指導はというと「思ったことを素直に書くのがいい」「伸び伸びと書けばいい」といった漠然としたものがほとんど。フランスの場合はまったくちがって、もっと学術的なことが求められます。基本的な形式はふたつあって、ひとつは課題の文章を自分の言葉で要約するというもの。もうひとつは、要約して理解したうえで自分の意見を述べるというもの。そして、「こうすればちゃんと要約できる」「こう考えれば自分の意見をまとめられる」ときっちり方法論を教えるのです。「自分の頭で考えろ」と簡単に言いますが、どうすれば自分の頭で考えられるのか、考えたことになるのか、日本ではほとんど教えてくれません。日本の教育の遅れているところだと感じますね。
アウトプットしなければ勉強する意味もない
日本の高校までの勉強というのは、答えがある問題をいかに正確にインプットするかということを重視しています。一方、フランスは完全なアウトプットの勉強。小論文に限らず、それはあらゆる科目の試験に共通していて、たとえば歴史でもなんでも試験はほとんどが記述式です。びっくりすることに、穴埋め問題なんて一切ありません。信じられますか? フランスの教育の根幹には、自分で考えて表現するという「哲学」があるのです。その教育を小さな頃から徹底されているのですから、日本とはまたちがった子ども、大人になっていくことは明白ですよね。
その事実を知り、わたし自身も大いに刺激を受けました。日本の大学を卒業していた年齢でしたが、「アウトプットしなければ勉強する意味もない」と考えるようになったのです。哲学者の立場で言えば、100万冊の本を読んでいても論文を1本も書いていなければ絶対に評価されることはありません。逆に、100冊の本しか読んでいなくても、いい論文を書ければそれでいい。哲学者に限らず、それこそあらゆる仕事がアウトプットですよね。本来はアウトプットが求められているのに、日本の教育現場ではインプット重視という矛盾があるわけです。
アメリカや中国に比べて、日本からはイノベーターが現れにくという意見もあります。人口の差を考えれば仕方ないとも思いますが、改善すべき点は明らか。それは、アウトプットする力を養うことです。既存の知識を反復しているだけでは、画期的なイノベーションを生むことはできません。自分で創意工夫しながらアウトプットしていこうという姿勢が求められるのです。
学び続けるモチベーションを子どもに与える
また、日本とフランスでは教員の役割にも大きなちがいを感じました。知識をわかりやすく生徒に伝えることの他、フランスでは生徒のモチベーターとしての役割がすごく重視されているのです。しかも、生徒のモチベーションを高めるための方法論が教員の間で共有されている。勉強が苦手、嫌いな子はどこの国にもいます。そういう子は、「なぜ勉強しないといけないの?」と疑問を持ちますよね。それに対してどう答えれば納得させられるのか、どうすれば勉強が楽しいと思わせられるのか、そういう方法論です。
日本の場合、どこかにまだ根性論が残っています。上から押し付けるのではなく、勉強が苦手な子にも、勉強を嫌いにさせず、知識を手に入れること、ものごとを探求すること、そうして知的に高まっていくことの楽しさを教える。そういうことを、フランスの教員はかなり強く意識しているようです。
日本の先生たちも、正解のある知識をわかりやすく教えるスキルは非常に高いと思います。だけど、今後を考えるとそれだけでは時代についていけません。正解のない時代のなかで、手探りで新しいものを作り出していくような力がこれからは必要になってくるからです。先の時代を見越して、学び続けるモチベーションを子どもたちに与えることをもっと重視すべきだと感じます。
ただ、それは教育現場に限った問題ではありません。頭ごなしに子どもを叱ったり、押し付けるように勉強をさせたりしているような親御さんはいませんか……(笑)。フランスの家庭では子どもとしっかり対話して諭すことが重視されています。子どもを、親と対等の人格を持った相手だとみなさないと対話は成り立ちませんよね。それが、早くから子どもの自立心を育むことになるのです。もちろん日本の教育にも素晴らしい部分はたくさんありますが、こうしたフランスの教育も参考になると思うのです。
『社会のしくみが手に取るようにわかる哲学入門〜複雑化する社会の答えは哲学の中にある』
萱野稔人 著/サイゾー(2018)
■ 哲学者・萱野稔人先生 インタビュー一覧
第1回:哲学で子どもの「考える力」を伸ばす(前編)
第2回:哲学で子どもの「考える力」を伸ばす(後編)
第3回:子どものための哲学入門
第4回:子育てに生かせる実践哲学
【プロフィール】
萱野稔人(かやの・としひと)
1970年9月22日生まれ、愛知県出身。早稲田大学卒業後、1年間のフリーター生活を経て渡仏。2003年、パリ第10大学大学院哲学科博士課程修了。2007年に津田塾大学学芸学部准教授となり、2013年より同教授、2017年より同大学総合政策学部学部長。『PRIME news alpha』(フジテレビ)をはじめ、数多くのメディアで活躍する。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。野球好きが高じてニコニコ生放送『愛甲猛の激ヤバトーク 野良犬の穴』にも出演中。