教育を考える 2019.9.30

教育虐待をする親とその学歴。その教育、本当に子どものためですか?

教育虐待をする親とその学歴。その教育、本当に子どものためですか?

「先行きが見えない時代を、子どもがきちんと生きていけるように」と子ども教育への関心が高まるなか、ひとつの問題として「教育虐待」がメディアをにぎわせるようになっています。教育虐待とはどんなもので、また、気づかないうちに教育虐待をしてしまわないために親はどんな意識で家庭教育に臨めばいいのでしょうか。『ルポ 教育虐待 毒親と追いつめられる子どもたち』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を上梓したばかりの教育ジャーナリスト・おおたとしまささんにお話を聞きました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)

教育虐待の背景にある学歴主義と正解主義

「教育虐待」の定義は、一般的には「子どもの受容限度を超えて勉強をさせること」となります。近年、メディア等で教育虐待という言葉を見聞きすることも増えてきましたし、たしかに児童虐待全体の通報件数でいえばかつてとは比較にならないほど増えていますが、それをもって教育虐待が増えているとはいい切れません。

ただ、わたしの感覚としては、「裾野が広がってきている」と感じています。かつてのようなごく一部のものすごく教育熱心ないわゆる教育ママだけではなく、程度のちがいこそあっても以前より多くの親が教育虐待をしている、あるいはそれに近いことをしているのが現状ではないでしょうか。

そのことには、いまの親世代が受けてきた日本の教育の影響が大きいように思います。明治以降にはじまった日本の近代教育は、全国津々浦々どこにいても平等に教育を受けられて、努力をした人が評価され出世していくという「公平さ」に重きを置いたものです。だからこそ、テストの内容も公平でなければならない。

そして、公平なテストにするために、試験に出る内容とその答えがあらかじめ授業で与えられ、それをいかに吸収してテストで再現できるかという能力を競うようになりました。そうして、日本の教育や社会において学歴主義、そして正解主義というものが幅を利かすようになっていったのです。

そうすると、まずは学歴主義の影響として、偏差値が少しでも高い学校に子どもを行かせたいと親は思うようになる。それから、親自身も正解主義のなかで育ちましたから、子どもにどんな教育をすれば偏差値が高い学校に進学させられるのかと考え、教育に正解を求めるようになった。家庭教育にも正解主義をあてはめはじめたわけです。

ただ、「この教育が正しいんじゃないか、あれが正しいんじゃないか」と親が迷っているうちは教育虐待につながることはそうないと思います。でも、そんなふうに迷っていた親が、あるひとつの家庭教育の手法に対して「これが絶対に正しいんだ!」と思い込み、迷いなく子どもに押しつけはじめると非常に危険です。その思い込みによって子どもの顔が見えなくなり、気づいたときには子どもが壊れている……ということになりかねません。

教育虐待をする親のなかでも厄介な「ハイブリッド」

教育虐待の広がりの背景にあるもののひとつは学歴主義ですから、教育虐待をする親とその学歴にも関連があると見ることができます。教育虐待をする親のひとつのケースは、「親が高学歴」というもの。高学歴でそのあとの人生においても勝ち組であり続けているような親は、それ以外の生き方を知りません。ですから、子どもがいい大学に入れなかったら……と考えると怖くて仕方がない。そうして教育熱が高まるというわけです。

それから、教育虐待をする親のもうひとつのケースは「親が低学歴であることにコンプレックスを持っている」というものです。そういう親は、理屈のうえでは「子どもに苦労をさせたくない」という思いを持っています。でも、自分が低学歴であるために苦労をしてきたという思いや悔しさを、過度な期待やプレッシャーというかたちで子どもにぶつけてしまっているのです。

それらとは別に、わたしが「ハイブリッド」と呼んでいるケースもあります。これがもっとも厄介。高学歴だ、低学歴だといっても、そこに明確な境界線はありません。高学歴と感じるか、低学歴と感じるかはそれぞれの主観によるからです。他人から見れば十分にいい大学を出ている人のなかにも、「自分は低学歴だ」と思っている人もいるわけです。たとえば、東大に落ちて早慶に進学したことにコンプレックスを持っているような人です。

そういう親の場合、早慶出身ですから「自分は高学歴なんだ」というプライドも持っています。子どもには「お父さんだって頑張ったんだから、お前も頑張れ!」と発破をかける。一方で東大に落ちたというコンプレックスも持っていますから、子どもがどんなに勉強を頑張っていても「まだ足りない」とダメ出しをしてしまう。それは、自分のコンプレックスを子どもに投影して、過去の自分に対してダメ出しをしているということなのです。

親が注視すべきは子どもが目を輝かせるかどうか

では、親はいったいどういう意識で家庭教育に臨むべきなのでしょうか。わたしからお伝えしておきたいのは、「迷ってください」ということです。とはいっても、あれこれとさまざまな教育手法にやたらと手を出すべきだといいたいわけではありません。

正解主義のなかで育ってきたいまの親たちは、先に述べたように家庭教育にも正解主義をあてはめてしまいがちです。そうして、ある家庭教育の手法に対して「これが絶対に正しいんだ!」と思い込んだ瞬間、教育虐待がはじまります。でも、それぞれに個性がある子どもたちすべてにあてはまるただひとつの正解などあるはずもありません

そうであるなら、答えを出すことなく迷い続ければいいのです。真面目で教育熱心な親なら、「ああでもない、こうでもない」とさまざまな教育手法について調べるでしょう。「どれが正解だろうか」と考えたくもなる。そのこと自体は決して悪いことではありませんし、子どもを思う気持ちは子どもにも必ず伝わります。

絶対に忘れてほしくないのは、その子どもを思う気持ちです。「子どものため」といいながら、自分の考えを押しつけてしまっていないでしょうか? 子どもの気持ちを置き去りにしてはいけません。迷いながらいろいろと家庭教育を試していくなかでも、それに対して子どもが強い興味を示して目を輝かせるのかどうか――そのことにつねに意識を向けていてほしいと思います。

ルポ 教育虐待 毒親と追いつめられる子どもたち
おおたとしまさ 著/ディスカヴァー・トゥエンティワン(2019)

■ 教育ジャーナリスト・おおたとしまささん インタビュー一覧
第1回:教育虐待をする親とその学歴。その教育、本当に子どものためですか?
第2回:教育虐待は教育という大義名分のもとで行う人権侵害。でも親の多くは無自覚である
第3回:失敗経験から学ぶ、学力とは異なる力がものをいう時代。受験勉強で「失うもの」とは?
第4回:心が折れて立ち上がれなくなってしまう、自信家なのに自己肯定感が低い人

【プロフィール】
おおたとしまさ
1973年10月14日生まれ、東京都出身。教育ジャーナリスト。麻布中学校・高等学校卒業、東京外国語大学英米語学科中退、上智大学外国語学部英語学科卒業。株式会社リクルートを経て独立し、数々の育児誌、教育誌の編集に関わる。心理カウンセラーの資格、中学高校の教員免許を持っており、私立小学校での教員経験もある。現在は、育児、教育、夫婦のパートナーシップ等に関する書籍やコラム執筆、講演活動などで幅広く活躍する。著書は『世界7大教育法に学ぶ才能あふれる子の育て方 最高の教科書』(大和書房)、『いま、ここで輝く。超進学校を飛び出したカリスマ教師「イモニイ」と奇跡の教室』(エッセンシャル出版社)、『中学受験「必笑法」』(中央公論出版社)、『受験と進学の新常識 いま変わりつつある12の現実』(新潮社)、『名門校とは何か? 人生を変える学舎の条件』(朝日新聞出版)、『ルポ塾歴社会 日本のエリート教育を牛耳る「鉄緑会」と「サピックス」の正体』(幻冬舎)など50冊を超える。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。