子どもの自己肯定感を育み、生きる力を伸ばしてくれる、幼少期の自然体験。親子で挑戦してみたいけれど、なかなか機会がない。初めてなので、子どもが楽しめるか心配……。そう感じて躊躇する親御さんも多いのではないでしょうか。そんなときは、子どもが大好きな「絵本」を入り口に、はじめの一歩を踏み出してみませんか?
誕生35周年を迎え、世代を超えて愛され続けるロングセラー絵本「14ひきのシリーズ」(童心社、いわむらかずお作)は、大自然を舞台にした物語。里山で暮らす野ねずみの家族の幸せな日常が描かれた全12冊は、世界中で1,500万部を超えるほど! 雄大な自然の魅力、そして家族の日常の幸せを感じられる、人気絵本です。
そんな作品の舞台となる、里山の自然が楽しめるフィールドが、栃木県那須郡那珂川町にあります。その名も「えほんの丘」。子どもたちに「絵本」と「自然」を同時に楽しんでもらいたいと、作者であるいわむらかずおさんが開設なさった美術館「いわむらかずお絵本の丘美術館」のある丘です。
絵本の舞台となった大自然で、作中に登場する生き物に出会う
絵本に登場する生き物たち、そして作中に描かれた景色に出会える「えほんの丘」。雑木林やくさっぱら、桑畑、杉林、檜林、そして農場が一面に広がる、緑豊かな環境です。
ここでは絵本・自然・こどもをテーマに、1年を通して、季節を感じられるイベントが開催されています。たとえば、フィールドでは「リスの道づくり」「巣箱づくり」のような自然体験、えほんの丘農場では「いねかり」や「たけのこ掘り」をはじめとした収穫体験。季節の移ろいとともに、自然の魅力を存分に味わうことのできる機会です。
えほんの丘の一角、「うぐいす谷」と名づけられた田んぼのはずれに、ひっそりとたたずむ小さなため池があります。じつはこの池は、「14ひき」シリーズ第11作目『14ひきのとんぼいけ』の舞台なのです。
『14ひきのとんぼいけ』(童心社)は、ねずみのきょうだいが子どもたちだけで池に行き、トンボをはじめとするたくさんの生き物に出会う物語。お話に登場するトンボは、なんと10種類も!
さらにイモリやゲンゴロウ、ミズカマキリにトノサマガエルまで、さまざまな生き物が描かれ、自然の多様性を味わえる一冊となっています。
絵本の世界を体感できる自然体験イベント「池の観察会」
そんな絵本の舞台となる「とんぼいけ」では、年に2回、春と秋に「池の観察会」が行われています。いわむらかずお絵本の丘美術館の学芸員の方と一緒に、親子でため池の生き物たちを観察できる良い機会です。
今回は、2018年10月13日(土)に開催された、秋のとんぼいけ観察会の様子をレポートします。まずは長靴に履き替えて、美術館から雑木林の間を通って池へと向かいます。
池の前には、丸木橋。その隣には、ミズオオバコの花が。
「まるきばしわたって、とんぼいけにいこう」
「みずおおばこの はなが さいている」
絵本のこんな描写を思い出します。物語そのままの展開にワクワク!
丸木橋を渡って、とんぼいけに到着! さっそく、捕虫網で泥をすくってみましょう。
網の中には、たくさんの生き物たちが!
どんな生き物なのでしょうか? シーケースに入れて、じっくり観察してみましょう。
学芸員さんが、それはイモリ、これはゲンゴロウ、あれはヤゴ、と丁寧に教えてくれます。
鮮やかなオレンジ色のお腹を持ち、目を引く赤腹イモリ。
「きれいな色!」「なんだか、とかげみたい!」
初めてこんなに近くで見るイモリの姿に、驚きと感動を隠せない子どもたち。
恐る恐る、イモリに手を伸ばす子も。
「ぬめぬめしてる!」
ペットとして飼っていない限り、イモリにさわるチャンスは普段ほとんどありません。手でふれた感触がとても印象的だったようです。
お次は、一年中いるという、ゲンゴロウ。
背中のしましまが特徴のシマゲンゴロウや、クロゲンゴロウ、コジマゲンゴロウにヒメゲンゴロウと、たくさんの種類のゲンゴロウを捕まえることができました。なかでも、絵本に描かれているのはゲンゴロウ、クロゲンゴロウ、コジマゲンゴロウなのだとか。
そして、大きくてインパクトのあるカエルも登場!
通称「トノサマガエル」と呼ばれるカエルの正式名称は、トウキョウダルマガエル。草と泥の色に合わせて、保護色となる色をしています。
トノサマガエルがぴょんぴょん跳ねる姿に、子どもたちも大喜び!
「ザブっ! とのさまがえるが とびついた。」
なかには、絵本のこんな一節を唱えながら、カエルを観察する子も。
作中に登場する、ミズカマキリもいました。実物を見るのは初めてなのに、絵本を毎日眺めているからか、
「これ、ミズカマキリ?」
と聞く姿が見られました。絵本の力は偉大ですね。
さて、ここはとんぼいけ、トンボの赤ちゃんも忘れてはなりません。
池の中の泥をすくうと、通称「ヤゴ」と呼ばれる、トンボの幼虫がたくさん!
さまざまな見た目のトンボがいるのと同じように、いろいろな見た目のヤゴがいます。もちろん、池の周りには成虫のトンボも飛んでいましたよ。
春にはアカガエルが産卵し、夏にはオニヤンマやオオルリボシヤンマ、ギンヤンマやショウジョウトンボが飛び交う姿を見られるのだとか。作品の舞台になっただけあって、実際に目にするのは絵本に登場するトンボばかり!
まさに、絵本と自然が出会う場所。物語に登場する生き物たちに出会う。目で見て、手でさわる。鳴き声を楽しみ、匂いを嗅いでみる。
おうちで毎日、絵本を通して見慣れている景色だからこそ、怖がることなく積極的に挑戦することができたようです。子どもの自然体験デビューにぴったりな場だと言えるでしょう。
そして、そんな貴重な経験は、家に帰ってからも決して忘れないもの。
「とんぼいけ、行ったね!」「とのさまがえる、さわったね!」
絵本を開くと、そんな言葉が、自然と子どもの口から出てくるはず。自然体験を楽しんだ後は、絵本のよみきかせを聞きながら、自身の経験と結びつけ、物語をより深く楽しむことができるようになるのです。
絵本から、自然へ。自然から、絵本へ。この豊かな循環は、子どもの心を育むうえで大きな糧となることでしょう。
■ 「14ひきのシリーズ」作者・いわむらかずおさん インタビュー一覧
第1回:人気絵本作家いわむらかずおさんが語る「絵本の楽しみ方」と「読み聞かせの意義」
第2回:無関係だと感じたら、好奇心は育たない。「自然体験」「農業体験」は命の仕組みを学ぶチャンス!
第3回:絵本と自然が出会う場所。物語の世界が広がる「いわむらかずお絵本の丘美術館」
(参考)
いわむらかずお絵本の丘美術館
世界でシリーズ1,500万部のロングセラー絵本 – 14ひきのシリーズ – 童心社
いわむら かずお(2002),『14ひきのとんぼいけ』,童心社.