ある日、ふと立ち寄ったペットショップ。そこで子どもが出会ったのは、ガラス越しにこちらを見つめる小さな子犬。
「この子がいいの。いまじゃなきゃイヤ!」「明日じゃ遅い。ほかの人に飼われちゃうもん!」──そう泣きながら訴えられる。そんな経験、ありませんか? 今回こんなお悩みが届きました。
子どもにとっては、”出会いは運命” 。でも親としては、現実の問題や責任もあるので簡単には決断できませんよね。今回は、JKC公認訓練士の岩井ゆかり氏監修のもと、そんな「いますぐ犬を飼いたい!」という子どもの気持ちにどう寄り添い、どう伝えていけばよいのかを考えていきます。
監修者プロフィール
JKC公認訓練士
全国で年間2000頭の子犬育てに関わるベテラン講師。
「NO」と言わない子犬育てを提唱し、ほめて導くメソッドで支持を得る。
ペットとの豊かな社会を目指し、執筆、監修、セミナー等を開催。
目次
回答:まず「気持ち」を受け止めてから「現実」を伝える
「家は犬を飼える環境ではありません」ということなので、まずは飼えないことを前提で考えていきましょう。
大切なのは、子どもの純粋な愛情を否定せず、段階的に現実を理解してもらうこと。「ダメ!」ではなく「その気持ち、とても大切だね。でもね……」という順番で伝えることで、子どもも親の話に耳を傾けやすくなります。
具体的な対応の4つのステップ
- 気持ちを肯定する:「その子を大切に思う気持ち、素敵だね」
- 現実を説明する:年齢に応じて具体的な理由を伝える
- 代替案を提示する:いまできることを一緒に考える
- 未来への希望を示す:「いつか」の約束で気持ちの逃げ場をつくる
この4つのステップは、子どもの心に寄り添いながら現実を受け入れてもらうための順序です。まず感情を肯定することで、子どもは「わかってもらえた」と感じ、次の話を聞く準備ができます。その後で年齢に応じて具体的な理由を説明し、「飼えない」で終わらせずに代替案を提示。最後に実現可能な未来の約束をすることで、子どもの気持ちに逃げ場をつくります。
未来のことについてはご家庭の状況によって2つのアプローチがあります:
- 完全に飼えない場合:子どもの気持ちの逃げ場をつくり、現実を受け入れてもらう
- 将来的に飼える可能性がある場合:実現可能な未来の約束で希望をもってもらう
重要なのは「絶対にダメ」ではなく「いまは難しい」という伝え方です。さらに詳しく解説してきます。
STEP1: 気持ちを肯定——「飼いたい」は、命に出会った “本気の気持ち”
まず知っておきたいのは、「犬を飼いたい!」という気持ちはただの “ワガママ” ではなく、子どもなりに心を動かされる体験をした証拠だということです。
子犬のしぐさや目を見た瞬間、「この子と一緒にいたい」「守ってあげたい」――そう思った気持ちは本物です。小さな命に出会い、「好き」という感情を超えた責任感や共感が芽ばえる。これは、成長のチャンスでもあります。
子どもの心のなかでは、その瞬間に豊かな想像が広がっています。「一緒にお散歩したい」「おやつをあげたい」「寂しいときにそばにいてほしい」そんな思いが駆け巡っているのです。
動物に対する子どもの直感的な愛情は、将来の人格形成にも大きな影響を与えます。生き物への共感力、思いやりの心、責任感──これらは動物との触れ合いを通じて育まれる貴重な感情です。だからこそ、この頭ごなしに否定するのではなく、まずはしっかりと受け止めてあげることが大切なのです。
STEP2: 現実を説明する——家には家の事情がある。それを否定せずに伝えるには?
とはいえ、現実には──
- ペット禁止の住環境
- 家族のアレルギー
- お世話が難しいライフスタイル
- 長期的な経済的負担
- 転勤や引っ越しの可能性
- 既に飼っているペットとの相性
- 家族の介護や看病の必要性
など、「いまはどうしても飼えない」理由があるご家庭も多いはず。ここで大切なのは、「ダメ!」と感情で遮らないこと。そして、「ダメな理由」しっかり伝えつつ、気持ちは受けましょう。
たとえば、こんな伝え方を。
・「でもね、お家のルールでいまは飼えないんだ。家も犬にとっても、いい環境じゃないから……」
・「”飼えない” けど、 “飼いたい” 気持ちはちゃんと大切にしようね」
気持ちはOK、でも飼うのはNO。その境界を、愛情をもって丁寧に伝えましょう。
子どもに理由を説明するときは、年齢に応じて具体的に話すことも効果的です。「お父さんが犬の毛でくしゃみが止まらなくなって、お仕事ができなくなっちゃうの」「アパートの大家さんが『動物は飼っちゃダメ』って決めているから、もし飼ったら引っ越さないといけなくなるの」など、子どもが理解できる範囲で現実を伝えることで、親も困っているということを理解してもらえます。
STEP3: 代替案を提示する——「この子じゃなきゃだめ!」と言われたときにできること
子どもが「この子しかいない!」と言うのは、視野が狭くなる子ども特有の思い込みでもあります。この唯一無二の思いにどう向き合うかは、子どもへの対応のカギになります。
飼いたいその「特別な気持ち」を肯定する
「『この子にしてほしい』って思ったことは、とっても素敵だよ」
子どもは、自分を “わかってもらえた” と感じると、次の話を聞く準備ができます。
この段階では、子どもの気持ちを否定せず、むしろその純粋な愛情をほめることが重要です。「そんなに優しい思いをもてるなんて、すごいね」「動物を大切に思える心があるって、とても立派だよ」といった言葉で、子どもの感情そのものを認めてあげましょう。
飼いたい気持ちを満たすほかの方法を探す
“飼えない” という事実は変えられなくても、子どもの気持ちを大切にする方法はあります。大切なのは、「飼えない=終わり」ではなく、「じゃあ、その気持ちを他の方法で表現してみない?」と提案することです。
たとえばこんなアイデア:
- 犬のぬいぐるみや写真集で愛情を表現する
- 動物番組を一緒に見て犬の生態について学ぶ
- ドッグランや動物園で様々な犬種に触れ合う
- ペットショップでの触れ合いタイムに参加する
- 動物に関する仕事にはどんなものがあるか調べる
これらの活動を通じて、子どもは犬への愛情を満たしながら、心も落ち着いてくるでしょう。
STEP4: 未来への希望を示す——「将来の可能性」を一緒に考える
ここまでは「飼えない」ことを前提にお話ししてきましたが、実際にはご家庭の状況は変化するものです。いつか家族でペットを飼える日が来るかもしれません。そんな将来の可能性について、子どもと一緒に話してみるのもよいでしょう。
ただし、ここで大切なのは、子どもに犬を飼うことの現実をしっかりと理解してもらうことです。子どもの一時的な感情に流されず、15年以上近くにわたる責任、年間30万円以上の費用、毎日のお世話と時間的余裕など、現実的な条件をしっかりと家族で検討することが大切です。多くの場合、こうした現実を知ることで、子ども自身が「今はまだ難しいかも」と納得することも少なくありません。
また、なかなか諦められない子でも「いつか」の約束があると、子どもも気持ちの逃げ場ができます。その約束に向けていまからできる準備があることも伝えましょう。
将来に向けた準備のアイデア:
- 図書館や本屋で犬の飼い方の本を借りてくる
- 犬種図鑑で特徴や飼育の難易度を調べる
- 動物保護施設の見学をして命の重さに触れる
- 近所の犬を飼っている人と交流してお世話の大変さを学ぶ
- 飼育にかかる費用を具体的に計算してみる
- 「犬を迎えるためのノート」をつくって “準備” を楽しむ
- 動物愛護に関するボランティア活動を調べる
- 地域の犬のイベントや展示会で現実を学ぶ
- 成犬の譲渡会で成長過程を実感する
特におすすめなのが以下の3つです。
◆犬のイベントで現実を学ぶ
各地で行われている犬のイベントは、子どもにとって貴重な学習機会です。「こんなに犬って吠えるものなんだ」「小さくてもお散歩は必要なんだね」など、ペットショップでは見えない現実的な側面を観察できます。様々な犬種が一度に見られ、実際の飼い主さんとの交流もできるため、理想と現実のギャップを自然に理解できるようになります。
◆犬種について深く学ぶ
その犬種がどんな歴史を持ち、育てやすさやしつけやすさにどのような違いがあるのかを一緒に調べてみましょう。また、月々にかかる「お金」の問題など、より現実味を帯びた話を子どもと一緒に学ぶことで、飼うということの大変さを実感できるようになります。
◆成犬の譲渡会で成長を実感
最近では、成犬の譲渡会なども行なわれています。子犬の頃の大きさと、実際に成犬になった際の大きさでは、受ける印象が違って見えます。「あの小さな子犬がこんなに大きくなるんだ」という驚きを通じて、長期的な責任について考えるきっかけになるでしょう。
これらの活動を通じて、子どもは実際に犬を飼うことの責任や大変さも実感として学べるでしょう。本やビデオだけでなく、実際に犬を飼っている家族との交流は特に貴重な体験となります。毎日の散歩、食事の準備、病気のときの看病など、リアルな飼い主の体験談を聞くことで、子ども自身が現実的な判断をできるようになっていきます。
それでも泣き続けるときは……
「それでも泣き止まないんです」という日があるかもしれません。そんなときは、「泣いてもいいよ」と、ただ受けとめる時間も大切です。子どもにとって、気持ちの整理には時間が必要です。泣いて、悔しくて、受け入れられなくて――そんなプロセスも、成長のひとつです。
無理に泣き止ませようとせず、そばにいて静かに見守ってあげてください。「悲しいね」「がっかりしたね」「その子のことが本当に好きだったんだね」といった共感の言葉をかけながら、子どもの感情に寄り添いましょう。
また、感情が高ぶっているときは、理屈よりも物理的な安心感が必要です。抱きしめてあげたり、背中をさすったり、一緒に深呼吸をしたりして、まずは心を落ち着けることを優先しましょう。
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子どもが犬を好きになるのは、やさしさや思いやり、命への関心が育っている証です。
いまは飼えなくても、その気持ちは消えません。きっと将来、「動物に関わる仕事をしたい」「ペットのいる生活をつくりたい」と、夢や行動の原点になるかもしれません。
実際に、幼少期に「犬を飼いたい! けれども飼えない」という体験をした子どもたちのなかから、獣医師、動物看護師になった方も数多くいます。また、直接的な動物関連の仕事でなくても、生き物を大切にする心、弱いものを守ろうとする正義感、責任感などは、どんな分野でも役立つ貴重な資質となります。
いまは、「できないこと」よりも、ぜひ「気持ちに応えた」という経験を残してあげてください。親に受けとめてもらった記憶は、子どもの心の根っこに、あたたかく残ります。