平成18年度から文部省が「早寝早起き朝ごはん」国民運動を提唱したほど、日本の子どもの睡眠不足は問題となっています。成長期の子どもにとって、生活リズムの乱れによる睡眠時間の低下はどのような影響を及ぼすのでしょうか。眠りの専門家である明治薬科大学の駒田陽子先生にお聞きしました。【最終更新日:2022年4月7日】
構成・編集/木原昌子(ハイキックス) 取材・文/田中祥子 写真/児玉大輔(インタビューカットのみ)
寝ない子の脳は発達が悪くなる
睡眠時間が足りないことによる影響を「脳の発達」「体の成長」「心の発達」の3つに分けて見てみます。まず1つ目の「脳の発達」についてお話ししましょう。
アメリカの高校生を調査したデータによると、成績の良い生徒ほど睡眠時間が長く、寝る時間が遅くなるほど成績が振るわないということが20年前に報告されていました。近年の報告でも、ノルウェーの高校生を対象とした2016年の大規模調査ですが、成績が良い生徒は8時間程度の睡眠時間をとっており、睡眠時間が短いと成績が下がる傾向がありました。睡眠と学習は深い関わりがあるのです。
脳にある「海馬」は記憶や学習能力に関わる部分です。睡眠の長さと海馬の体積との関連を調べた東北大学の研究によると、睡眠時間を十分にとっている子どもは海馬の体積が大きいことがわかりました。もちろん頭の大きさには年齢による違いや個人差がありますので、それを調整しても睡眠時間と海馬の大きさには相関がみられるため、寝ない子の脳は発達が悪くなるということが言えるでしょう。
一夜漬けで寝ずに勉強すると、なんとか次の日のテストはこなせても、1週間後にはその時に勉強したことを忘れてしまいます。また、勉強に限らずスポーツや楽器の演奏などでも、その日にできなかったことが、翌日なぜかうまくできるようになることがありますよね。それは、脳の記憶の仕組みによるものです。
頭の中には多くの神経細胞があり、細胞同士が結びつくことにより学習や記憶が行なわれています。人間は寝ている間に、不要な結びつきや重複した部分を取り除いて効率の良い神経回路を作るほか、感情に関わる記憶を整理するために脳のメンテナンスを行い、脳をより良い状態に導きます。つまり、昼間に勉強したり練習したりしたことをしっかりと脳に定着させるには、十分な睡眠時間が必要なのです。
文部科学省の全国学力・学習状態調査では、朝食を食べない生徒は成績が悪いという結果もあります。国語と数学の正解率を調べたところ、毎日朝食を食べる生徒に比べ、まったく食べない生徒は20点近く下がる傾向にありました。朝食を食べない理由のほとんどは起きる時間が遅いからというもの。睡眠時間がしっかりと取れていれば早起きができ、朝食が食べられるという好循環が生まれるのです。
睡眠不足と肥満の意外な関係
「体の成長」に関しても、睡眠は重要な役割を果たします。体内では、寝ている間にさまざまなメンテナンスが行われているのです。
体の機能を正常にコントロールする物質である、ホルモン。その中でも、体を作る働きがある「成長ホルモン」は、子どもが大人へ成長していくために大切な骨や筋肉を発達させるものです。この成長ホルモンは、睡眠の前半に現れる深い眠りのときに集中的に分泌されることがわかっています。
睡眠をしっかりとらず成長ホルモンの分泌が不十分な場合、子どもたちの体の発育に影響が出ることが考えられます。また、成長ホルモンは傷ついた細胞を修復し、免疫力を高める力もあり、病気になりにくい体づくりのためにも重要なもの。さらに脂肪を分解する作用もあるので、成長ホルモンが足りないと肥満になってしまいます。同時に、肥満になると成長ホルモンが出にくくなる傾向も。睡眠と肥満の関係には深い関係があるのです。
これに関する興味深いデータを紹介しましょう。平成元年生まれの富山県在住の児童1万人を対象として追跡調査を行った研究では、幼少期の睡眠時間と思春期の肥満が関連するということが報告されています。3歳の時に睡眠時間が11時間だった子どもと9時間未満の子どもを比べると、中学1年時での肥満の発生率には1.6倍もの違いが。睡眠が短い子どものほうが10年後に肥満になりやすいことが分かったのです。また、小学1年生から4年生にかけて充分な睡眠時間を確保した子どもは肥満発生リスクが最も少なく、睡眠不足の子どもは肥満リスクが1.4倍に上昇していました。これもホルモンによる影響だと思われます。
睡眠をきちんと取っていると、食欲を抑える「レプチン」というホルモンが分泌されます。逆に食欲を高める「グレリン」は睡眠が減ると分泌が増えます。大人を対象とした研究では、8時間睡眠の人に比べて5時間睡眠の人は「レプチン」が15.5%減少し、「グレリン」が14.9%増加したと報告されています。睡眠不足になると、気付かないうちに食欲が旺盛になって、食べ過ぎて太ってしまうのです。
不登校のかげにも睡眠の問題
睡眠不足による「心の発達」への影響は、親御さんにとっても特に気になるポイントでしょう。
睡眠が短い子どもは、「気持ちが落ち込む」「死にたい」といった悩みを訴えるリスクが上がってくるというデータがあります。アメリカで2万人の青年を対象とした調査では、就寝時間を夜11時以降で良いとしている家庭は、夜10時前に寝るようにしつけている家庭に比べて、子どもの睡眠時間が40分程度短く、鬱になるリスクが約1.24倍に上がっていました。また同じくアメリカの研究ですが、6~13歳の健康な子どもを対象に10時間の睡眠を連続5日間とらせた場合と、6.5時間の睡眠をとらせた場合の落ち着きのなさを比較した実験があります。それによると、10時間睡眠を続けると子どもは落ち着いた状態を保つ一方で、6.5時間睡眠になると日を追うごとに落ち着きのなさが増加することがわかりました。
現在、不登校の小学生の児童数は3.5万人にのぼり、大きな社会問題になっています。不登校のきっかけの多くは「学校に行こうという気持ちはあるが体の調子が悪い(42.9%)」や「生活リズムの乱れ(34.2%)」です。不登校児童には睡眠専門外来を訪れる方も多く、そこに至る過程をたどると、幼少期から夜型の生活を送っていたという子どもが少なくありません。
寝不足になると気分が悪く集中力がなくなります。大人は理性が働き、ある程度抑えることができますが、未成熟な子どもは抑えることができません。これにより、イライラする、友だちと仲良くできない、などの心の問題が表面化してしまうのです。また、睡眠時に記憶が定着することは先程お話しましたが、睡眠不足になると記憶力が悪くなるばかりか、楽しいことに関する記憶が減ってしまいます。一方で、嫌な記憶はあまり減っていきません。さらに、就寝が遅いと「自分のことが好き」と答える割合が低くなり、自己肯定感にも影響するという調査報告もあります。気持ちが落ち込むのはこういった影響もあると考えられます。
大人は睡眠不足を解消するために土日に寝だめをするという人もいますが、毎日少しずつ貯まっていった睡眠不足=「睡眠負債」は残念ながら週末の寝だめで解消することはできません。これは子どもも同じことです。寝だめのために週末の就寝時間、起床時間がずれてしまうことは、体内リズムを崩す原因になり、睡眠負債を解消することにはつながらないのです。長年にわたる睡眠不足が脳、心、体に大きな影響を与えないよう、子どものころからしっかりと睡眠時間を確保する生活を心がけましょう。
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睡眠不足になることで子どもの体や心にあらゆる影響があり、生活や学習に支障をきたすことがわかりました。日常生活を送っていると睡眠に関わる疑問が多くあります。次回は、カフェインやお昼寝など、普段の生活での睡眠に関するさまざまな疑問に答えていただきます。
※本記事は2019年4月15日に公開しました。肩書などは当時のものです。
■ 明治薬科大学准教授・駒田陽子先生 インタビュー一覧
第1回:“世界一寝不足”な日本の子ども。「11時間37分」が示す、眠りにまつわる切実な問題
第2回:寝るのが遅いと自己肯定感が下がる。デメリットだらけの「子どもの睡眠不足」
第3回:「昼寝のせいで夜なかなか寝ない」問題の解消法。朝のグズグズ防止にも効果大!
第4回:「起きる時間」を意識させるだけ! 子どもの早起きを楽にするちょっとしたコツ
【プロフィール】
駒田陽子(こまだ・ようこ)
明治薬科大学 リベラルアーツ准教授。早稲田大学にて博士号(人間科学)取得。日本学術振興会特別研究員、国立精神・神経医療研究センター特別研究員、東京医科大学睡眠学講座准教授を経て現職。日本睡眠学会、日本時間生物学会の評議員を務める。睡眠が心身の健康に及ぼす影響の研究に従事。