あたまを使う/教育を考える/本・絵本/英語 2019.2.7

入学への不安に、別れの悲しみ。困難に立ち向かうための強さをくれる、世界の隠れた名作絵本

編集部
入学への不安に、別れの悲しみ。困難に立ち向かうための強さをくれる、世界の隠れた名作絵本

下の子が1歳に届くかどうか、という時期に、心不全を起こしました。まだ小さな子供の体に2度の心臓の手術が行われ、集中治療室に2ヶ月ほど入ることになりました。命の保証はできないと、お医者さんが難しい顔をするようなコンディションで、私と夫は交代で電車を乗り継いで、1時間以上かかる病院へほぼ毎日通うことになりました。

下の子供のことも心配でしたが、ちょうどその頃小学校2年生になるかならないかの年齢だった上の子供のことも、心配でたまりませんでした。集中治療室に入れるのは、親と祖父母だけ。たとえ兄弟であっても、就学年齢にあたる上の子供は入ることができません。学校で病気をもらっていたりしたら、集中治療室の他の子供達の命が危ないからです。

ある日突然弟が入院したかと思ったら、一度も顔を見ることができず、生死が危ぶまれる。7歳の子供には理解をすることも難しいですし、とても「怖い」経験でもありました

本当だったら生や死については、もっと年齢が行ってから、ゆっくりと話し合おうと考えていました。けれど、そんなことができないくらいのスピードで、下の子の病状は悪化していきます。弟が死ぬかもしれないということ、死ぬとはどういうことなのか、話をしないわけにはいきませんでした

親が毎日帰りが遅くなるのも、子供にとっては辛いことでした。どんなに頑張っても、家庭の空気は緊張してしまいます。そんな時にイギリスの家族のもとから届いたのがパトリス・カーストのThe Invisible String、『目に見えない糸』(本邦未訳)です。

そばにいなくても、遠く離れていても、愛情が伝わる糸が人の間にはあるのよ、と絵本の中でお母さんは子供たちに言い聞かせます。もしも、死んでしまったとしても。

派手に売れているわけではありませんが、長い間、苦しむ子供たちを支えてきた、隠れたベストセラーなのだと知ったのは、幸い下の子供が健康を取り戻した後のことでした。

著者パトリス・カーストは、学校へ行くことを怖がっていた息子のために、この本を書いたといいます。親と離れるのが怖い小さな子供の不安を、やさしくほぐしていくこの本は、結果的に入学だけでなく、引っ越しや親の離婚、死別など、子供が出会うかもしれない多くの「別れ」の不安と悲しみを和らげてくれる本として、多くの子供たちを癒してきました

昨年の冬に、新装版が出版されました。今まではハードカバーだけだったのですが、新装版にはペーパーバックもあり、手に取りやすくなりました。大きなハート型のピンク色の風船と、そこから届く糸が印象的な表紙です。

子供を取り巻く世界と「危機」

正常な状態であれば、大人は子供を守ろうとします。けれど、大人がどれだけ手を尽くしても、子供が「子供の手に余るような難しいこと」と直面することはしばしばあることです。離婚、引っ越し、いじめ、死別。

親としては、本当はあまりにも小さい時期に、子供にそんな思いをさせたくはありません。けれど、不幸にして、子供にとって理解が難しいような困難に直面してしまうことも、残念ながらあるのです。

大人にとっても向き合うのが難しい、こういった感情を子供たちが乗り越えていくための手助けになるような本があります。

先日『みんな違って、みんないい。違いを恐れない子に育てるための「多様性」を学べる絵本』でご紹介した『いろいろいろんなかぞくのほん』では、本当にさりげなく、幸せでない家族もいるんですよ、というメッセージが入っています。

同じ著者が書いたThe Great Big Book of Feelings (『いろいろいろんなきもちのほん』本邦未訳)もまた、様々な感情について、子供たちにサポートを与えてくれます。怒りや、嫉妬はどんな感情なのか。気持ちを持て余した時にはどうすればいいのか。

たとえば図書館の閉鎖への抗議運動のように「良い怒り」もあるんですよ、と説明した後で、手短に「怒りで人を傷つけないためにはどうすればいいのか」が載っています。非常に初歩的な、感情のコントロールの手ほどきになっているとも言えるでしょう。

親の別離を経験した子供の心に寄り添う絵本

離婚率の高いイギリスでは、親の離婚、別離にまつわる絵本も豊富です。日本でも現在、1000組の結婚で、約5組が離婚するということがわかっています。1960年代には1000組に2組程度でしたから、2倍以上です。イギリスでも日本でも、親の離婚や離別は、子供にとって珍しいことではなくなってきているのかもしれません。

もちろん、離婚が一概に子供にとって悪いことだとは言えません。イギリスでは、親の離婚や別離を経験した子供達の実に82%が、「親は自分のために一緒にいるよりも離婚してよかった」と考えているという調査結果もあります。

それでも、親の別離は、子供にとって大きな変化をもたらします。親が別れた場合、両親が共同親権を持って、2つの家を行ったり来たりしながら育つことが多いですから、子供にとっては今までの生活がぐらりと変わることになりますこうした子供達の心に寄り添うための本が必要ですし、それなりの数出てきています

Mum and Dad Glueという絵本をご紹介しましょう。主人公の少年は、両親の別離を受け止められずに、接着剤を探しにいきます。

ママとパパの関係を直したい! 別れて欲しくない。

一生懸命接着剤を探す少年に、接着剤やさんのご主人は声をかけます。

パパとママは一緒ではなくなるかもしれないけれど、パパとママのあなたに対する愛情は壊れないのよ。ずっとずっと。

独特な絵柄が可愛らしいだけでなく、お父さんとお母さんが別れることで世界が全部壊れてしまっているように見える子供の気持ちをよく表しています。離婚した親の子供がよく抱きがちな「自分が悪い子だったから、お父さんとお母さんは別れちゃったんじゃないか」という気持ちにも触れています。

比較的平易な英語で書かれているので、英詩のリズムも楽しめます。英語読み聞かせ動画はこちら。テレビで放送されたのではないでしょうか。読み聞かせの時に「この子のせいなの?」「もちろん違うわ」といったような会話も入ります。

イギリスの国民的絵本作家×谷川俊太郎さん訳の名作

以前『もっとも “英語らしい音” は絵本の中に。読み聞かせで味わう英語の「リズム」と「イントネーション」』にて、イギリスの子供たちに愛されている絵本We’re Going on a Bear Hunt『きょうはみんなでくまがりだ』をご紹介しました。

その作者であるマイケル・ローゼンによる、Sad Book『悲しい本』という作品があります。著者本人の息子、エディーが18歳で亡くなった後の悲しみを切々と綴った本です。

子供向けに売られてはいますが、ローゼン本人は「すべての人のための本」だと言っています。にっこり笑っている絵に「こうしている時も悲しい」と説明がついていたり、と悲しみを持て余してしまう苦しさを淡々と描いていきます。

児童書作家のローゼンが子供たちと自分の息子の死について話した後に生まれた本で、英語版は5歳から7歳向けとなっていますが、題材が重いものですから、子供によっては辛いと感じるかもしれません。

お子さんに与えるのであれば、一度確認したほうがいいと思います。とはいえ、非常に優れた絵本です。日本語訳は詩人の谷川俊太郎さんが手がけています。

みんなと同じことができなかったとしても

最後にもう一冊、水が苦手なワニの子供が主人公である、The Crocodile Who Didn’t Like Waterをご紹介しましょう。みんなと同じことができないワニの子は、心配したり悲しんだりしますが……。

『みにくいあひるの子』の現代版と言ってもいいようなこの本。みんなができることができない、というしょんぼりとした気持ちを勇気付けてくれます

わくわくドキドキするような物語も素敵ですし、ハッピーエンドの物語もとても素晴らしいものです。頑張って、自分だけできなかったことが、できるようになった、という物語も素敵ですね。

けれど、どんなに頑張ってもどうしても苦手なものがある時には、この本がそっと子供を支えてくれることでしょう「みんなと一緒」ではない子供の個性が肯定される物語が必要な子供も、クラスに何人かはいるはずです。

悲しいのにうまくSOSを出せなかったり、辛いのに笑ってしまったり。大人と同じように子供の世界も、波風から守られているわけではありません。

今は必要ないかもしれません。けれど、もしも何かが起きた時、実は子供を助ける本も数多く書かれています。そばにある辛さとむきあっていけるように。子供の手助けをする本は、すぐそばにあるかもしれません。

(参考)
Patrice Karst, The Invisible String, (Devorss & Co, 2000)
メアリ ホフマン 著, 杉本 詠美 訳(2018),『いろいろいろんなかぞくのほん』,少年写真新聞社.
Mary Hoffman, The Great Big Book of Feelings, (Frances Lincoln Children’s Bks, 2017)
Kes Gray, Mum and Dad Glue, (Hodder Children’s Books, 2010)
Michael Rosen, Sad Book, (Candlewick, 2008)
マイケル・ローゼン 著, 谷川 俊太郎 訳(2004),『悲しい本』,あかね書房 .
Gemma Merino, The Crocodile Who Didn’t Like Water, (Macmillan Children’s Books, 2013)
May Bulman, “Divorce rate for heterosexual couples hits 45-year low, figures show”, Indipendent 26 September 2018.,
厚生労働省、平成29年(2017)人口動態統計(確定数)の概況、平成30年9月7日、
Owen Bowcott, TChildren of divorce: 82% rather parents separate than ‘stay for the kids’, Guardian, 22 Nov., 2015.
国立社会保障・人口問題研究所「表6-11 性,年齢(5歳階級)別有配偶者に対する離婚率:1930~2015年」『人口統計資料集 2018年版』