自分のことは自分で決める――。いわゆる主体的に物事を決めることができる力を「自己決定力」と言います。「そんなこと、できて当たり前でしょ?」と思うかもしれませんが、親や友人の意見に流されてしまい、大事な決断を他人に委ねてしまう人は意外と多いのです。
しかし、自己決定力の重要性があまり浸透していないことは、想像以上に深刻な問題だとして、多くの専門家が警鐘を鳴らしています。そこで今回は、「自己決定力を子どものうちから育むことの大切さ」と「子どもの自己決定力が育つ方法」について、詳しく解説していきます。人生の幸福度にも関係する「自己決定力」が身につけば、お子さんの将来はさらに希望に満ちたものになるでしょう。
自己決定力とは何か、なぜ重要なのか
「これからの時代を生きていく子どもたちにとって大切な力のひとつが『自己決定力』」と断言するのは、玉川大学教育学部教授の大豆生田啓友氏です。その理由は、自分の考えを自分で決められないと、自分自身のことを大事に思えなくなるから。それは同時に、他者のことも大事に思えなくなることにつながります。*1
たとえば社会問題について考えるとき、自分ごととしてとらえたうえで、「自分はこう思う。だからこうしたい」と、自分の意思や決断をしっかり述べられる人は、一方で「自分はこういう意見だけど、別の考えをもつ人もいる。違う考えのなかにもいいところがある」と、他者を認めて受容できます。
【ポイント】自己決定力の重要性
- 自己決定力がなければ、自分や他者を大事に思えなくなる。
- 社会問題に対する主体的な意見と他者を認める態度が育まれる。
自己決定力が幸福度に与える影響
明治大学文学部教授の諸富祥彦氏は「自己決定力が欠けていると『いい子症候群』になる」と指摘しています。「いい子症候群」とは、「親の顔色をうかがい、親の期待に過剰に応えようとする子」のこと。これは、親との関係性によりいい子症候群になり、結果的に自主性が失われて、自己決定力が欠如するという意味にもとらえることができるでしょう。*2
神戸大学社会システムイノベーションセンターが「生活環境と幸福感に関するインターネット調査」(2018年)を実施したところ、「健康、人間関係に次ぐ要因として、所得、学歴よりも『自己決定』が強い影響を与える」ことがわかりました。
具体的な調査内容として、「自己決定度」を評価するにあたり、進学する高校や大学、就職する企業を “自分の意思で” 決めたか否かを尋ねたのだそう。それにより、「自己決定によって進路を決定した者は、自らの判断で努力することで目的を達成する可能性が高くなる」ことと、「成果に対しても責任と誇りを持ちやすくなることから、達成感が自尊心により幸福感が高まることにつながる」という結論を導き出しました。*3
【ポイント】自己決定力と幸福度
- 幸福度に影響を与える要因は、所得や学歴よりも自己決定力。
- 自己決定力があると、自尊心や達成感が向上する。
- 「いい子症候群」の防止にも繋がる。
「自己決定力」が育つ、3つの時期
子どもの成長は段階ごとに特徴があり、年齢に応じた心の発達の変化や、その時期だからこそぐんと伸びる要素などが見られます。そういった特徴を理解すると、子どもの自己決定力が育つタイミングも見えてくるでしょう。
ここでは、2歳〜12歳までを大きく3つの時期に分類し、ピアジェの認知発達理論に基づいて解説していきます。
【2〜7歳】前操作期 👶
子どもの好奇心と探索意欲が急激に発達する時期。新しい対象や経験に対する強い興味が湧くと同時に、自発的な探索行動をするようになるという特徴が見られます。つまり、「自分の好きなものを見つける時期」とも言えるでしょう。
自己決定力のベースにあるのは「好き・嫌い」です。自分の「好き」なものに対しては、知識や経験が自ずと蓄積されていくものです。好きなものだからこそ、どうしたいか、何をすべきかの判断が容易になるので、自己決定力が鍛えられます。
【7〜11歳】具体的操作期 🧒
論理的思考が発達する時期。自分の選択の結果を徐々に理解し、複雑な意思決定ができるようになります。また、選択肢の比較や結果の予測も可能になるので、「自分で選択する楽しさを覚える時期」とも言えるでしょう。
子どものうちから自分で選択する経験を積むことは、いずれ大きな決断を下すときに必ず役に立ちます。まずは身の回りの小さな事例に対して、「選択する→結果を出す」といった経験を重ねていきましょう。
【11歳〜】形式的操作期 🧑
抽象的思考能力が発達し始める時期。行動の結果をより論理的に予測できるようになります。また、因果関係の理解が深まり、自分の決定がもたらす長期的な影響を考えられるように。つまり、「責任をもって決めることができる時期」なのです。
これまでとは違い、選択した結果どうなるのか予測し、自己決定によるプレッシャーを感じるようになります。こうしたことから、選択を躊躇したり、決断を見送ったりと、自らの言動による責任について深く考え始めるのです。まさに、大人のような思慮深さが育つ時期だと言えるでしょう。
子どもの「自己決定力」が育つ親の関わり方
子どもの自己決定力を育むには、家庭でどのうような工夫をすればよいのでしょうか? ここでは、いますぐ実践できる方法を提案しているので、ぜひ試してみてくださいね。
■子どもの興味関心の対象を見つけよう!
先述したように、小さな子どもでも、自分の好きなもの・ことなら自分で決めたがるものです。岡部氏によると、「子どもがどんなことに集中したり夢中になって取り組んでいるのかをよく観察する」ことが大事なのだそう。そして、子どもの興味関心がわかってきたら、「その分野から子どもの主体性を発揮できる環境を整えてあげることが、親の大切な役割」だと述べています。*4
たとえば、星に興味がありそうだったらプラネタリウムや天体観測に連れて行ったり、星座にまつわる神話や伝説について一緒に調べたりするのもよいですね。もしそこで、あまり興味を示さず反応が薄くても、親が前のめりになるのはNGです。
感情を表に出すのが苦手な子や、心のなかでじっくり好きなものを味わいたい子など、子どもの個性はそれぞれ違います。まずは子どもの様子をじっくり観察し、「最近これが好きそう」と感じたら、それにまつわるものや情報、場所など環境を提供してあげるだけでよいのです。
■子どもの「どうして?」を一緒に考えよう!
自己決定力は「自分で考える力」の延長線上にあり、どちらも同じくらい、これからの時代に求められる力です。「自分で決めようと思えば、自然と考えることになる。そのときに親が『どうして?』と声をかけることで、より深く考えさせることができる」とアドバイスするのは、筑波大学付属小学校元副校長の田中博史氏。
子どもが親に「どうして?」と問いかけることはよくありますが、真剣に答えを求めているわけではないことがほとんどです。ですから、「親はただ、子どもに『どうして?』と聞かれたら、『そうだね、どうしてだろうね』とまずは受け止めて、『そんなこと、考えたこともなかったよ!』と切り返してあげるだけでよい」のです。*5
質問のレベルが上がっても、決して逃げずに一緒に考えてあげましょう。そうすることで、考える力が鍛えられ、結果的に自己決定力を育むことにもつながりますよ。
■子どもの決断を待つために心に余裕をもとう!
前出の諸富氏は、「外食の場面で、親の希望など関係なく子ども自身に自分が食べたいものを真っ先に選ばせる」ことを提案しています。親はつい、先回りして子どものメニューを決めてしまいがちですが、それが続くと、自分が食べたいものがわからない子になってしまいます。子どもが自分で決められるまで、親は辛抱強く待つことを心がけましょう。
そうは言っても、子どもの気持ちをじっくり聞いたり、子どもの決定を見守ったりできないときもありますよね。その原因をたどっていくと、親自身の余裕のなさへとつながるのではないでしょうか。
余裕がないなら、まずは1日のスケジュールを見直しませんか? 仕事や家事で忙しくしていたら、心も体も余裕がなくなります。最も大事なのは、親自身が心と体を満たして整えておくこと。それを意識して実践できれば、ゆったりとした気持ちで子どもの選択と決断を見守ることができるでしょう。*6
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日常の小さなことでも子ども自身に選択させるようにすれば、自己決定力強化につながります。朝、着る服を選ぶときなど、親がつい口出してしまいがちな場面でも、心に余裕をもって子ども自身の判断に委ねてみませんか?
文/野口燈
(参考)
(*1)参考・カギカッコ内引用元:STUDY HACKER こどもまなび☆ラボ|親が先回りしたら「自己決定力」は育たない。幼くても決断力を伸ばせる声かけのコツ
(*2)参考・カギカッコ内引用元:STUDY HACKER こどもまなび☆ラボ|“手がかからない子”ほど要注意! 「いい子症候群」が怖い理由と、その防止法
(*3)参考・カギカッコ内引用元:国立大学法人 神戸大学(Kobe University)|所得や学歴より「自己決定」が幸福度を上げる 2万人を調査
(*4)参考・カギカッコ内引用元:ベネッセ教育情報|子どもの主体性を引き出す3つのポイントとは【専門家解説&体験談】
(*5)参考・カギカッコ内引用元:STUDY HACKER こどもまなび☆ラボ|“考える力”を伸ばす、子どもの「どうして?」と親の「どうして?」
(*6)参考:コクリコ|子どもの幸せ度は「自己決定」で決まる 親に必要な余裕と大切な言葉がけとは?
STUDY HACKER こどもまなび☆ラボ|ピアジェの心理学を知れば、子どもの発達がよくわかる!? 有名な「4つの発達段階」をまとめてみた
広島修道大学学術リポジトリ|ピアジェとヴィゴツキーの理論における認知発達の概念:言語習得研究への示唆