子どもが成長するにつれて、「いじめ」が身近な問題になってきます。「いじめ防止対策推進法」の施行から11年が経過したいまも、いじめに関する悲しいニュースは後を絶たず、2022年度の認知件数は68万件超と過去最多を記録しています。さらに衝撃的なのは、いじめの認知件数のピークが「小学2年生」という事実です。
しかし、この深刻な問題に対して、新たな希望が見えてきました。欧米の最新研究によると、科学的根拠に基づいた予防プログラムが、確実な効果を上げているのです。いじめ予防に「科学」を取り入れることで、誰でも実践できる再現性のある対策が可能になりました。
※本稿は、子どもの発達科学研究所所長・和久田学氏の “5歳からいじめ予防を学べる絵本” 『いじめ、みちゃった!』(世界文化社)の一部を抜粋・編集したものです。行動科学・疫学統計学の知見を物語に織り込んだ『いじめ、みちゃった!』には、明日からすぐに実践できる具体的な予防法が詰まっています。
いじめ予防のために変えたい3つのこと
いじめを防ぐために、子どもたちに何を伝えたらいいのでしょうか。私は、「いじめ予防 プログラム トリプル・チェンジ」の取り組みを提言しています。
1. 考え方を変える──シンキング・エラーを正す
「失敗したから」「悪いことをしたから」「変わった子だから」などの理由で「人を傷つけ てもいい」と思ってしまうのは「シンキング・エラー」、間違った考えです。このシンキン グ・エラーは加害者だけでなく、被害者自身も持っていることがあります。「自分はいじめられても仕方がない」とひとりで抱え込んでしまうのです。まずは、この考え方が間違っていると子どもに伝えましょう。理解できる年齢なら、いじめは法律(いじめ防止対策推進法)に違反する行いで、どんな理由があってもやってはいけないことだと教えます。
2. 行動を変える──「や・は・た」⾏動をとる
いじめに遭ったときに取るべき行動が「や・は・た」行動です。いじめ被害に遭う前に知っておくことで、実際にいじめに遭遇したときの被害を最小限に抑えることができます。
「や」=「やめて」と最初に言えれば、いじめが深刻化しづらいことがわかっています。本人または傍観者が危険にならない範囲で、「やめて」と言うよう伝えましょう。
「は」=「はなれる」は、いじめをもっとも早く終わらせる方法です。加害者に立ち向かう必要もなく、互いに冷静になることができます。傍観者の立場であれば、被害を受けている子を連れて⼀緒に「はなれる」を行います。「はなれる」が難しい、うまくいかない場合は「た」の行動を促しましょう。
「た」=「たすけて」と言えるスキルは、誰もが身につけなければならないものです。信頼できる大人や友だちに「たすけて」と言うよう伝えましょう。助けを求めるのは卑怯なことではなく、勇気ある行動なのだと教えてください。
3. 集団を変える──全員にとって居心地のよい集団を考える
園や小学校だけでなく、習い事や地域などにも、子どもたちが集団で遊ぶ場があります。 これらの集団が「いじめが起こらない(起こりにくい)」ものになるかどうかは、その集団の子どもたちや近くにいる大人(保育者、教諭、支援者)のふるまいだけでなく、保護者からの働きかけも影響します。
誰もが「いじめなんていやだ」と思っていること、人の気持ちに共感することの大切さ、特に「誰かのつらい気持ち」を見過ごしてはならないことについて、生活の中のさまざまな機会で伝えていきましょう。
これらのメソッドは絵本『いじめ、みちゃった!』の中で、5歳からの子どもにもわかりやすくご紹介していますので、そちらも併せてご覧いただけたら嬉しいです。
いじめをなくすために、私たち大人ができること
そもそも、なぜいじめが発生してしまうのでしょうか。いじめをする子どもたちは、どこかでいじめ行動を学び、黙認されてきた可能性があります。
子どもたちは、恐ろしいほど真剣に大人の行動を観察し、それを真似します。もしかしたら今、日本でこれだけ多くのいじめが起こっているのは、大人たちが子どもたちを傷つける行動をとったり、大人の世界にいじめに似た出来事が蔓延し、黙認されたりしているからかもしれません(最近よく見られるネットでの炎上は、その最たる例です)。
子どもたちがいじめに苦しまないために、大人たちが自らにシンキング・エラーがないか確認しましょう。大人から子どもへのシンキング・エラーには、「子どものためになる指導・しつけなら、子どもを傷つけてもよい」「自分が子ども時代に経験したことは、つらかったことでも経験させるべきだ」などがあります。
どんな理由があっても、傷つけられていい子どもは存在しません。 大人が子どもを一人の大切な個人として尊重する姿勢を見せれば、子どもも周囲の人を大切に扱うようになります。
いじめをなくすために、まずは大人たちが「いじめ」をしないこと、子どもを一人の個人として尊重することをぜひ心がけていただけたらと思います。
※文字の装飾は編集部で施しました。
和久田学(わくた・まなぶ)
公益社団法人子どもの発達科学研究所 所長/主席研究員
静岡大学教育学部卒業。特別支援学校の教師として20年以上勤務した後、大阪大学大学院連合小児発達学研究科博士課程にて、小児発達学の博士号を取得。現在、大阪大学大学院連合小児発達学研究科招聘教員、浜松医科大学子どものこころの発達研究センター共同訪問研究員。専門はいじめや不登校など子どもの問題行動の予防、支援者トレーニング、介入支援プログラムなど。著書に『学校を変える いじめの科学』(日本評論社)、『科学的に考える子育て』(緑書房)。
◆『いじめ、みちゃった!』を読んだ方からの感想◆
最後に、『いじめ、みちゃった!』を読んだ方々の感想を紹介します。
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子どもたちが安心して過ごせる世界をつくるために、私たち大人にできることは意外とたくさんあります。ひとりひとりの子どもの気持ちを大切に受け止め、ともに考え、寄り添う姿勢をもち続けることで、子どもたちは必ず強く育って行くでしょう。
今回お伝えしたように、いじめの予防と対策には科学的な根拠があり、具体的に実践できる方法がしっかりあるのです! みなさまの子育ての不安が少しでも和らぐ一冊となれば幸いです。

『いじめ、みちゃった!』
和久田学 作
イモカワユウとイモカワチヒロ 絵
公益社団法人 子どもの発達科学研究所 監修
出版社:世界文化社
発売日:2024年10月31日
価格:1,650円(税込)