からだを動かす/体操 2018.7.31

【これからの時代に必要なのは、共感を伴う自己表現力】~元オリンピック新体操日本代表・畠山愛理さんが教える「表現力の高め方」~

【これからの時代に必要なのは、共感を伴う自己表現力】~元オリンピック新体操日本代表・畠山愛理さんが教える「表現力の高め方」~

グローバル化が進む現在、自分の気持ちを適切に伝える自己表現力が必須になりました。しかし、長い間「察する文化」のなかで過ごしてきたわたしたちには、戸惑いが大きいことも事実です。将来を担う子どもたちが自己表現力を身につけるためには、どうすればいいのでしょうか。新体操を通じて「自分を表現する」ことを追求し、オリンピックの舞台でそれを発揮した畠山愛理さんに聞いてみました。

構成/岩川悟 取材・文/大住奈保子(Tokyo Edit) 写真/玉井美世子

いまほど自己表現力が必要な時代はない

自分の気持ちを適切に表現し、相手に伝える。一見簡単なようでいて、これほど難しいことはありません。「察する文化」が根づく日本では、主張より協調が必要だというのも、その一因でしょう。企業の採用試験でも長らく、協調性に長けた人材が重宝されてきました。しかし、これらの文化はあくまで「組織の構成員は日本人のみ」という、従来型の価値観を前提としたものです。少子高齢化とグローバル化が進む現在、これらの価値観は過去のものとなりつつあります。

国籍も文化背景もちがう人と何かに取り組むには、日本人同士よりも密なコミュニケーションが必要です。ましてや、日本以外の国で生まれ育った人たちには「察する文化」はそれほどないかもしれません。自分の考えや気持ちはみずから表現しなければ、“ない”のと同じなのです。これからの時代を生きるうえで必須といえる、自己表現の力。いまほど自己表現力が問われる時代は、かつてなかったのではないでしょうか。子どもを“自己表現上手”にしたいと、幼い頃からスピーチやディベートのスクールに通わせる人が多いのも、うなずけます。

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新体操に打ち込んだからこそわかる、表現力の大切さ

自己表現に「こうすればいい」という正解はありません。しかし一方で、相手不在の自己表現は何も生み出さないのも事実です。相手の心に届く、豊かで繊細な自己表現。それを体現しているのが、ロンドン、リオと2度のオリンピックで迫真の演技を見せた、元新体操日本代表の畠山愛理さんでした。

現役時代、弾けるような笑顔を見せたかと思えば、演技中は憂いを帯びた表情も見せ、わたしたちをその世界に引き込んでくれた畠山さん。15歳で練習のためにロシアに行ってからは、表現の重要性をより感じるようになったそうです。

「それまで新体操はスポーツだと思っていたのですが、ロシアに行って『新体操って芸術なんだ』と気づきました。日本では正しく淡々と演技をすることがよいとされていましたが、ロシアではそうではなかった。自分の世界観を表現し、観ている人をそれに引き込んではじめて、いい演技なんです」

たしかにわたしたちが本当に感動するのは、正しいと感じたときよりも感情を揺さぶられたときなのかもしれません。子どもが将来どんな仕事に就くにしても、畠山さんのような“引き込む力”を持っていれば、成功しやすくなるでしょう。

自分の表現の世界に相手を引き込むには、そこに強い思いを乗せること。でも、表現の内容が“自分ごと”でなければ、どうしても思いが薄くなってしまうと思うんです。ですから、いろいろな経験をして表現に思いを乗せられるようにすることが重要です。共感を呼ぶ自己表現をするには、やはりそれが大事ですよね。たとえば、新体操では恋愛をテーマにした曲が使われることも多いので、それに共感できるかどうかも大切。恋愛をしたことがないと、本当に感情移入することは難しいですよね。ロシアのコーチからも『恋愛をしなさい』という指導を受けていました(笑)」

同じように、しかるべき場面で存分に自分を表現するためには、常に表現するときのことを意識して過ごすことも大切だと、畠山さん。

「ロシアのコーチからは『いつでも綺麗にしていなさい』と言われていました。いつ誰が見ているかわからないのだから、練習中でも必ずメイクするようにということです。表現力というのは、そういう普段の意識から培われていくのではないでしょうか。新体操では、競技以外の私生活の時間の過ごし方が、ダイレクトに競技に生きます。ですから、おのずと誰も見ていないプライベートな時間でも、他人のことを意識して過ごすようになりました」

表現力の高め方2※表現力を磨くには“経験”も欠かせないと語る畠山さん

言葉だけが自己表現とは限らない

自己表現の力は、新体操以外の職業にも生きる。畠山さんはそのことを、現役引退後の活動のなかでより強く感じるようになったと振り返ります。

「スポーツキャスターのお仕事はもちろん、モデルのお仕事でも新体操の経験がすごく生きています。『表現する』という点では、同じだからかもしれません。新体操は演技やメイク、レオタード、モデルはポーズやウォーキング、そのときの背景。一方で、スポーツキャスターは言葉を使いますが、自分の世界観を表現するものとしては一緒なんです」

畠山さんが選んだものに限らず、自己表現力はどんな仕事にも必要です。営業にプレゼン、取引先や同僚との交渉……一見表現とはかけはなれてみえる職種でも、日々の言動を思い返すと、自分の意見を伝える力を頻繁に使っていることに気づくでしょう。自己表現というと、もの静かな性格の子どもには難しく感じられるかもしれません。しかし畠山さんは、そうとは限らないと言います。

言葉だけが自己表現とは限りません。たとえば、新体操のように、踊りなら声に出さなくても気持ちを伝えられますよね。実際に、普段は口数が少ないけれど、演技をはじめたその瞬間から、驚くほど情熱的に踊り出す選手もいます。言葉にならない気持ちをなにか別のものに乗せることで、その子の表現力が花開くこともあると思います」

伝えたいという強い気持ち。それが相手の心をうつなによりの要素だと、畠山さん。子どもたちにはぜひ彼女のような豊かな表現力を身につけて、社会で活躍してもらいたいですね。

■ 元オリンピック新体操日本代表・畠山愛理さん インタビュー一覧
第1回:【新体操は身体を柔軟にして表情を豊かにする】~習い事としての新体操のメリット
第2回:【これからの時代に必要なのは、共感を伴う自己表現力】~表現力の高め方
第3回:【子どもの才能は「好き」のなかにある】
第4回:【わたしを救った「反省ノート」と「未来ノート」の存在】~挫折の乗り越え方

【プロフィール】
畠山 愛理(はたけやま・あいり)
1994年8月16日、東京都出身。6歳から新体操をはじめ、2009年12月中学3年生のときに日本代表であるフェアリージャパンオーディションに合格し、初めて新体操日本ナショナル選抜団体チーム入りを果たす。2012年、17歳で自身初となるロンドンオリンピックに団体で出場し7位入賞に貢献。その後、日本女子体育大学に進学し、2015年の世界新体操選手権では、団体種目別リボンで日本にとって40年ぶりとなる銅メダルを獲得。2016年のリオデジャネイロオリンピックにも団体で出場し、8位入賞。リオデジャネイロオリンピック終了後に現役引退を発表する。 また、2015年に開催されたミス日本コンテストにおいて、大会への応募に関わらず、美と健康の素晴らしい資質を持った女性のさらなる活躍を応援するという特別栄誉賞「和田静郎特別顕彰ミス日本」を受賞した。現在は、新体操の指導、講演、メディア出演などで活躍中。また、これまでの経験を活かしイベントなどでダンスを踊ることも。新体操の魅力を伝えるため、日々奮闘中。2018年、NHK『サンデースポーツ2020』のリポーターに就任。またBS-ジャパン『バカリズムの30分ワンカット紀行』のアシスタントとしてバラエティーにも挑戦している。

【ライタープロフィール】
大住 奈保子(おおすみ・なほこ)
編集者・ライター。金融・経済系を中心に、Webサイト・書籍・パンフレットなどのコンテンツ制作を手がける株式会社Tokyo Editの代表を務める。プライベートでは、お菓子づくりと着物散策、猫が好きな30代。
これまでの経歴は、http://www.lancers.jp/magazine/29298から。
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