食育基本法とは、2005年に制定された、「食育」の基本的な理念を提示した法律です。食育とは食事をめぐる教育のこと。食に関する正しい知識・適切な食習慣を子どものうちから身につけることは、心身の健康を生涯にわたって保つのに欠かせません。「StudyHacker こどもまなび☆ラボ」でも、「親と子どもの食育学」「親子で学ぶおいしい食育学」などの特集を通して、食育の大切さをお伝えしてきました。
そんな食育を支える、食育基本法。この法文には、食に関する教育の重要性が分かりやすく書かれています。日本の教育や保育に大きな影響を与えた食育基本法について知ることは、親として子どもを教育する際の指針となるでしょう。そこで今回は、食育基本法の概要や成立の背景、その影響などをご紹介します。
食育基本法とは
食育基本法とは、食育に関する取組みを推進するために制定された、全33条から成る法律です。2015年に改正され、食育推進業務は内閣府から農林水産省へ移管しました。
食育基本法は、食育の推進に関する施策の実施を「国の責務」として定めており、各省庁は同法を意識した活動を行っています。たとえば厚生労働省は、「健康づくり、生活習慣病予防」「母子保健」「食品安全」という観点から、情報提供や栄養指導などを行っています。
そもそも、食育とは何を意味する言葉なのでしょうか。農林水産省は以下のように説明しています。
食育は、生きる上での基本であって、知育・徳育・体育の基礎となるものであり、様々な経験を通じて「食」に関する知識と「食」を選択する力を習得し、健全な食生活を実現することができる人間を育てることです。
(引用元:農林水産省|食育の推進)
そして食育基本法は、簡単に内容をまとめると、「食育は、このように行われるべきだ」という方針を示したり、食育推進会議が「食育推進基本計画」を作成するのを規定したりするものです。また、国・地方公共団体・国民などを対象に、食育の推進を「責務」として定めています。私たち一般国民も、「生涯にわたり健全な食生活の実現に自ら努めるとともに、食育の推進に寄与するよう努めるものとする」とされているため、食育基本法を無視するわけにはいきません。
それでは、食育基本法の概要を順番に見ていきましょう。
食育基本法の目的と制定の背景
食育基本法第1条は、同法の目的を以下のように述べています。
食育に関し、基本理念を定め、及び国、地方公共団体等の責務を明らかにするとともに、食育に関する施策の基本となる事項を定めることにより、食育に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって現在及び将来にわたる健康で文化的な国民の生活と豊かで活力ある社会の実現に寄与することを目的とする。
(引用元:農林水産省|食育基本法(平成27年9月11日最終改正))
また、食育基本法の前文では、同法が制定された経緯が述べられています。その背景にあるのは、人々が忙しい生活のなかで「食」の大切さを忘れがちになってしまうことから生じた、以下のような問題群です。
- 栄養の偏り
- 不規則な食事
- 肥満や生活習慣病の増加
- 過度の痩身志向
- 「食」の安全上の問題
- 「食」の海外への依存の問題
以上のような問題は、統計からもうかがうことができます。
たとえば、厚生労働省が毎年実施している「国民健康・栄養調査」において、2016年の「朝食の欠食率」は、男性で15.4%、女性で10.7%でした。2006年は男性が14.2%、女性が8.9%だったので、やや増加傾向にあります。なお、この場合の「欠食」とは「食事をしなかった場合」「錠剤などによる栄養素の補給、栄養ドリンクのみの場合」「菓子、果物、乳製品、嗜好飲料などの食品のみを食べた場合」を指します。農林水産省によると、朝食を食べない習慣は生活習慣病のリスクを高めるため、朝食をとらない人が多いことは問題視されているのです。このような問題を解決するのが食育基本法も目的のひとつだといえます。
食育基本法における7つの基本理念
食育基本法の第2条から第8条は、「食育に関する基本理念」を定めています。比較的わかりやすい言葉で書かれているので、いっしょに読んでいきましょう。7つの基本理念を知ることで、食育の重要さが深く理解できるようになりますよ。
第2条:国民の心身の健康の増進と豊かな人間形成
食育は、食に関する適切な判断力を養い、生涯にわたって健全な食生活を実現することにより、国民の心身の健康の増進と豊かな人間形成に資することを旨として、行われなければならない。
(引用元:同上)
第3条:食に関する感謝の念と理解
食育の推進に当たっては、国民の食生活が、自然の恩恵の上に成り立っており、また、食に関わる人々の様々な活動に支えられていることについて、感謝の念や理解が深まるよう配慮されなければならない。
(引用元:同上)
第4条:食育推進運動の展開
食育を推進するための活動は、国民、民間団体等の自発的意思を尊重し、地域の特性に配慮し、地域住民その他の社会を構成する多様な主体の参加と協力を得るものとするとともに、その連携を図りつつ、あまねく全国において展開されなければならない。
(引用元:同上)
第5条:子どもの食育における保護者、教育関係者等の役割
食育は、父母その他の保護者にあっては、家庭が食育において重要な役割を有していることを認識するとともに、子どもの教育、保育等を行う者にあっては、教育、保育等における食育の重要性を十分自覚し、積極的に子どもの食育の推進に関する活動に取り組むこととなるよう、行われなければならない。
(引用元:同上)
第6条:食に関する体験活動と食育推進活動の実践
食育は、広く国民が家庭、学校、保育所、地域その他のあらゆる機会とあらゆる場所を利用して、食料の生産から消費等に至るまでの食に関する様々な体験活動を行うとともに、自ら食育の推進のための活動を実践することにより、食に関する理解を深めることを旨として、行われなければならない。
(引用元:同上)
第7条:伝統的な食文化、環境と調和した生産等への配意及び農山漁村の活性化と食料自給率の向上への貢献
食育は、我が国の伝統のある優れた食文化、地域の特性を生かした食生活、環境と調和のとれた食料の生産とその消費等に配意し、我が国の食料の需要及び供給の状況についての国民の理解を深めるとともに、食料の生産者と消費者との交流等を図ることにより、農山漁村の活性化と我が国の食料自給率の向上に資するよう、推進されなければならない。
(引用元:同上)
第8条:食品の安全性の確保等における食育の役割
食育は、食品の安全性が確保され安心して消費できることが健全な食生活の基礎であることにかんがみ、食品の安全性をはじめとする食に関する幅広い情報の提供及びこれについての意見交換が、食に関する知識と理解を深め、国民の適切な食生活の実践に資することを旨として、国際的な連携を図りつつ積極的に行われなければならない。
(引用元:同上)
食育基本法が定める食育の理念を簡単にまとめると、食育とは「国民の心身の健康の増進と豊かな人間形成」を目的としており、それを実現するためには「食に関する感謝の念と理解」が必要です。そして、「感謝の念と理解」を育むにあたっては保護者や教育関係者が重要な役割を果たしているとのこと。また、食に関する体験活動を行ったり食糧生産者と交流を持ったりすることが、食育に役立つそうです。
食育基本法における5つの重点課題
食育基本法の第16条は、食育を総合的・計画的に推進するため「食育推進基本計画」を作成することを定めています。2018年現在、2016年度~2020年度の5年間を期間とした「第3次食育推進基本計画」が実施中。5つの「重点課題」と、それに沿った数値目標が設定されています。以下に掲載しますので、確認してみましょう。
1. 若い世代を中心とした食育の推進
農林水産省のパンフレットによると、20~30代の若い世代は、「食に関する知識に乏しい」「意識が低い」という問題を抱えているそう。しかし、この年齢層は「これから親になる世代」であるため、SNSなど若者に届きやすい手段で積極的に情報を発信するべきだとされています。具体的な数値目標は以下の通りです。
- 朝食を欠食する子どもの割合:4.4%→0%
- 食の安全性に関する基礎的な知識を持ち、自ら判断する若者の割合:56.8%→65%以上
など
2. 多様な暮らしに対応した食育の推進
ひとり暮らしやひとり親の世帯が増えている現在、「個人や家庭だけでは健全な食生活を実践するのが難しい」面があるそう。そのため、地域に暮らすさまざまな人が集まっていっしょに食事をする「共食」が推奨されています。幅広い世代が一堂に会することで、ただ食べるだけではない「豊かな食体験」ができるそう。関連して以下のような目標が掲げられています。
- 朝食または夕食を家族とともに食べる「共食」の回数:週9.7回→週11回以上
- 地域などで共食したいと思う人が共食をする割合:64.6%→70%以上
など
3. 健康寿命の延伸につながる食育の推進
厚生労働省の2016年版「簡易生命表」によると、男性の平均寿命は80.98歳、女性は87.14歳です。ほかの国々・地域と比較した国際ランキングでは、男女とも香港に次いで第2位の長さだそう。
しかし、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」と定義されている「健康寿命」は、男性で72.14歳、女性で74.79歳でした。つまり、平均寿命と健康寿命の差である8.84年(男性)および12.35年(女性)という期間は、介護などが必要とされるのです。
健康寿命を延ばし、平均寿命と健康寿命の差を縮めるため、生活習慣病の予防・改善が重視されています。そのための目標は以下の通りです。
- 主食・主菜・副菜を組み合わせた食事を1日2回以上ほぼ毎日食べている国民の割合:57.7%→70%以上
- 適正体重の維持や減塩などに気をつけた食生活を実施する国民の割合:69.4%→75%以上
など
4. 食の循環や環境を意識した食育の推進
環境省が推計したところによると、2015年度の食品廃棄物は約2,842万トン。このうち、本来は食べられるのに捨てられてしまった「食品ロス」は約646万トンでした。
環境省および農林水産省は、事業者や家庭における食品ロスを減らす取組みを実施しています。目標は以下の通り。生産者・消費者間の距離を縮めることが、食品ロスへの意識を高めることにつながるそうです。
- 学校給食における地場産物を使用する割合:26.9%→20%以上
- 食品ロス削減のために何らかの行動をしている国民の割合:67.4%→80%以上
など
5. 食文化の伝承に向けた食育の推進
2018年3月に公開された農林水産省の「食育に関する意識調査報告書」では、「地域や家庭で受け継がれてきた料理や味、箸づかいなどの食べ方・作法を受け継いでいますか」という設問に対し、「受け継いでいる」と答えた人が56.4%、「受け継いでいない」と答えた人が39.2%でした。また、「受け継いでいる」と回答した人に、それらの作法などを「地域や次世代に対し伝えていますか」と尋ねたところ、29.9%もの人が「伝えていない」と答えました。
この統計の結果から、上の世代から食文化を引き継がない人はますます増えることが予想されます。事実、「受け継いでいない」と答えた人は2016年の報告書から4.1%増加しました。
このような状況が憂慮され、日本の食文化を未来につなげていくために、教育関係者や食品関連事業者など、さまざまな立場の人の連携が推奨されています。掲げられている目標は以下の2つです。
- 伝統的な料理や作法などを継承し、伝えている国民の割合:41.6%→50%以上
- 伝統的な料理や作法などを継承している若い世代の割合:49.3%→60%以上
食育基本法における7つの基本的施策
食育基本法第19条から第25条は、食育推進のための「基本的施策」に言及したものです。7つの基本施策を以下で簡単にご紹介します。
第19条:家庭における食育の推進
国・地方公共団体は、保護者および子どもの食に対する関心・理解を深めるため、次のような施策を講じる。
- 親子料理教室など、学びながら食を楽しむ機会の提供
- 健康美に関する知識の啓発
- 適切な栄養管理に関する知識の普及・情報の提供
- 妊産婦に対する栄養指導
- 子どもを対象とする発達段階に応じた栄養指導
第20条:学校、保育所等における食育の推進
国・地方公共団体は、学校・保育園などでの食育推進のため、次のような施策を講じる。
- 食育推進に関する指針作成の支援
- 食育の指導にふさわしい教職員の配置
- 指導的立場にある教職員の食育推進における役割の啓発
- 学校・保育園や地域の特色を生かした給食の実施
- 農場などでの実習や調理といった体験活動の実施
- やせすぎ・太りすぎが心身の健康に及ぼす影響などについての啓発
第21条:地域における食生活の改善のための取組の推進
国・地方公共団体は、地域において生活習慣病を予防するため、次のような施策を講じる。
- 健全な食生活に関する指針の策定および啓発
- 食育推進の専門知識を有する者の養成・資質の向上・活用
- 保健所・市町村保健センター・医療機関などにおける食育の啓発
- 医学教育などでの食育指導の充実
- 食品関連事業者などによる食育推進活動の支援
第22条:食育推進運動の展開
国・地方公共団体は、民間の食育推進運動が全国で行われるようにしつつ、食育推進に関する行事を実施し、食育推進活動に特化した期間を指定する。また、食育推進運動を行うボランティアとの連携を図る。
第23条:生産者と消費者との交流の促進、環境と調和のとれた農林漁業の活性化等
国・地方公共団体は、国民の食に対する理解・関心を増進し、環境と調和した農林漁業を活性化するため、次のような施策を講じる。
- 農林水産物の生産・食品の製造・流通などにおける体験活動の促進
- 農林水産物が、生産された地域内の学校給食で利用されるよう促進
- 創意工夫を生かした食品廃棄物の発生の抑制・再生利用
第24条:食文化の継承のための活動への支援等
国・地方公共団体は、日本の伝統的な食文化の継承を推進するため、啓発など必要な施策を講じる。
第25条:食品の安全性、栄養その他の食生活に関する調査、研究、情報の提供及び国際交流の推進
国・地方公共団体は、国民の食生活に関して調査・研究を行い、データの整理・提供などに必要な施策を講じる。また、海外の食生活に関する情報の収集や食育に関する国際的交流のために必要な施策を講じる。
保育園における食育基本法の影響
食育基本法が制定されたことは、保育園にも影響を与えました。保育園の運営について定めた「保育所保育指針」には、「望ましい食に関する習慣」を子どもに定着させ、食を通じた人間形成をはかるため、創意工夫を行いながらの食育推進が求められると書いてあります。食事の提供に関するだけでも、以下をはじめとした数々の留意事項が記載されています。
- 子どもが食べることを楽しむことができるよう計画を作成する
- 子どもの健康状態などを把握し、それぞれに応じて必要な栄養量を確保する
- 子どもが地域の様々な食文化などに関心を持てるようにする
また、「食育の環境整備」として、以下をはじめとする点に留意するべきだとされています。
- 様々な食材に触れる機会を計画的に保育に取り入れる
- 収穫・調理などの体験を、様々な立場の人と関わりながら行えるようにする
- 子どもの情緒安定のため、ゆとりある食事の時間を確保する
- 食事する部屋がくつろぎの場となるよう、採光や食器などに配慮する
学校における食育基本法の影響
食育基本法は、学校における食育にも影響を与えています。特に学校給食への影響が顕著です。食育基本法制定後の2008年、学校給食法が大きく改正され、「学校における食育の推進」が目的として位置づけられました。
また、新たな学校給食法の第2条には、学校給食の目的として「優れた伝統的な食文化についての理解を深めること」や「生命及び自然を尊重する精神並びに環境の保全に寄与する態度を養うこと」などが加えられました。子どもの心身の健康を養うだけでなく、食文化や食をめぐる環境を知る経験を提供することが、学校給食の役割になったのですね。
改正学校給食法の特徴には、「栄養教諭」の役割を明記したことも挙げられます。2005年に新設された栄養教諭とは、給食の管理をするほか、食に関する授業を実施するほか、食物アレルギーを持っていたり偏食だったりする子どもに個別指導を行う教員です。
「学校教育活動全体を通じた食に関する指導を一層充実」させるため、文部科学省は各都道府県の教育委員会に対して、栄養教諭の配置を増やすように求めています。しかし、2017年5月時点において、最も多い北海道で465人、最も少ない鳥取県で20人と、その数には大きな差があります。東京都ではわずか63人で、しかも前年より2名減っているのです。従来の「学校栄養職員」のみで充分だとする意見もあり、栄養教諭の必要性が実感されていない都道府県が少なくないようです。
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近年あたりまえに聞かれるようになった「食育」。その基盤となった食育基本法には、食を通じた人間形成を推進しなければ、という強い意志が込められています。
日々の食事が子どもに与える影響をあらためて考えてみてはいかがでしょうか?
(参考)
農林水産省|食育基本法(平成27年9月11日最終改正)
農林水産省|食育の推進
農林水産省|朝ごはんを食べていますか
農林水産省|「第3次食育推進基本計画」啓発リーフレット
農林水産省|食育に関する意識調査報告書PDF形式(平成30年3月)
文部科学省|食育って何?
内閣府|平成27年度実施施策に係る政策評価書
厚生労働省|食育基本法(議員立法)の成立及び食育推進会議について
厚生労働省|平成28年「国民健康・栄養調査」の結果
厚生労働省|平成28年簡易生命表の概況
厚生労働省|健康寿命の定義と平均寿命との差
厚生労働省|保育所保育指針
日本経済新聞|平均寿命、男女とも過去最高更新 女性87.14歳 男性80.98歳
日本経済新聞|健康寿命、男女とも延びる 男性72歳・女性74歳
環境省|我が国の食品廃棄物等及び食品ロスの量の推計値(平成27年度)等の公表について
全国学校給食会連合会|学校給食の目標
東京学芸大学|学校給食法の改正について
e-Gov|学校給食法
文部科学省|栄養教諭制度について
文部科学省|食育・栄養教諭に関してよくある質問Q&A