教育を考える 2019.10.30

子どもの答えを引き出す「コーチング」――我が子を本当に信頼していますか?

子どもの答えを引き出す「コーチング」――我が子を本当に信頼していますか?

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教育への感心が高い人なら、「コーチング」という言葉を耳にしたことがあるでしょう。本来は主にビジネスにおける人材開発のノウハウですが、近年は教育界でも重視される傾向にあります。ただ、「コーチングの意味や意図を勘違いしている人が多すぎる」と嘆くのは、ビジネスコーチであり、子どものコーチングにも造詣が深い石川尚子さん。その「勘違い」とはどういうものでしょうか。コーチングをベースにしているというオランダの教育の内容と併せて教えてもらいました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)

コーチングとティーチングは対極的なアプローチ

みなさんは、「コーチング」と聞いてどういうものをイメージするでしょうか。もしかしたら、「子どもに勉強させるために机に向かわせる方法」といった、「誘導する」「コントロールする」といったものを想像する人もいるかもしれません。ですが、そういったものはコーチングでもなんでもないのです。

日本では混同されがちですが、コーチング(coaching)とはティーチング(teaching)の真逆にあるアプローチです。ティーチングは指導者が持っている知識やノウハウを「教える」というもの。それに対してコーチングは相手のなかにあるやる気や行動を「引き出す」ものなのです。つまり、答えは指導者ではなくコーチングを受ける相手の内にあるということが前提となります。

そのコーチングをベースにした教育を行っているのがオランダです。オランダは憲法で教育の自由が定められていて、学校によって理念も教育手法も自由ですし、宗教色を打ち出すことも自由。つまり、オランダの教育の特徴を一律に語ることはできません。ただ、それでもコーチングをベースとしているという観点から共通して見られる特徴があります。

ひとつの大きな特徴は、まず入学する学校を子どもたちが自由に選べるということ。オランダには日本でも注目度が増しているシュタイナー教育の学校があり、その隣にはキリスト教系の学校があって、オランダの教育として知られているイエナプラン教育の学校もある。そして、自分はどの学校に行きたいのか、どの学校が向いているのかと考えて通いたい学校を自由に選ぶのです。しかも、通学に時間がかかるような場合なら、通学費を国が補助してくれます。

日本では学区が決められ、受験をしない限りは住んでいる地域によって通う学校が決まっていますよね。オランダの場合、通う学校を決める時点で外から与えられるのではなく、すでに「自分で考える」ということが行われるのです。

子どもの答えを引き出す「コーチング」2

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オランダの学校には時間割もテストもない

そのことは学校教育の中身にも徹底されています。オランダの学校には時間割がないところもあります。朝、学校に到着した子どもたちに対して、教員は「今日はなにをしたい?」と聞きます。もちろん、一定の課題や、その課題ごとに参加できる人数は決まっています。その枠のなかではありますが、子どもたちは自分が勉強したいことを選ぶことができますし、だからこそ「やらされ感」なく勉強に取り組むことができるのです。

しかも、子どもたちの希望がかぶったときには新たに「自分で考える」ことになります。人気の課題を多くの子どもたちが希望して参加できる人数をオーバーしたなら、子どもたちはどうするでしょうか。希望がかぶった者同士で話し合いをするかもしれませんし、その場は我慢して次の時間に交代してもらうよう提案する子どももいるかもしれません。それこそ、「自分で考える」ことに他ならないのです。

そして、テストがないことも大きな特徴です。テストらしいものがないわけではありませんが、それは子どもたちを評価するためのものではなく、教員が子どもの理解状況を把握するためのもの。つまり、テストの結果に親も子どもも一喜一憂するということもないのです。

学力が高いことは本当に幸せなのか

すると、日本より学力では劣るのではないかと思う人もいるでしょう。もちろん、日本よりもオランダのほうがすべての面で優れているとはいいません。ただ、オランダ人には、「学力が高いことが本当に幸せなのか」と考える思考回路が備わっているのです。勉強は勉強が得意な人間に任せておけばいい、自分は自分が得意なことで幸せになればいい――。そういう感覚を多くのオランダ人が持っています。その感覚を伝えることがオランダの教育界における共通認識といってもいいでしょう。

オランダの小学校は8年制です。その後は基本的に中高一貫。それが4年制、5年制、6年制にわかれています。大学に行こうと思うなら5年制以上の学校に進学する必要がある。それでは4年制はどういう学校かというと、4年間で手に職をつけて卒業したときにはしっかり社会人として生きていけるようにする学校なのです。

その4年制の学校の校長先生の言葉に、忘れられないものがあります。それは「ここは自分について学ぶ学校です」という言葉。自分はなにが得意でなにによろこびを感じ、なにによって人に貢献できるのか――、それを4年間で探すことこそがその学校で学ぶ意義なのです。ですから、たとえ勉強があまり得意ではない子どもたちも自分を卑下するようなことはありません。しっかり、自分が生きていくべき道筋を見つけているのです。

子どもの答えを引き出す「コーチング」3

子ども自身に考えさせるために子どもを信頼する

このオランダの教育の要素を家庭教育に取り入れることは、そう簡単ではないかもしれません。でも、そのベースにあるコーチングの考え方を取り入れることはできる。多少表面的かもしれませんが、ティーチングの言葉かけをコーチングの言葉かけに変えるだけでも子どもの自分で考える力を引き出すことになります。

親がついいってしまうティーチングの言葉の典型としては、「○○しなさい」という指示命令の言葉と、「○○しちゃいけません」という禁止の言葉が挙げられます。加えて、「勉強はしておいたほうがいいから」というふうに親の持論を押しつけるということもやってしまいがちです。でも、それでは子どもが親に対して不信感を持つばかりか、大人になっても自分で決められない人間になってしまいかねません。

そうではなく、「どうしたい?」「どうしたらいいと思う?」と、子ども自身に考えるように促す、子どもの考えを尊重するということを意識してみてください。そして、そうするためにも子どもを信頼することがなにより大切です。信頼するというのは、子どもに対して「できるよね?」「自分で考えられるよね?」というスタンスで接するということ。そうできれば、子どもにかける言葉も自然と変わっていくのではないでしょうか。

子どもの答えを引き出す「コーチング」4

言葉ひとつで子どもが変わる やる気を引き出す言葉 引き出さない言葉
石川尚子 著/柘植書房新社(2019)
言葉ひとつで子どもが変わる やる気を引き出す言葉 引き出さない言葉

■ ビジネスコーチ・石川尚子さん インタビュー一覧
第1回:子どもの答えを引き出す「コーチング」――我が子を本当に信頼していますか?
第2回:「認める」ことが、子どもの健全な自己肯定感を育む第一歩
第3回:子どもに揺るぎないパワーを与える、親が子どもの話を「聴く」ということ
第4回:子どもの自己肯定感を高め、親子関係を良好にする魔法の言葉

【プロフィール】
石川尚子(いしかわ・なおこ)
1969年生まれ、島根県出身。ビジネスコーチ、株式会社ゆめかな代表取締役。1992年、大阪外国語大学外国語学部卒業後、株式会社PHP研究所入社。研修局において企業研修・講演会の企画・運営、研修コース・教材の開発・制作、研修講師を担当。2002年、同社を退社してビジネスコーチとして独立。2003年、高校生の就職支援活動に携わった経験から教育分野へコーチングを普及する活動をはじめる。2008年、株式会社ゆめかなを設立して代表取締役に就任。現在は、経営者、起業家、管理職、営業職へのパーソナル・コーチングを行う傍ら、コミュニケーションスキルの向上、夢をかなえるコミュニケーション、自発的な部下の育成、子どもの本音と行動を引き出すコミュニケーションなどをテーマにしたコーチング研修、コミュニケーション研修の講師として活動中。小中学生、高校生、大学生から企業の経営者まで幅広い対象に講演活動を行う。著書に『コーチングで学ぶ「言葉かけ」練習帳』(ほんの森出版)、『オランダ流コーチングがブレない「自分軸」を作る』(七つ森書館)、『子どもを伸ばす共育コーチング 子どもの本音と行動を引き出すコミュニケーション術』(柘植書房新社)などがある。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。