自然の中の生きものを丁寧に描いたロングセラー絵本「14ひきのシリーズ」(童心社)でおなじみの、人気絵本作家いわむらかずおさん。大自然の中にたたずむ「えほんの丘」のフィールドを舞台に、数々の作品を生み出しています。
絵本・自然・こどもがテーマのいわむらかずお絵本の丘美術館では、季節を感じられる自然体験イベントに加え、種まき、草取りなどの農業体験も行なっています。このような経験は、子どもたちの学びにどうつながるのでしょうか?
今回は、絵本作家であり、いわむらかずお絵本の丘美術館の館長も務めていらっしゃるいわむらかずおさんに、自然体験や農業体験の意義についてお話をうかがいました。
自然に限らず、実体験の機会が減っている
もう随分前から、自然に親しむ機会が減ってきていますね。1970年代はまだまだ、自然の中に子どもたちの姿がよく見られたんです。夏になると雑木林に入ってきて虫採りをしたり、学校の帰り道にわざわざ遠回りして山道を通っていったりしてね。
でも、1980年代後半から1990年代にかけて、子どもたちが自然の中で遊ぶ姿がだんだん見られなくなっていったんです。テレビゲームが子どもたちの生活に深く入り込んできた頃と重なる時期ですね。
さらに最近になって、スマートフォンが暮らしの中に入り込んでくると同時に、ますます実体験が減ってくる傾向にあります。これは自然だけに限りません。実際に自分で行動して、いろいろ体験する機会が、どんどん少なくなってきているんですね。
今は昔では考えられないくらい、たくさんのことが瞬時にできるようになり、とても便利なんだけれども、同時にそこからくるマイナス面に注意をする必要があると思います。
命の基本を感覚的に把握すれば、生きものの世界に興味がわく
自然体験の機会がないと、命についての基本的なことを、体で感じ取ることができません。生きることの基本を認識しないまま、子どもたちが大人になっていくのは、とても危ない感じがします。
生きることの基本といったら、例えば地球規模の生命の関わり、そして自然と人間との関係ですね。ただ人間がいるだけではなくて、地球上にはさまざまな生命が共に生きています。もちろん動物以外に、植物や菌類などもいるわけです。
では、これらの多様な生きものたちは、生きるうえで、何をしているでしょうか。まず、個としての命を維持すること、つまり食べること。次に、種としての命を維持すること、つまり子孫を残すこと。この2つが、生きることの柱になっています。
ちょっと例外はあるかもしれないけれど、あらゆる生きものたちが、この2つのことに取り組んでいるんです。その営みは、非常に多様です。決して、みんなが同じやり方でやっているわけではない。ここがおもしろいですよね。私が自然を見ながら絵本を描いてきたなかで、自然から学んだこととして、それが一番大きいかもしれないですね。
このような基本的な自然の仕組みは、子どもたちも知識としては持っているかもしれません。でも、教科書で読んだり、インターネットで調べたりして知るだけでは、感覚的に把握することはできないでしょう。そして、命にまつわる基本的なことを実感できていなければ、生きものの世界の不思議に関心が向いていきません。自分とは無関係だと感じてしまったら、好奇心も湧いてこないですよね。
自然の中に自ら足を踏み入れ、いろんな生きものたちに出会うことで、初めて肌感覚で理解できるようになります。豊富な自然体験を通して、自然の仕組みが、すっと体の中に入っていく。これが大事ですね。そしてそれは、生きものの世界へのさらなる興味を喚起することにつながると思います。
農業体験の意義とは
食とつながることはいっぱいあります。さまざまな生きものたちが日々食べることで、自分の命をつないでいるから、食に関わるいろんなことが生まれてきて、おもしろい世界が生まれるんです。誰がどこで何を食べているかを考えるだけでおもしろいでしょう?
畑で作物を育てると、いろんな生きものたちが寄ってくるんです。例えばトウモロコシを作ると、キツネやハクビシン、イノシシ、カラスなどが来ます。トウモロコシが好きな動物っているわけですよね。動物によって食べ物の好みが違うから、みんながみんな来るわけじゃないんです。
食べることは、動物だけでなく、あらゆる生きものたちがやっていることです。植物も養分を吸収して育っていきますよね。魚や昆虫やカエルが生きものだということはよくわかると思いますけれど、野菜や果物も同じように、生命を持ったものです。種から発芽して、成長して、実らせて……。そういう命の営みの過程で生まれたものを、私たちがいただいているわけなんです。
食べものはもちろん、自然の中からも生まれてきます。縄文人は、自分の暮らしている周りの生きものたちを取ってきて食べていたわけですからね。今も山でキノコや山菜を採って食べることも多少はありますけれど、植物に関しては大半が、農場から生まれてくると考えてもいいでしょう。
命の基本的な仕組みの中心にある「食」について考えたときに、人間の場合は、農業がとても大きな意味を持っているんです。生きることの営みの中心に食があって、人間にとっては「食」の中心に農業がある。
だからこそ、子どもたちに農業、そして農作物について、もっと知ってもらいたい。そんな思いがあって、いわむらかずお絵本の丘美術館のフィールド「えほんの丘」に、農場があるのです。農場では、収穫体験だけじゃなくて、種まき、草取りなども行なっています。餅つきは、田植えをして、稲刈りをして、ホタルを見たりカエルたちの声を聞き、生まれた収穫の結果をみんなで味わうんです。
自然体験は「表現」を豊かにする
もうひとつ、自然体験がもたらす大事なこととして、「表現」があります。人間はいろんな表現をしますよね。絵を描くこと、お話を作ること、音楽も演劇もそうです。このようなさまざまな「表現」が、私たちをとても豊かにしていると思います。
表現をする側も、それを受け取る側も、さまざまな実体験を重ねることで、感覚的につながっていくことができるようになります。例えば、今日の池の観察会で、みんなイモリをつかんでいましたね。イモリをつかんだときに、一般的な言い方をすれば「ぬるぬる」していたでしょう。「ツルツル」とは違いますよね。
触ったときの手の感覚のような、実体験をたくさん持っているのは、表現をするうえで、とても大切なことです。例えば、イモリを触って「ガリガリ」したなんて、イモリの実態とは違う表現をしたら、伝わらないですもんね。自然体験によって、表現が豊かになると思います。
■ 「14ひきのシリーズ」作者・いわむらかずおさん インタビュー一覧
第1回:人気絵本作家いわむらかずおさんが語る「絵本の楽しみ方」と「読み聞かせの意義」
第2回:無関係だと感じたら、好奇心は育たない。「自然体験」「農業体験」は命の仕組みを学ぶチャンス!
第3回:絵本と自然が出会う場所。物語の世界が広がる「いわむらかずお絵本の丘美術館」
■ いわむらかずお絵本の丘美術館 イベント取材記事
自然体験デビューにぴったり! 絵本と自然が出会う場所「えほんの丘」の『とんぼいけ観察会』
【プロフィール】
いわむら かずお
1939年東京生まれ。東京芸術大学工芸科卒。主な作品に『14ひきのあさごはん』(絵本にっぽん賞)など「14ひき」シリーズ、エリック・カールとの合作絵本『どこへいくの? To See My Friend!』(童心社)、『ひとりぼっちのさいしゅうれっしゃ』(偕成社/サンケイ児童出版文化賞)、『かんがえるカエルくん』(福音館書店/講談社出版文化賞絵本賞)、「トガリ山のぼうけん」シリーズ、「ゆうひの丘のなかま」シリーズ(理論社)などがある。98年栃木県馬頭町(現・那珂川町)に「いわむらかずお絵本の丘美術館」を開館、絵本・自然・こどもをテーマに活動を続けている。