あたまを使う/教育を考える/本・絵本/英語 2018.11.1

自ら人生を切り拓く女の子の本、男の子に柔軟な生き方を示す本。ママだけでなく、パパとも一緒に楽しめる絵本。

吉野亜矢子
自ら人生を切り拓く女の子の本、男の子に柔軟な生き方を示す本。ママだけでなく、パパとも一緒に楽しめる絵本。

前回は、子ども向けの物語の中に根強く残る「ジェンダーバランス」の悪さについてお話しました。

そもそも、女性の登場人物が少ないこと。女性キャラクターの登場の仕方には、ある種のくせがあること——つまり、「良い子ちゃん」であったりお姫様」「助け役」として出てくることはあっても、主人公や主人公と対等な悪役としてはあまり出てこないこと。

書店の本棚をそのまま自宅に持ってきたときに、ジェンダーのバランスが取れているかというと、必ずしもそうではないということ。親の能動的な介入が必要だろうという話もしました。

子どもの本棚のジェンダーバランスは「女の子を持つ親」に限られた問題ではなく、男の子の親にとっても意識しておくべき問題である、と考えています。

なぜ子ども向け物語のジェンダーバランスが崩れてしまうのか?

子ども向けの物語に男の子の主人公が多いことには、いくつかの理由があります。もちろん歴史的な理由もそのひとつです。『白雪姫』や『シンデレラ』など、古くからのおとぎ話では、しばしば女の子たちは受け身で、王子様を待つことで幸せをつかみます

白雪姫 シンデレラ

子ども向けの物語は息が長いことも指摘されています。親が子どものときに楽しんだ本を買い与えるので、古典的な名作が現在でも本棚に並びます。古い本は書かれた時代の事情を反映していますから、人種や性別に関しては、どうしても時代に合わないくらい保守的になりがちです。

もっと現代的な理由としては「男の子が抱く女の子の主人公に対する抵抗感は、女の子が抱く男の子の主人公に対する抵抗感よりも強い」とされていることが挙げられるでしょう。

全く抵抗がないわけではありませんが、女の子は男の子が主人公の物語にも感情移入して読むことができないでもないのに対し、男の子は女の子が主人公であるというだけで、本を読まなくなる傾向にあると言われます。

けれど『長くつ下のピッピ』のように、破天荒な女の子を主人公に据えながら、男女を問わず子どもたちに愛されている物語もあるのですから、これもまた一概にいうことはできないでしょう。

長くつ下のピッピ

「一体どのような物語が男の子向け、女の子向け、そして、単純に子供向け、として書かれているのか」という視点も交え、考えなくてはならない問題です。

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現代は「賢く、行動力のある」お姫様がスタンダード

1960年代に児童文学でのジェンダーの問題が指摘されてから、様々な試みがされてきました。最初は「女の子が読むものを変えよう」という動きが目立ったように思います。

最近、日本でクラウドファンディングを用いて復刻された『アリーテ姫の冒険』も、そのうちの一冊です。伝統的なプリンセスが「待つ」お姫様であるのに対し、アリーテ姫は賢く、勇気を持ち、非暴力的な形で問題を解決していきます

アリーテ姫の冒険

1983年に小さな出版社から出されたこの本は、すでに出版社そのものがなくなっていることもあり、実は英語での入手は簡単ではありません。本国のイギリスでは、日本で作られたアニメーション経由で読んでみる人が多いようです。

英語圏の新しい童話でもお姫様は続々と登場していますが、今ではむしろ、賢く」「行動力のあるお姫様がスタンダードになっているように思います。

身近な例では、最近のディズニープリンセスたちを見てみれば良いでしょう。『モアナと伝説の海』のモアナも、『アナと雪の女王』のアナとエルサも、決して待っているだけではありません。

モアナと伝説の海 アナと雪の女王

純粋に本だけでいうのであれば、例えば、パトリシア・リーデの Dealing with Dragons(『囚われちゃったお姫さま』※小学校中学年以上対象)に出てくるお姫様は、フェンシングやラテン語、経済学の勉強がしたくてたまらず、うずうずしています。

囚われちゃったお姫さま

アリーテ姫よりも少し早く、1980年に出版された The Paper Bag Princess (『紙ぶくろの王女さま』)では、悪いドラゴンにドレスを盗まれ、王子様をさらわれてしまったお姫様が、王子様を助けに冒険に出かけます

紙ぶくろの王女さま

アリーテ姫や紙ぶくろの王女さまは、のちの「行動する王女たち」の先駆者だともいえるでしょう。

女の子には「自分の力で人生を切り拓いた女性の伝記」を

それでも、お姫様だけではないロールモデルを!

こんな声がけで始まったのがこちら、『世界を変えた百人の女の子の物語』。全世界36ヶ国で発売され、累計100万部を突破した話題作です。

世界を変えた百人の女の子の物語

生まれながらに「お姫様」として色々なものを与えられている女の子だけではなく、自分の力で人生を切り拓いていった女性たちの伝記が、多くの女性アーティストのイラストとともに、まるでおとぎ話のような語り口で並べられています。

実はこれも、クラウドファンディングで始まったプロジェクトです。675,000ドル強(日本円にして7,500万円強)と、子供の本としては破格の金額をオンライン上で集めました。

日本語訳にはひらがながふってありますから、小学校低学年でも読めると思います。読み聞かせるのであれば就学前でも大丈夫かもしれません。

お姫様、スポーツ選手、小説家、そしてトランスジェンダーの小さな女の子まで、様々な女性の活躍が収録されています。

男の子には「人と違うことを恐れない男性のストーリー」を

大きな反響を読んだこの本に呼応する形で発表されたのが、Stories for Boys who Dared to be Different 『人と違う事を恐れない男の子たちのためのお話』日本語未訳)です。

人と違う事を恐れない男の子たちのためのお話

不合理な校則に反対するためにスカートを履いた男の子たち、スラムの子どもたちのためにゴミから楽器を作りオーケストラを作った男性、初期のインターネットでのいじめを生き抜いた男の子。

こちらも伝統的な「男らしさ」には必ずしも当てはまらないかもしれませんが、様々な形で社会と関わっていった男性が百人、挙げられています。

著者たちは、本書を「毒になる男らしさ」(Toxic masculinity)に対抗した本、と位置付けているようです。「毒になる男らしさ」とは、周囲のだれも幸福にしない「男らしさ」のことを指します。

かつては女の子に力を与える本を、という声が目立っていたのですが、このように男らしさを考え直そうという動きが、子ども向けの書籍の中に見られているのです。日本語訳はまだ出ていないようですが、本当はセットで読まれるべき本なのかもしれません。

男女の枠にはまらない「全ての子供向け」の本も新登場

さらに今年10月、「女の子」「男の子」という読者対象の壁を取り払い、「全ての子ども」向けとして書かれた、Stories for Kids Who Dare to be different (『人と違う事を恐れない子供たちのためのお話』日本語未訳)が英語圏で発売されました。

人と違う事を恐れない子供たちのためのお話

女の子に力を与える本と、男の子により柔軟な生き方を提示する本。そのどちらも素敵ですが、本当はいつか、このような、2つが「分かれていない」本がスタンダードになってくれると良いな、と思います。

また、『世界を変えた女の子』を男の子が、『人と違う事を恐れなかった男の子』を女の子が、読んでくれると良いなとも思います。

「お父さんと子ども」の名作絵本

最後になりますが、「ママとぼく」の組み合わせが非常に多い子ども向け絵本の世界から2冊、英語圏でとても愛されている「父と子」の絵本をご紹介させてください。

英語圏で絶大な存在感を持つ Gruffalo は、第1作目こそ男性しか出てこなかったのですが、第2作 Gruffalo’s Child では、グラッファローの娘が主人公になっています。

グラファロのこども グラファロのおじょうちゃん

私がこの作品で良いな、と思うのは『グラファロのこども』というタイトルです。日本語訳は『グラファロのおじょうちゃん』となっていますが、英語版ではあえて性別がわからない「こども」で統一されています。

「男の子だから」「女の子だから」というのではなく、子どもならではの好奇心にそそのかされて、ちょっとした冒険をするチビのグラファロ、チビグラが「たまたま女の子」なのです。

疲れて寝ているお父さんと、そわそわしている子どもの組み合わせに、妙なリアリティがあると私は思っています。英語のよみきかせ動画をご紹介しますので、英語版を読むときは参考にしてください。

https://www.youtube.com/watch?v=GEKtWvy5Rlg

父親が出てくる書籍として、人気が高い絵本をもう1冊ご紹介しましょう。

『どんなにきみがすきだかあててごらん』( Guess How much I love you )。

どんなにきみがすきだかあててごらん

大きなうさぎと小さなうさぎが、お互いにどれだけ相手の事を好きだか伝え合っているだけの物語です。シンプルな言葉でつづられる、優しい「パパとぼく」の絵本です。

こちらも、英語のよみきかせ動画をご紹介しましょう。

幼い子どもたちが大人になっていくにしたがって、男女の関係は、どんどん変わっていくでしょう。ましてや、世界が狭くなっていく今、やがて国を超えて活躍するような子どもたちのためには、より多様性のある物語が本棚にそろっていてほしい

優れた児童書は数多く出版されています。それが実際に子どもたちの手に届くところにあってほしいと、心から願っています。

(参考)
森 はるな(2005),『白雪姫(ディズニーゴールド絵本)』,講談社.
森 はるな(2005),『シンデレラ(ディズニーゴールド絵本)』,講談社.
アストリッド・リンドグレーン 著, いしいとしこ 訳(2004),『こんにちは、長くつ下のピッピ』,徳間書店.
パトリシア・C. リーデ 著, 田中 亜希子 訳(2008),『囚われちゃったお姫さま』,東京創元社.
ロバート マンチ 著, 加島 葵 訳(1999),『紙ぶくろの王女さま』,カワイ出版.
うさぎ出版(2017),『モアナと伝説の海(ディズニー プレミアム・コレクション)』,永岡書店.
うさぎ出版(2014),『アナと雪の女王(ディズニー・ゴールデン・コレクション)』,永岡書店.
エレナ・ファヴィッリ, フランチェスカ・カヴァッロ 著, 芹澤恵, 高里ひろ 訳(2018),『世界を変えた100人の女の子の物語』,河出書房新社.
Ben Brooks, Stories for Boys who Dared to be Different,(Quercus Publishing, 2018)
Ben Brooks, Stories for Kids Who Dare to be Different ,(Quercus Publishing, 2018)
ジュリア ドナルドソン 著, 久山 太市 訳(2008),『グラファロのおじょうちゃん』,評論社.
Julia Donaldson, Gruffalo’s Child,(Puffin Books, 2007)
サム マクブラットニィ 著, 小川 仁央 訳(1995),『どんなにきみがすきだかあててごらん』,評論社.
Sam McBratney, Guess How much I love you,(Walker Books, 2007)