教育を考える 2019.10.15

10年後に必要となる力――正解がない問題に多くの仮説を立てる「情報編集力」

10年後に必要となる力――正解がない問題に多くの仮説を立てる「情報編集力」

2020年の小学校を皮切りに、2021年に中学校、2022年に高校と、順次、新学習指導要領が実施されていきます。また、英語教育や大学入試も変わることをほとんどのみなさんが知っているでしょう。「戦後最大」とも呼ばれる教育改革によってどんなことが起きるのでしょうか。「都内義務教育初の民間校長」として注目を集めた教育改革実践家・藤原和博先生は、「より『情報編集力』が問われる時代になる」と語ります。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子(インタビューカットのみ)

アメリカという「正解」があった時代の正解主義教育

これまでの日本の教育は、記憶力に頼って正解を覚える「正解主義」に基づいたものでした。子どもたちは「1+2=3」という手続きの仕方を覚え、コロンブスがアメリカ大陸を発見した年号を覚える。「コロンブスがアメリカ大陸を発見したのは西暦何年でしょうか?」と問われた場合、その場でどんなに考えても正解にたどり着くことはできません。ただひとつの正解があるという前提の問題をいかに速く解答できるかという教育を、日本では戦後数十年間にわたって行なってきたのです。

その教育は、はじまって40、50年間ほどは有効でした。なぜなら、戦後間もない日本にはアメリカというモデル、いわば「正解」があったからです。決まった正解があるのですから、正解に速くたどり着ける人材がもっとも重用されます。そういう人材が備えておくべき力は「情報処理力」。いわゆる基礎学力です。日本は、正解主義の教育によって情報処理力が高い人材を生み出し、産業界に供給することで発展してきました。

有名なトヨタの「かんばん方式」がうまくいったのも、そういう情報処理力が高いホワイトカラーとブルーカラーが大量に供給されたからでしょう。ところが、その産業構造が行き詰まりはじめていたことは1980年代には見えていました。本来なら、その時点で次の時代を見越して投資をし、新たな教育モデルやビジネスモデルを築かなければならなかったのですが、日本では誰もそうすることができなかった。なぜなら、政治家や官僚、ビジネス界のトップに立つ人間になるのは、それこそ情報処理力の王様みたいな人たちばかりだったからです。

そういう失敗に対する反省はビジネス界にも教育界にも、もちろん文科省にもあります。それが、今回の教育改革につながっているのです。

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正解がない問題に対して多くの仮説を立てる力

では、これからの時代にはどんな力が求められるのでしょうか。簡単にいえば、これまでの情報処理力ではなく、わたしがいう「情報編集力」です。成熟社会となった日本における問題は多様化、複雑化し、変化が激しい時代になっています。そこで立ち上がる問題には決まった正解などありません。そういうなかで問われるのは、たくさんの仮説を立てる力でしょう。それも自分が納得し、かつかかわる他者も納得させられる仮説を立てる力です。

その力こそ情報編集力。仮説を立てる際には、自分が持つ知識や経験技術のすべてを組み合わせていかなければなりません。さらには、自分だけではなく他者が持つ知恵や技術も引き寄せてうまく利用する必要がある。これは、まさに「編集力」と呼ぶべき力です。

新学習指導要領においては情報編集力という言葉は使われていませんが、新しい公教育が育てようとしている力も情報編集力といっていいでしょう。今後は、情報処理力偏重の教育から、情報編集力育成を重視する教育にシフトしていくのです。

そのことは、まず新たな大学入試に表れています。これまでの大学入試センター試験に代わり、2021年1月からはじまるのが「大学入学共通テスト」。大学入試センター試験の前身である大学共通第1次学力試験(共通一次試験)も含め、国公立大学入学志願者を対象としたこれまでの共通試験はマークシート方式で行われていました。まさに、ただひとつの正解にいかに速く正確にたどり着けるかという情報処理力が問われていたわけです。

ところが、新しい大学入学共通テストの内容は大きく変わります。たとえば、国語の試験には複数の作文問題が出題されますし、数学にも記述式の問題が出されます。また、大学入試の二次試験においては、面接やグループディスカッションが重視されるようになります。二次試験における作文問題の内容も、たとえばこれまでにどんな社会貢献活動をしてきたのかといったものが問われることもあるはずです。

そういう意味では、より実体をもって実社会で通用する力が重視されるようになるといっていいでしょう。

過渡期にある家庭教育では「片足だけシフト」を心がける

また、教育改革の結果として、おそらく地方の国公立大学を中心として、面接や小論文によって入学の可否を判断するAO入試を採用する大学の割合が大きく増えるのではないかと見ています。AO入試は慶應義塾大のSFC(湘南藤沢キャンパス)が行なっていることで有名ですね。世界に目を向ければ、ハーバード大やオックスフォード大では100年以上もそういうスタイルの入試を続けています

しかし、日本の大学入試において情報編集力が問われるように完全にシフトするには10年くらいの時間は必要だとわたしは考えています。というのも、先ほどの政治家や官僚ではありませんが、大学の教授陣もたいがいは情報処理力の王様みたいな人たちだからです。そういう人間が入学志願者の情報編集力をどれだけ見極められるのか……。そう考えると、これからの時代には情報編集力が重要になってくることは間違いありませんが、大学入試において情報編集力が本当に重視されるようになるには少し時間が必要なはずです。

そこで、子どもを持つ親たちは、これからの家庭教育においては「片足だけシフトする」ことを考えてみてはどうでしょうか。「これからは情報編集力の時代だ!」と、これまでの情報処理力を伸ばす教育をないがしろにして、情報編集力の教育に両足をどっぷりと突っ込むのではなく、情報処理力と情報編集力の両方をバランス良く伸ばすことが大切なのだと思います。

僕たちは14歳までに何を学んだか 新時代の必須スキルの育み方
藤原和博 著/SBクリエイティブ(2019)

■ 教育改革実践家・藤原和博先生 インタビュー一覧
第1回:10年後に必要となる力――正解がない問題に多くの仮説を立てる「情報編集力」
第2回:過剰な受験勉強よりも大切な、「10歳までに思い切り遊ぶ」という経験
第3回:我が子はGoogleやAmazonの面接に通用する? 子どもを伸ばす親の「問いかけ」
第4回:判断能力が失われていく……「正解主義」に子どもを向かわせるスマホの危険性

【プロフィール】
藤原和博(ふじはら・かずひろ)
1955年11月27日生まれ、東京都出身。教育改革実践家。1978年、東京大学経済学部卒業後、日本リクルートセンター(現リクルート)に入社。東京営業統括部長、新規事業担当部長などを歴任し、メディアファクトリーを立ち上げる。1993年からヨーロッパに駐在し、1996年から同社フェロー。2003年から杉並区立和田中学校校長に就任し、都内では義務教育史上初の民間校長となる。「私立を超えた公立校」を標榜して「45分週32コマ授業」を実践。「地域本部」という保護者と地域ボランティアによる学校支援組織を立ち上げた他、英検協会と提携した「英語アドベンチャーコース」や進学塾と連携した夜間塾「夜スペ」などの取り組みが話題となる。2008年3月に同校校長を退職すると、当時の橋下徹大阪府知事から教育分野の特別顧問を委託され、大阪の小学校から高校までの公立校の活性化と学力アップに注力。その後、2016年から2018年3月まで奈良市立一条高校校長を務める。主な著書に『10年後、君に仕事はあるのか? 未来を生きるための「雇われる力」』(ダイヤモンド社)、『たった一度の人生を変える勉強をしよう』(朝日新聞出版)、『「ビミョーな未来」をどう生きるか』(筑摩書房)、『藤原先生の心に響く授業 キミが勉強する理由』(朝日新聞出版)、『父親になるということ』(日本経済新聞出版社)がある。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。