「お母さん、見て見て!」
遊び終わったおもちゃを片付けながら、わが子が誇らしげに振り返ります。そんなとき、あなたならなんと声をかけますか?
「えらいね!」 「すごーい!」 「賢いね!」
私たち親は、わが子の成長を喜び、その気持ちを言葉にして伝えたいと思うもの。「子どもをほめて伸ばそう」という考え方は、いまや子育ての基本とされています。子育て書やネットの記事でも、「子どもの自己肯定感を高めるためにほめましょう」「たくさんほめて、やる気を引き出しましょう」といったアドバイスがあふれています。
でも時々、こんな不安がよぎることはありませんか?
「これって、ほめすぎかな……」 「いつも同じ言葉になってしまう」 「本当にこれでいいのかな」
じつは最近、教育現場から気になる報告が上がってきています。それは「ほめられることに依存的な子どもが増えている」という声です。教師たちの間では「ほめられ中毒」という言葉さえ聞かれるようになってきました。
今回は、子どもの心理に詳しい専門家たちの知見をもとに、「効果的なほめ方」について一緒に考えていきましょう。記事の最後に、「正しいほめ方」をまとめました。ぜひ参考になさってください。
「ほめられ中毒」の子どもが増えている!?
ノンフィクション作家の石井光太氏による著書『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)では、「ホメてホメて症候群」とも呼べる子どもたちの増加が教師たちを悩ませている現実に警鐘を鳴らしています。
具体的には、休み時間のたびに教員のところへやってきては、「こんなことできるんだよ」など繰り返し言ってきて、「すごいね」「えらいね」とほめてもらわなければ気がすまない子どもが増えたのだと言います。もちろんこの程度なら、誰もがもっている承認欲求の一例とも言えるでしょう。
より深刻なのは、「この類の子どもたちは、極端に甘えたがりな一方で、何もしないでほめてもらおうとする傾向がある」ということ。つまり、ほめられること自体が目的になっており、なかにはクラスメイトを貶めることでほめてもらおうとする子もいるのだと言います。友だちのミスを告げ口するだけにとどまらず、その先の「友だちの悪いところに気づいた自分を認めてほしい。ほめてほしい」という気持ちが高まり、際限なくほめてもらいたがるのです。*1
これは決して極端な例ではありません。現状において、このような子どもが増えている背景には、どのような原因が潜んでいるのでしょうか。
理由のひとつとして、物心がついたときから周りの大人から過剰にほめられ続けていることが挙げられます。みなさんも本やネットの記事などで、「ほめて子どもを伸ばそう!」「子どもの自己肯定感を高めるためにたくさんほめよう!」といった言説を頻繁に見たり聞いたりしていると思います。
もちろん、ほめることによるメリットは多く、実際に効果を実感した経験もあるでしょう。問題は「ほめる」を通り越して、わが子を過剰におだてたり、わざわざ成功体験を用意してあげたりと、不自然なかたちでの「極端なほめ」が日常化してしまうこと。*1
このような環境で育っていれば、学校でも教師やお友だちから称賛されなくては気がすまない「ほめられ中毒」に陥ってしまうことは、容易に想像できるはずです。
「ほめられ中毒」に陥るメカニズム
「ほめられ中毒」に陥るメカニズムについて、『子どもを否定しない習慣』(フォレスト出版)の著者で「否定しない専門家」である林健太郎氏は次のように説明しています。
ほめられることは、ポジティブで強い刺激となり常習性があります。そのため、ほめられると嬉しい→もっとほめられたい→ほめられることを率先してやろう、というパターンが生まれやすいのです。これは、脳内にドーパミンやセロトニンが駆け巡って快感を得るため起こる現象です。
適度ならよい刺激になりますが、快楽中毒になると、家の外でも常にほめてもらわなければ気がすまなくなる危険性もはらんでいるのが難しいところ。つまり、結果的に「ほめられればやるけど、ほめられなければやらない」というマインドが醸成される可能性があるのです。*2
ですが、親としてはポジティブな言葉がけによって子どもを伸ばしてあげたい気持ちもあります。子どもをほめ続けることは、学力を伸ばしたり社会性を育んだりするうえで、どの程度影響を与えているのでしょうか?
過度な「ほめ」は逆効果
教育経済学者の中室牧子氏は、「ほめて自尊心を高めるという主張があるが、科学的には証明されていない。それどころか、大人による子どもの自尊心を高めるような介入は、もともと学力の低い学生にとっては大きな負の効果をもたらすという研究結果がある」と、ほめて伸ばす教育や子育てに懐疑的な見解を示しています。
その研究とは、1980~90年代にかけて、アメリカの学校で子どもの非行防止や学力を伸ばすことを目的に、「とにかくほめる」という大規模な研究プロジェクトが発足したことを指します。「子どもたちの自尊心を高めれば学力や意欲が高まり、反社会的行為を未然に防止することができるのではないか」と期待して指導した研究ですが、思いもよらぬ結果になりました。
ひとつは、ほめられ過ぎた結果、自尊心が高まるどころか「ほめられ中毒」になったこと。そしてもうひとつ、実力がともなわないのに「自分はすごい、えらい人間なんだ」という「カラの自己肯定感」が高くなるという意外な結果が出たのです。
中室氏は、「『あなたはやればできるのよ』などと言って、むやみやたらに子どもをほめると、実力のともなわないナルシストを育てることになりかねない」と苦言を呈しています。特に、悪い成績をとった学生に対して、自尊心を高めるような「過剰なほめ言葉」を与え続けると、悪い成績をとってもなお根拠のない自信に満ちた人間になる恐れがあるので、注意が必要です。*3
次に「ほめられ中毒」の子どもの未来を考えてみます。「ほめられ中毒」の子どもが大人になったとき、どのようなデメリットが表れるのでしょうか。
教育心理学者の遠藤利彦氏によると、「ほめられ中毒になると、『常にいい自分でいたい』と思い、親ががっかりするような自分は見せたくないと考えるようになる」のだそう。その結果、難しい課題に挑戦するのに臆病になってしまうと言います。*4
さらに前出の林氏によると、「ほめられ中毒になると、より強い言葉でないと反応しないようになる」ことから、このような環境で成長した子どもが社会に出ると、「上司から言われたことしかやらない大人」や「ほめられないと不安になる大人」へと成長してしまう可能性が高いと指摘しています。*2
ここまでの事例をふまえて、中室氏は「ほめてはいけないのではなく、重要なのはその『ほめ方』である」と結論づけています。次項では、子どもを「ほめられ中毒」にしないほめ方について、詳しく解説しているので、ぜひ参考にしてください。*3
子どもをほめられ中毒にしない「正しいほめ方」
中室氏が指摘するように、重要なのは「ほめ方」です。では具体的に、どのようなほめ方をすればよいのでしょうか。 お子さんをほめるとき、何も考えずに、何も考えずに「すごいじゃん!」「えらいね!」などと言っていませんか?
もちろんそれだけでも本人は喜び、「もっとがんばろう」とやる気になってくれるはず。ですが、お子さんが「ほめられ中毒」にならないように気をつけたいなら、ちょっとだけ言い回しや伝え方を変えてみましょう。
▼ 重要ポイント1:「ほめる」より「承認」を
子どもをほめるのではなく「承認」してあげることが何よりも重要です。できたことに対して「えらいね」「すごいね」とほめてばかりだと、できた・できないが評価の対象になってしまうので注意が必要です。
具体例:
❌ 「おもちゃを片づけられてえらいね」
⭕ 「おもちゃを片づけてくれたんだね」
「〇〇したからえらいね」という主観の入った言葉ではなく、やってくれた事実を承認するだけでOKです。
▼ 重要ポイント2:承認+気持ちの表現
「ちょっと物足りない」「冷たいように感じてしまうのでは?」と不安なら、まずは事実である出来事や行動を承認してから、プラスアルファで自分の思いを伝えるとよいでしょう。
具体例:
⭕ 「おもちゃを片づけてくれたんだね」
👑 「おもちゃを片づけてくれたんだね。うれしいよ」
ポイントは、ありのままの子どもの言動を承認したあとに、自分の素直な気持ちを添えてほめてあげること。「毎日一生懸命課題をこなしているよね。感心するよ」など、日常の些細なことでも、プロセスをきちんと認めてほめてあげましょう。*2
▼ 重要ポイント3:適切なタイミングで
ほめる回数よりも、ほめるタイミングのほうが大切です。子どもが好奇心をもって取り組み、がんばって成し遂げ、喜んでいるタイミングなどがチャンス。その「根拠とともに」しっかりほめましょう。
具体例:
⭕ 「毎日自主練がんばってるの見ていたよ。ついにレギュラーに選ばれたね!」
親が子どもの自発性を認めてほめてあげることで、子どもは「自分がやりたいこと・がんばりたいことを、お母さん(お父さん)は認めてくれた!」と感じ、自己肯定感が育まれていきます。
▼ 重要ポイント4:比較は絶対NG
ほめる時に周りと比較しないことも大切です。
具体例:
❌ 「△△くんにはいつも勝てないのに、今回は速く走れてすごいね」
⭕ 「先週よりもタイムが速くなったんだね。よかったね」
このように、誰かと比べてほめるのはNG。遠藤氏によると、「小さな変化を認めてあげるような親のほめ方は、子どもの個性を伸ばすと同時に、社会に順応していける力を育む」とのことなので、日頃から子どもの様子をよく観察して、小さな変化に気づいてあげたいですね。*4
▼ ポイントまとめ
- 評価」ではなく「承認」を基本に
- 事実の承認+気持ちの表現で温かみを
- タイミングを重視し、根拠を添えて
- 比較は避け、個々の成長に注目
***
子どもをほめることは大事です。しかし、ただ闇雲にほめているだけでは「ほめられ中毒」になってしまう可能性もあるため、ほめ方や「ほめること」への向き合い方を見直す必要があるでしょう。子どもの成長のチャンスをつぶさないためにも、ほめ過ぎには十分注意してくださいね。
文/野口燈
(参考)
(*1)参考・カギカッコ内引用元:Yahoo!ニュース|ホメてもらうため先生に級友の告げ口をし…ルポ学級崩壊「子どもたちが秘密警察化する」快楽中毒の現実(FRIDAY)
(*2)参考・カギカッコ内引用元:プレジデントオンライン|「偉いね」「いい子だね」の声かけが子供をダメにする…「褒められ中毒」になった子が大人になって直面する困難
(*3)参考・カギカッコ内引用元:プレジデントオンライン|「あなたはやればできるのよ」が呪いの言葉に…「ほめる子育て」が子どもにもたらす意外な影響
(*4)参考・カギカッコ内引用元:Z会おうち学習ナビ |「根拠あるほめ方」で子どもの成長のチャンスを逃さない!
参考:コクリコ|子どもを「褒められ中毒」にしない 根拠ある「褒め方」「なぐさめ方」