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2003年に「都内義務教育初の民間校長」となったことで注目を集めた藤原和博先生。現在は「教育改革実践家」として幅広い活動を行っています。前回のインタビューでは日本の教育における今後の変化について語ってもらいました(第1回インタビュー参照)。今回はもう少し幅広く、今後の社会の変化についての話からはじめてもらいます。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子(インタビューカットのみ)
着実に進行している「人の仕事がなくなる」という流れ
他でも多くの人がいっているように、今後、処理的な仕事についてはどんどんロボットやAIが担うようになっていくことは間違いありません。そういう場面はすでにいろいろなところで目にしているのではないでしょうか。たとえば、無人のカウンターに置いてあるタブレット端末でチェックインするというホテルに宿泊したとことがある人もいるでしょう。そういった事務仕事は、2020年代を通じて半分くらいがなくなっていき、その後の10年でほぼなくなっていくのではないかとわたしは見ています。
そういう仕事として、いまの親世代がすぐイメージできるものというと、駅の改札員が挙げられるでしょう。いま、親になっている人が子どもだった頃には、ほとんどの駅の改札に改札員がいたはずです。しかし、ここ20年くらいのあいだに自動改札機が全国的に普及し、改札員の仕事は見事になくなりました。鉄道関係で次になくなる仕事は、運転手の仕事かもしれないし、売店の販売員の仕事かもしれません。正解がどちらなのかはわかりませんし、運転手と販売員以外の仕事かもしれませんが、処理的な仕事がなくなるという流れは着実に進行していきます。
また、一般の人間にもわかりやすい鉄道関係の仕事以外でも、これまで人が行っていた仕事がなくなるという流れはどんどん進んでいます。たとえば、銀行の事務業務もそのひとつです。銀行で我々が目にするのは主に女性が務めることが多い窓口業務を担うテラーという人たちです。テラーはむかしと変わらずいまもいます。ところが、その背後ではありとあらゆる事務業務が人の手から離れているのです。この流れは誰にも止めることはできません。
子どもの頃に遊べていない人間は将来的に伸びない
そういう時代にあって、親もやはり子どものことがこれまで以上に心配なのでしょう。いまはかつてないほど受験熱が高まっています。なかでも、東京を中心とした首都圏の中学受験に関しては異常ともいえるほどの過熱ぶりです。開成、麻布、武蔵のいわゆる御三家を狙うような塾の教材はすごい量ですから、なかにはついていけない子どももいます。すると、今度はその塾を辞めた元講師を家庭教師にするというケースもあるほどです。
でも、そういう世界に放り込まれた子どもが将来的に幸せになれるかということについては、わたしは懐疑的です。難関中学に入学した人間とそうでない人間が、どういう人生を歩むのかという疑問に答えを出すには、数十年に及ぶ追跡調査が必要です。でも、現段階では誰ひとりとして調査を行っていませんから、その疑問に対する答えはないのです。それなのに、そんな不確かなことに対してものすごい投資が行われているという現状は、わたしからすれば不思議なことに思えるのです。
ただ、断言できることがひとつあります。それは、「10歳くらいまでのあいだに思い切り遊べていない人間は、将来的に伸びない」ということ。これは、「情報編集力が伸びない」と言い換えてもいいでしょう。情報編集力とは、直面する問題に対して自分や他者が持つ知識、経験、技術を組み合わせて多くの仮説を立てる力のことです(第1回インタビュー参照)。あるいは、ブレストやディベートを通じて他人の脳と自分の脳をつなぎ合わせて脳を拡張することで解決策を探っていく力といってもいい。その情報編集力こそが、答えがないといわれるこれからの時代には重要になる。
塾や学校の勉強ではなく遊びのなかでこそ育つ情報編集力
そして、この情報編集力は、じつは遊びのなかで育っていくものなのです。遊びには決まった正解などなく、想定外のことも二律背反のことも起きます。遊びに出かけて急に雨が降ってきたのなら、そのなかでどう遊ぶかと考える必要がある。あるいは、同級生と遊びに出かけたお兄ちゃんに小さい弟がついてきてしまったら、遊びのルールをどう変更すれば誰もが納得できて楽しめるのかと考えなければならない。その場のあらゆる状況を踏まえて仮説を立てる情報編集力が問われるわけです。
学校や塾の教育では情報処理力は高められても、情報編集力はなかなか鍛えられるものではありません。情報処理力ばかりを高めた子どもが、結果的に受験や就活をうまく勝ち抜いて東大に入ったり官僚になれたりしたとしましょう。でも、情報編集力が育っていないままなら、そこで「終わり」ということにもなりかねません。
なぜなら、それはつま先立ってなんとか東大に入ったり官僚になれたりしたというだけで、その後の伸びしろというものがまったくない状態だからです。そういう子どもは、情報処理力偏重教育の犠牲者ともいえます。「人生100年時代」なんていわれる時代に、大学に入学したり就職したりした途端に伸びが止まってしまったら、残りの人生をどう生きていけばいいというのでしょうか?
子どもを犠牲者にしないためには、人生の後半に向けてぐっと伸びていける情報編集力を身につけさせてあげるべきでしょう。そのためにも、幼いときから子どもを受験戦争に放り込むのではなく、たっぷりと遊ばせてあげることも考えてほしいのです。
『僕たちは14歳までに何を学んだか 新時代の必須スキルの育み方』
藤原和博 著/SBクリエイティブ(2019)
■ 教育改革実践家・藤原和博先生 インタビュー一覧
第1回:10年後に必要となる力――正解がない問題に多くの仮説を立てる「情報編集力」
第2回:過剰な受験勉強よりも大切な、「10歳までに思い切り遊ぶ」という経験
第3回:我が子はGoogleやAmazonの面接に通用する? 子どもを伸ばす親の「問いかけ」
第4回:判断能力が失われていく……「正解主義」に子どもを向かわせるスマホの危険性
【プロフィール】
藤原和博(ふじはら・かずひろ)
1955年11月27日生まれ、東京都出身。教育改革実践家。1978年、東京大学経済学部卒業後、日本リクルートセンター(現リクルート)に入社。東京営業統括部長、新規事業担当部長などを歴任し、メディアファクトリーを立ち上げる。1993年からヨーロッパに駐在し、1996年から同社フェロー。2003年から杉並区立和田中学校校長に就任し、都内では義務教育史上初の民間校長となる。「私立を超えた公立校」を標榜して「45分週32コマ授業」を実践。「地域本部」という保護者と地域ボランティアによる学校支援組織を立ち上げた他、英検協会と提携した「英語アドベンチャーコース」や進学塾と連携した夜間塾「夜スペ」などの取り組みが話題となる。2008年3月に同校校長を退職すると、当時の橋下徹大阪府知事から教育分野の特別顧問を委託され、大阪の小学校から高校までの公立校の活性化と学力アップに注力。その後、2016年から2018年3月まで奈良市立一条高校校長を務める。主な著書に『10年後、君に仕事はあるのか? 未来を生きるための「雇われる力」』(ダイヤモンド社)、『たった一度の人生を変える勉強をしよう』(朝日新聞出版)、『「ビミョーな未来」をどう生きるか』(筑摩書房)、『藤原先生の心に響く授業 キミが勉強する理由』(朝日新聞出版)、『父親になるということ』(日本経済新聞出版社)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。