2019.10.2

失敗経験から学ぶ、学力とは異なる力がものをいう時代。受験勉強で「失うもの」とは?

失敗経験から学ぶ、学力とは異なる力がものをいう時代。受験勉強で「失うもの」とは?

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昨今、教育をめぐる問題としてメディアでも取り上げられることが増えつつあるのが「教育虐待」です。もちろん、親としては、やはり子どもにはしっかり勉強して「いい学校」に入り、いい人生を歩んでほしいと願うものでしょう。だからこそ、熱心になり過ぎてしまい、教育虐待につながってしまうのかもしれません。

そもそも、現在における学歴にはどれほどの価値があるのでしょうか。教育ジャーナリストおおたとしまささんは、「高学歴を目指すことが悪いわけではないが、それ以上に大事なことがある」と語ります。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)

私立校が持つ人間性を高められる独自の魅力

「教育虐待」が大きな問題だといわれると、「子どもに高学歴を目指させることはよくないことなのか」という疑問を持つ人もいるかもしれません。また、かつてのように、いい大学を出ていい会社に入れば人生は安泰だという時代が終わり、「これからの時代には学歴は武器にならない」ともいわれます。

ただ、学歴の価値は下がったわけではなく、いまでも学歴は一定の武器にはなるものです。そういう意味では、高学歴を得るために小学受験や中学受験をすることも間違いではありません。また、高学歴を得ること以外にも受験すべき理由があります。仮に偏差値はそれほど高くなくても、公立校にはない質の高い教育が私立校にはあるからです。

その質の高さというのは、学力を上げられるという意味に限られたものではありません。それは「学校文化がある」ということです。それなりに歴史がある私立校には、その学校ならではの校風があり、そのなかでその学校の生徒らしい人間としての振る舞いやたたずまい、匂いのようなものを身につけられるのです。いわば、日本に生まれ育つことを意識せずとも日本人らしく育つというようなものです。そういうふうに非言語的に子どもの人間性を高められるということは私立校の非常に大きな魅力といえるでしょう。

しかし、子どもの心に目を向けることなく親が高望みをして無理に受験をさせるようなことにはやはり反対です。受験をするかどうかというのは、「ゼロか100か」というような二択ではないはずです。受験をするにしても、その子なりのペースのやり方というものがあるからです。大好きな習い事を続けられる、あるいは夜10時にはベッドに入れるといった範囲で余裕を持ちつつ、一生懸命に勉強をして、それで受かる学校に進学すればいい――。そういうふうに、受験というものを少し緩くとらえてみてはどうでしょうか。

受験勉強で「失うもの」とは?2

子どもの知的好奇心を育てる3つのポイント
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目を向けるべき、受験勉強によって「失うもの」

「偏差値60以上じゃないと駄目だ」というふうに高望みをして子どもに無理な受験勉強をさせてしまうような親には、そのために払う犠牲が見えていません。高学歴を目指すことは悪いことではありませんが、偏差値を上げるために子どもがなにを失っているのかということにはもっと自覚的になるべきです。

失うものには、子どもが友だちと遊んだり好きなスポーツや習い事に打ち込んだりする経験、親子で過ごせる時間も含まれるでしょう。少し概念的なことでいえば、大人になるまでにできる失敗経験も失われるもののひとつです。さまざまなことに挑戦し、失敗を重ねる――。そういう経験のなかから得られる、学力とは異なる力がものをいう時代になってきていることは間違いないでしょう。

もちろん、先にお伝えしたように、いまも学歴は一定の武器になります。ただ、それも他の力とのバランスを考える必要がある。学歴があるに越したことはありませんが、わずかに偏差値を上げるために割く時間やエネルギー、または失ってしまう勉強以外の経験と比較したとき、学歴がもたらしてくれるものの費用対効果は以前より下がってきているといえるはずです。

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自分の生き方を考えさせはじめる恋という大事件

それこそ、勉強に追われるあまりに恋愛を経験しないなんてことになれば、子どもにとっては大損失です。恋を経験するまでの子どもというのは、つねに親などまわりから愛される側にいます。でも、誰かひとりの他人を猛烈に好きになるということは、人生においてはじめて愛する側になるということであり、視点の大逆転が起こるのです。加えて、その愛するひとりの人間は、自分にとっては世界にも代えがたい大切な存在になります。つまり、価値観の大逆転も起こるわけです。これは、世界の見方、見え方がすべて変わるといっていい大事件です。

人を愛することを知った子どもは思います。「お父さんもお母さんもこうして恋をしたんだ」と。そして、街を歩いているカップルなどあらゆる人間を見て、「みんな、こんな思いを持っていてこの世の中が成り立っているんだ」と思い、この世界がかけがえのないものだという大切なことにぼんやりと気づくでしょう。

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しかも、その恋が成就せず失恋したとなったら、自分の無力さや未熟さを知り、「本当にいい男になりたい」「いい女になりたい」と思うはずです。そして、「それってどんな人間なんだろう?」と、自分自身の生き方というものをはじめて考えるきっかけにもなるのです。

親からの愛を受けていた受け身の人間から脱却し、自分で自分の在り方を探り、他人になにかを与えられる存在になりたいと思いはじめる。そんな経験を子どもができれば、自分の持っている能力を世の中にとっていい方向にしっかりと発揮できる人間に成長するのではないでしょうか。

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ルポ 教育虐待 毒親と追いつめられる子どもたち
おおたとしまさ 著/ディスカヴァー・トゥエンティワン(2019)
ルポ 教育虐待 毒親と追いつめられる子どもたち

■ 教育ジャーナリスト・おおたとしまささん インタビュー一覧
第1回:教育虐待をする親とその学歴。その教育、本当に子どものためですか?
第2回:教育虐待は教育という大義名分のもとで行う人権侵害。でも親の多くは無自覚である
第3回:失敗経験から学ぶ、学力とは異なる力がものをいう時代。受験勉強で「失うもの」とは?
第4回:心が折れて立ち上がれなくなってしまう、自信家なのに自己肯定感が低い人

【プロフィール】
おおたとしまさ
1973年10月14日生まれ、東京都出身。教育ジャーナリスト。麻布中学校・高等学校卒業、東京外国語大学英米語学科中退、上智大学外国語学部英語学科卒業。株式会社リクルートを経て独立し、数々の育児誌、教育誌の編集に関わる。心理カウンセラーの資格、中学高校の教員免許を持っており、私立小学校での教員経験もある。現在は、育児、教育、夫婦のパートナーシップ等に関する書籍やコラム執筆、講演活動などで幅広く活躍する。著書は『世界7大教育法に学ぶ才能あふれる子の育て方 最高の教科書』(大和書房)、『いま、ここで輝く。超進学校を飛び出したカリスマ教師「イモニイ」と奇跡の教室』(エッセンシャル出版社)、『中学受験「必笑法」』(中央公論出版社)、『受験と進学の新常識 いま変わりつつある12の現実』(新潮社)、『名門校とは何か? 人生を変える学舎の条件』(朝日新聞出版)、『ルポ塾歴社会 日本のエリート教育を牛耳る「鉄緑会」と「サピックス」の正体』(幻冬舎)など50冊を超える。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。