あたまを使う/芸術にふれる/演劇/英語 2018.9.8

イギリスでは「演劇」を通して文学を学ぶ! 総合的な能力を伸ばす演劇教育と “共通通貨” シェークスピア

吉野亜矢子
イギリスでは「演劇」を通して文学を学ぶ! 総合的な能力を伸ばす演劇教育と “共通通貨” シェークスピア

前回は簡単にシェークスピアが英語圏でどのような意味を持っているのかについてお話ししました。人気アニメ・ポケモンのセリフにも登場し、新聞の見出しにも使われるシェークスピア。そのブランド力は約6億ドルで、日本のトップ企業をもしのぐほどということをご紹介しました。

このようにシェークスピアは、極めて強い影響力を持ち、ポピュラーカルチャーからジャーナリズムに至るまで、「英語を使う以上どこかでぶつからないでいるのが難しい」ような存在感を放っています。

日本ではしばしば「役に立たない英語」の代名詞のように扱われることがあるのですが、「全く知らない」状態では、新聞や雑誌を読んでいても、思いがけないところでつまづくことになります。知っていて当然という前提で文章が書かれることが多いからです。

連載第5回でご紹介した「文化リテラシー」概念を提唱したE.D. ハーシュは、前提知識を「貨幣のようなもの」だと捉えていましたが、彼の思考回路に沿うのであれば、シェークスピアは「共通通貨」として使用できる範囲が非常に広い、と言い換えることもできるかもしれません。

ですから、子供向けにシェークスピアを与えたいという需要は、英語圏には根強くあります。とはいえ、言い回しが古く、そのまま与えても興味を持ってもらえるとは限らないのも事実です。これは日本の子供達に、日本の古典に親しんでもらおうとする時にも、おそらくぶつかる問題でしょう。

それでは、本場イギリスの子供達は、一体どのようにシェークスピアに親しんでいくのでしょうか。

イギリスの子供×シェークスピア:総合的な能力を伸ばす演劇教育

現在13歳の我が家の上の子供は、この年齢までにすでに小学校でロイヤル・シェークスピア・カンパニー(RSC)のワークショップを体験し、セカンダリー・スクールの授業で『ロミオとジュリエット』を学びました(セカンダリー・スクールは、年齢はやや異なりますが、日本の中学校のような感じをイメージしていただければと思います)。

さらに、この夏の学校単位の旅行では、ロンドンのグローブ座でリハーサルを見学しています。グローブ座は17世紀にシェークスピアが活躍した劇場ですが、もちろん17世紀の建物そのものは現存していません。しかし、1997年に、オリジナルのグローブ座を学術的な調査に基づいて再現した劇場が開館されました。今でもシェークスピア劇を上演する、非常に重要な劇場です。ここで、上の子供は現在の劇場とは異なる、かつての劇場の形を体験したことになります。

夏場には公園で無料のシェークスピア劇が上演されることもありますし、学校の休みに劇場で行われたシェークスピアの読み聞かせにも家族で出かけていますから、本人は意識していないようですが、かなりシェークスピアにふれているのではないかと思います。

興味深いのは、セカンダリースクールに入るまでの導入のほとんどが、文字ベースではなく、演劇ベースだということです。

イギリスでは、演劇は子供の習い事として非常にポピュラーなものです。少し考えてみればわかるのですが、演劇は様々な分野の能力を総合的に伸ばしてくれます。脚本という形で文章を読み、音楽や照明といった様々な芸術分野に総合的にふれ、なおかつ人前で話をすることに慣れる。一つの劇を成功させるためには他の人たちと交渉したり、指示に従ったり、チームワークを発揮したりすることも大切です。

日本で上の子供に演劇をさせようと劇団を探したときには、子役を目指す劇団が数多く検索にヒットしてびっくりしたものですが、イギリスの子供達が劇団に参加するのは芸能人を目指すからではなく、演劇が子供の様々な能力を総合的に伸ばしてくれるからです。

演劇はまた、上の子供のセカンダリースクールでは必修科目の一つです。国で決められた学習要項では English (日本で言えば国語に相当します)の一部で演劇を扱うように定められているのですが、他の科目との兼ね合いもあり、芸術科目として別に教えている学校が多いのではないでしょうか。それだけ子供達の成長にとって欠かせない科目だと認識されているのです。

もちろんセカンダリースクールの終わりに受ける全国統一試験GCSE(中学卒業試験——高校入試はありませんから、この試験の結果で次の学校に入れるかどうかが決まります)で演劇を選択することもできます。

さて、様々なやり方でシェークスピアにふれてきた上の子供ですが、小学校高学年で受けたロイヤル・シェークスピア・カンパニーのワークショップはよほど楽しかったらしく、今でも記憶に残っているようです。どうやら、有名な場面を実際にプロの役者さんが演じてくれたあと、「シェークスピアに出てくるけんか」「シェークスピアに出てくる悪い言葉」を題材にして、子供達も実際に劇中のセリフに挑戦したのだとか。

シェークスピアは、実は罵り言葉の宝庫なのです。私のお気に入りは 『リチャード3世』に出てくる「コブ付き背中の毒蛙!」“Poisonous bunch-backed toad!” ですが、普段は悪い言葉を使わずにお行儀よくしゃべるように言われている子供達にとって、シェークスピア劇の罵り言葉を思いっきり口にしてみる、というワークショップの切り口がよほど面白かったようです。

シェークスピア作品は、教材や出会いも豊富。原典に忠実なものを

さて、どのようにイギリスの子供達がシェークスピアとファーストコンタクトを取るのかについて、簡単にお話をしてきました。実はシェークスピアは、日本でもしばしばポピュラーカルチャーに取り上げられますし、登場もします。世界の様々な文化圏が一体どのようにシェークスピアを受け入れ、取り込んできたのかは、英文学研究の分野の中でも非常に活発な議論が行われている、興味深い分野です。

指摘されているのは、日本でのシェークスピア作品は、場合によっては大きくパロディー化されることがあるということです。これは、「シェークスピア原典に忠実な知識」を子供に与えなくてはならないという要請が、日本の社会には薄いからではないかと私は感じています。

英語圏のシェークスピア派生作品群は、どうしても親や学校、社会からの要請によって「原典に忠実であること」が求められます。そういう意味では、日本の方が自由なアプローチが可能だといえるかもしれません。

たとえば、イギリスの公共放送局・BBCが、7歳から14歳の子供を対象に作成したシェークスピア作品のアニメーションでは、全6本で有名作品を取り扱っています。音楽はラップ、動画はアニメーションが使われ、伝統的なイメージからはかけ離れているものの、有名な台詞 “To be or not to be” が登場し、全体的に物語の筋書きは変わっていません。 *1

また、人気番組 “Horrible Histories” のシェークスピアの回を見てみてもよいでしょう。

シェークスピアが現代のイギリスの学校にやってくる、という非現実的な筋書きながら、シェークスピアの時代には男性が女性の役を演じていたこと、シェークスピアが自分の脚本のアイディアを様々な先行する作品群から得ていたことなどがわかる内容になっています。

机の並び方や教室の様子など、イギリスの小学校の空気がなんとなく伝わってくる動画です。

「共通の教養基盤」としてのシェークスピアは、子供向けに書き直されていても、やはりある程度の正確さを求められているのです。

さて、日本で子供達とシェークスピアにふれるには、やはり一番馴染みやすいのが、チャールズ・ラムとメアリー・ラムの姉弟が19世紀の頭に子供向けに書き直した『シェークスピア物語』ではないかと思います。シェークスピア作品群の中から著名な20作が選ばれており、いくつもの訳が出ている定番のベストセラーです。

訳によって読みやすさが変わりますから、図書館や書店で一度手にとっていただくと良いのですが、自分で読むのであれば小学校の高学年ぐらいからでしょうか。読み聞かせるのであれば、もっと年齢が低くても大丈夫なはずです。

 

日本語でも英語でも、メジャーである分だけ、少し探すと質の良い出会いがすぐそこにあるシェークスピア。機会があったら尻込みせずに手に取っていただければと思います。

*1残念ながら地域の制限がかかっていてサイト内のすべての動画を日本国内で見ることはできないようですが、以下にご紹介するBBCのサイトはイギリスの小学校中学校でよく補助教材として使われています。参考までにご紹介します。

BBC|Class Clips Video|English KS2 / KS3: Shakespeare in Shorts