子どもが泣いたり怒ったりしているとき、「泣かないの!」「また怒ってるの?」と言ってしまうことはありませんか?
多くの親が経験するこの場面で、じつは子どもの心に大きな影響を与えているかもしれません。感情を止めようとしたり否定したりする言葉は、愛情から出るものですが、子どもにとっては「自分の気持ちは間違っている」というメッセージとして受け取られてしまうのです。
では、どうすれば子どもの感情と上手に向き合えるのでしょうか?
じつは、子どもの感情と向き合うカギは、「感情のラベリング」という簡単なペアレンティングスキルにあります。心理学の研究によると、感情に適切な言葉をつけるだけで、脳内の興奮を鎮め、心を落ち着かせる効果があることがわかっています。
今回は、親子のコミュニケーションを劇的に変える「感情のラベリング」について詳しく解説します。
監修者プロフィール
特別支援通級指導教員
特別支援通級指導教員歴8年の現役教師。情緒障害教育を専門とし、ADHDやASD、自閉症児など多くの子どもたちを担当する。家庭では、特性をもつ2児の父親。遊びや経験を通して、子どもたちが「安心できる場所」「自分らしくいられる瞬間」を感じられるよう日々模索中。趣味は家族旅行。
目次
感情のラベリングとは?
心のなかで起こっていることを言葉にする
感情のラベリングとは、自分または他人の気持ちに適切な言葉を当てはめることです。心の中の気持ちを言葉にする方法と言えるでしょう。
心理学者マシュー・リーバーマン氏の研究によると、「怒り」や「恐怖」といったネガティブな感情を言葉にするだけで、脳内の扁桃体(感情の処理を担う領域)の活動が抑えられることがわかっています。扁桃体は、危険を察知したときに「戦うか逃げるか」の反応を引き起こす部位です。感情的になっているとき、この扁桃体が過度に活発になっています。
しかし、感情に言葉というラベルをつけることで、理性を司る前頭前野が活性化し、扁桃体の活動が自然と抑えられるのです。つまり「いま悔しい」「いま悲しい」と言葉で感情にラベルをつける(名前をつける)だけで、心が自然と落ち着きやすくなるのです。
子どもの必要なのは「気持ちの受け止め」
子どもが感情的になっているとき、まず最初に必要なのは解決策ではなく、自分の気持ちを理解してもらうことです。大人でも、困ったときにまず誰かに話を聞いてもらいたいと思いますよね。子どもも同じように「わかってもらいたい」という欲求をもっていますよ。
感情を受け止めるということは、子どもの気持ちに共感し、その感情が自然で当然のものであることを伝えることです。この受け止めがあってはじめて、子どもは安心して自分の気持ちと向き合い、次のステップに進むことができるのです。
そのための強力なツールが感情のラベリングなのです。では、具体的にどんな声かけをすればよいでしょうか?
❌子どもが泣いたり怒ったりしている時の、親の反応NG例
まずは、多くの親が無意識のうちに行なってしまうNGの反応パターンを紹介します。これらの反応は、よかれと思って行なうものの、じつは子どもの感情的な成長を妨げてしまう可能性があります。
- 感情を止めようとする反応:「泣かないの!」「もう怒らないで!」
- 感情自体を否定する反応:「また怒ってるの?」「そんなことで泣くなんて」
- すぐに解決策を提示しようとする反応:すぐに解決策を提示しようとする
これらの言葉は親の愛情から出るものですが、子どもにとっては「自分の気持ちは間違っている」「感情を表現してはいけない」というメッセージとして受け取られてしまいます。感情を止められた子どもは感情を抑え込むことを覚えてしまい、将来的に適切な表現ができなくなる可能性があります。
感情を否定され続けると自分の気持ちに自信をもてなくなり、すぐに解決策を提示されると「気持ちよりも解決が大事」と学んでしまい、感情を処理する力が育ちにくくなります。大人の価値観で「些細なこと」に思えても、子どもにとっては大きな出来事である場合が多いのです。
⭕️子どもが泣いたり怒ったりしている時の、親の反応OK例
感情のラベリングでは、子どもの発達段階に応じた言葉を使うことが大切です。
- 基本的な感情:「悲しいんだね」「嬉しいんだね」「怒っているんだね」
- 複雑な感情:「もやもやするんだね」「ざわざわするんだね」「すっきりしないんだね」
- 身体的な感覚:「胸がドキドキするんだね」「お腹がキュッとなるんだね」
未就学児では親の代弁によって「気持ちに言葉をつけてもらう」経験が重要です。言葉を与えることで、子どもは自分の感情に気づき、混乱していた気持ちを整理整理できるようになります。
またこの代弁により、子どもは「わかってもらえた」と感じ、自然と落ち着きやすくなります。このとき大切なのは、感情そのものを責めず「そう感じたんだね」「その気持ち、よくわかるよ」と受け入れる姿勢を示すことです。
さらに小学校低学年になると自分で「もやもや」「イライラ」「がっかり」などの感情も少しずつわかるようになります。会話を通して、そうした子どもの感情の言語を手伝ってあげましょう。
「どんなときにその気持ちになった?」
⇩
「◯◯して、がっかりしたんだね。」
「そう感じるのは当然だよ」
こうした日々の小さな積み重ねが、子どもの感情を理解し表現する力を育てていきます。
感情のラベリングが育てる4つの力
「感情のラベリング」を継続して行なうことで、子どもには以下の4つの重要な力が育ちます。
1. 自己認識力(自分の気持ちがわかる力)
自分の気持ちを正確に把握できるようになります。多くの子どもは最初、「なんだかモヤモヤする」「いやな気分」といった漠然とした感情しか表現できません。しかし、感情のラベリングを続けることで、「悔しい」「不安」「寂しい」「期待している」「緊張している」など、より具体的に理解できるようになります。
この自分の気持ちがわかる力は、子どもが自分自身と向き合う基礎となります。自分の感情を正確に把握できる子どもは、なぜその感情が生まれたのか、どうすれば気持ちが楽になるのかを考える力も身につけていきます。
2. 自己調整力(気持ちを落ち着かせる力)
感情に名前がつくことで、その感情の波にのまれにくくなります。「いま、私は怒っているんだな」「すごく緊張しているんだな」と客観視できると、冷静さを取り戻しやすくなります。これは「メタ認知」と呼ばれる能力の発達でもあります。自分の感情や思考を一歩引いて観察する力が育つことで、感情的な反応を抑え、適切な行動を選択できるようになるのです。
3. 共感力(相手の気持ちがわかる力)
自分の感情を理解できるようになると、他の人の気持ちにも気づけるようになります。友達が困っているときに「あの子、悲しそう」「きっと不安なんだ」と感じ取れるようになります。この相手の気持ちがわかる力は、よい人間関係を作る上で欠かせない能力です。相手の気持ちを理解できる子どもは、思いやりのある行動を取ることができ、友達からも信頼される存在になります。
4. コミュニケーション力(人とのやりとりが上手になる力)
気持ちを言葉で表現できるようになると、相手に自分の状況を伝えやすくなります。「手伝って」「一人にして」「話を聞いて」など、自分の状況に応じて適切な助けを求められるようになります。
また、相手を傷つけることなく自分の気持ちを伝える「上手な気持ちの伝え方(アサーション)」の能力も育ちます。「それをされると悲しい気持ちになる」「いまはそっとしておいてほしい」といった表現ができるようになることで、健全な人間関係を築くことができます。
おうちでできる「感情ラベリングカード」
感情を代弁するお助けツールとしておすすめなのが、この「感情のラベリングカード」です。言葉でうまく表現できない子どもでも、イラストを指差すことで自分の気持ちを伝えられます。「悔しかったんだね」「ちょっともやもやしたよね」と、親子で気持ちを確認し合えるコミュニケーションツールとして効果的です。

※この教材は教育機関や家庭での使用を目的としています。商用利用や再配布はご遠慮ください。
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感情のラベリングは、子どもの心の成長を支える重要なスキルです。親が子どもの感情を受け止め、適切な言葉を与えることで、子どもは自分の内面と向き合う力を育てていきます。
毎日の小さな積み重ねが、子どもの感情知性を大きく育てることにつながります。まずは「悲しかったね」「嬉しかったね」という簡単な代弁から始めてみませんか? ぜひ実践してみてくださいね。子どもとの関係がより深く、温かいものになるはずです。
(参考)
Sage Journals|Putting Feelings Into Words: Affect Labeling as Implicit Emotion Regulation
厚生労働省|ペアレント・トレーニング実践ガイドブック
厚生労働省|ペアレント・トレーニング支援者用マニュアル