「どうしてまたそんなことするの?」「何度言ったらわかるの?」
子どもの癇癪や反抗的な態度に、ついイライラして強い口調になってしまう。毎日のように繰り返される子どもとのバトルに疲れ果て、「もっと落ち着いてほしい」「いい子にしていてほしい」と願う親御さんも多いのではないでしょうか。
しかし、注意や叱責を重ねても、問題行動はむしろ増えていく。そんな悪循環に陥っている家庭が少なくありません。
じつは、そうした子どもの行動は、単なる「わがまま」や「反抗心」ではなく、「もっと見てほしい」「つながりたい」という切実なサインであることも多いのです。
そこでいま、世界中の専門家から注目されているのがスペシャルタイムという関わり方を紹介します。1日たった5分の特別な時間が、子どもの行動と親子関係を劇的に変えていく、まさに魔法のように聞こえますが、じつは科学的に証明された手法なのです。
監修者プロフィール
特別支援通級指導教員
特別支援通級指導教員歴8年の現役教師。情緒障害教育を専門とし、ADHDやASD、自閉症児など多くの子どもたちを担当する。家庭では、特性をもつ2児の父親。遊びや経験を通して、子どもたちが「安心できる場所」「自分らしくいられる瞬間」を感じられるよう日々模索中。趣味は家族旅行。
目次
「スペシャルタイム」は子どもが主導権を握る
スペシャルタイムとは、文字通り親子1対1で過ごす “特別な時間” のこと。この時間の最大の特徴は、普段とは立場が逆転し、子どもが主導権を握り、親が「見る・聞く・共感する」だけに徹する点です。
具体的なルール:
- 子どもが活動を選ぶ(親は提案しない)
- 親は命令・質問・評価・教育をしない
- 叱らない、指導しない
- スマホ・テレビ・兄弟を排除した完全1対1の空間
- 子どもの世界に親が「参加させてもらう」姿勢
この一見シンプルなルールが、なぜこれほど効果的なのでしょうか。
この方法は、1970年代にアメリカの心理学者によって開発されたPCIT(親子相互作用療法)に由来しています。スペシャルタイムはその中核的スキルであり、親子の愛着と信頼を築くための “治療的かつ予防的” な関わり方として、現在では世界40カ国以上で実践されているのです。
「スペシャルタイム」の4つのメリット
① 安心の土台をつくる
心理学者ジョン・ボウルビィが提唱した愛着理論では、子どもは “安全基地” として親との安定したつながりを本能的に求めるとされています。
このつながりが不安定になると、子どもは不安や混乱から、癇癪・反抗・無視・攻撃などの行動で親の注意を引こうとします。これは「悪い注目でも、無視されるよりはマシ」という、子どもなりの生存戦略なのです。
スペシャルタイムは、親が子どもに「あなたのことを大切に思っているよ」「あなたの存在そのものが価値あるものだよ」「安心していいよ」というメッセージを、言葉ではなく行動で伝える時間。見えない心の電池を満たすことで、子どもは本来の落ち着きを取り戻していきます。
② 問題行動の “燃料” を断つ
行動療法の視点では、子どもの行動は「そのあとに得られる結果(注目・ごほうび・回避など)」によって強化されるとされます。
意外に思われるかもしれませんが、「やめなさい!」という注意や「なんでそんなことするの?」という質問も、子どもにとっては「お母さん・お父さんが自分に注目してくれた」というごほうびになることがあります。
スペシャルタイムは、静かに遊んでいるとき、子どもが落ち着いているときに豊富な “注目” を与える機会。親の関心がポジティブな行動に向くことで、子ども自身も「この時間のほうが心地いい」「落ち着いているときのほうが愛される」ということを体験を通して学習していきます。
③ オキシトシンややセロトニンが分泌される
最新の神経科学研究では、スペシャルタイムのようなポジティブな相互作用が、オキシトシン(絆ホルモン)やセロトニン(幸福ホルモン)の分泌を促し、子どもの脳の発達やストレス耐性を高めることが明らかになっています。
特に、トラウマや発達課題を抱える子どもにおいては、こうした「安心できる関係性」の積み重ねが、脳の回復力(レジリエンス)を高め、将来の精神的健康にも大きな影響を与えることがわかっています。
④ 自己肯定感が高まる
スペシャルタイムでは、子どもが「自分で決める」「自分のペースで進める」「親が自分に合わせてくれる」という体験を積み重ねます。これは、子どもの自己肯定感と自主性を育む貴重な機会となります。
普段の生活では、どうしても親が主導権を握りがちですが、この時間だけは子どもが「王様・女王様」。その安心感と満足感が、他の場面での協調性にもつながっていくのです。
今日からできる! 「スペシャルタイム」のやり方5ステップ
1. 実施時間を決める(1日5分〜10分)
「夕食後の5分」「土曜の午前中」「お風呂前の10分」など、決まったタイミングを設定します。毎日でなくても構いません。週に1〜2回でも続けることが重要です。
短時間でも集中して関わることが、長時間だらだらと過ごすよりもはるかに効果的です。
2. 子どもが遊びを決める
親は「決めない・提案しない」ことが最重要ルール。「何して遊ぶ?」と子どもに委ね、たとえそれが同じ遊びの繰り返しでも、子どもが自分で選んだ活動に従って楽しむことで、信頼関係が深まります。
「もっと面白い遊びがあるよ」「こっちのほうがいいんじゃない?」などの提案は控えましょう。
3. 親は”しないこと”を守る
- 命令しない:「こうしなさい」「ちゃんとして」
- 評価しない:「すごいね」「上手だね」「間違ってるよ」
- 指導しない:「こうしたらもっと良くなるよ」
- 質問しない:「なんで?」「どうして?」
代わりに、「見てるよ」「楽しそうだね」「一生懸命やってるね」と実況する感覚で接しましょう。
4. PRIDEスキルでつながる
PCITでは、効果的なコミュニケーションのためにPRIDEスキルという5つの技法を推奨しています。
- Praise(具体的な賞賛):「赤い車を選んだのね」「丁寧に積み重ねてるね」
- Reflect(子どもの言葉を繰り返す):子「楽しい!」→親「楽しいんだね」
- Imitate(真似する):同じ動作をする、同じ音を出す
- Describe(実況する):「ブロックを高く積んでる」「クレヨンで丸を描いてる」
- Enthusiasm(熱意をもって):表情豊かに、声のトーンを明るく
これらのスキルを意識することで、子どもは「親が自分のことを本当に見てくれている」と感じることができます。
5. 短く・楽しく終える
10分以内で切り上げるのがコツ。長引かせると、集中力が途切れたり、日常の指導モードに戻ったりしがちです。「今日は楽しかったね」「またやろうね」と笑顔で締めくくると、子どもは次の時間への楽しみを持つことができます。
PRIDEスキルについては、こちら無料でダウンロードができるシートにまとめましたのでぜひご活用ください。

※この教材は教育機関や家庭での使用を目的としています。商用利用や再配布はご遠慮ください。
スペシャルタイムを始める前の不安と解決のヒント
「兄弟がいて1対1の時間が作れない」という悩みには、交代制や別室での実施、夫婦での分担などで対応できます。「毎日は忙しくて無理」という場合も、週1〜2回の実施で十分効果があるので、完璧を求めず継続を重視しましょう。
子どもが最初は拒否することもありますが、無理強いは禁物。「いつでもできるよ」と伝えるだけで十分です。ゲームばかり選ぶ場合も、子どもの選択を尊重し、そのなかでPRIDEスキルを活用すれば大丈夫。
効果が感じられない時は、最低2〜3週間は継続し、小さな変化も見逃さないよう意識することが大切です。
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スペシャルタイムは、「いい子にさせるための技」ではありません。それは「あなたは大切な存在だよ」「あなたのことを理解したいよ」と毎日伝える習慣です。
現代の子育ては、つい「効率」や「結果」を求めがちです。しかし、人間関係の基盤となる信頼は、このような丁寧な積み重ねの中でしか育まれません。
たった5分。でも、その5分が親子の未来を変えていきます。まずは今週、お子さんの好きな遊びに付き合ってみませんか? きっと、普段は見えない子どもの新しい一面に出会え、親子関係が少しだけ、でも確実に優しく変わるはずです。
(参考)
厚生労働省|ペアレント・トレーニング実践ガイドブック
厚生労働省|ペアレント・トレーニング支援者用マニュアル
MindBodyDad|“Special Time” & PCIT: 5 Minutes To Better Behaviors
Resilience Across Borders|
Using “Special Time” to Connect with your Child and Improve their Behavior