「危ないから気をつけなさいって言ったでしょう」
「(泣きながら)だって……」
「言い訳しないの! ほら、ごめんなさいは?」
よくある光景ですよね。お母さんやお父さんに怒られて、「だって」と口にする子ども。みなさんは、この子どものことを「きちんと謝ることができない子だ」と思いますか?
じつは、子どもの発言は間違っていません。そして、子どもが素直に謝れなかった理由は、このなにげない会話のなかに隠されています。どうやら、素直に「ごめんなさい」が言えない子どもは、「お父さん(お母さん)は私のことを信じてくれていない」という親に対する不信感をもっているようなのです。
今回は、わが子が「ごめんなさい」と心から言えるように、親がとるべき対応について考えてみましょう。
「イヤイヤ期」は子どもが健全に発達している証拠
「子どもはいつから謝ることができるのか」を知るためには、まず、子どもの心理面での発達を把握する必要があります。有名な心理学者エリクソンの「発達段階説」を参考に、子どもの心の変化を押さえておきましょう。
【乳児期】0歳~1歳半頃
人間への基本的信頼感を築く時期。お腹が空いた、オムツが気持ち悪い、寂しいなどの感情を親がしっかり受け止めて、その不快や不安を取り除いてあげることで、人に対する基本的信頼感が育まれます。
【幼児前期】1歳半~3歳頃
意志が芽生え、自分で行動したがる時期。「イヤイヤ期」と呼ばれる子どもの困った行動も、じつは健全な発達段階の一部なのです。そしてこの頃、親によるしつけも始まります。また「恥ずかしい」という気持ちをもち始める時期です。
【遊戯期】3歳~5歳頃
自分でできることが増える、成長著しい時期。想像力と創造性を発揮する自由な遊びを通して、自発性や積極性を身につけていきます。善悪の判断、安全・危険の判断、社会のルールなどを覚えていく時期です。
【学童期】5歳~12歳頃
幼稚園や小学校生活のなかで、勤勉性や協調性を学ぶ時期。自分と他人を比較して劣等感を抱き始めるときでもあります。頑張って苦労を乗り越える経験をすれば、「自分はやれば出来るんだ」という自己効力感が向上するでしょう。
次に、この発達段階に「謝る」という行動を照らし合わせてみます。
子どもは何歳から「ごめんなさい」を理解できるの?
発達段階を知ると、子どもに「ごめんなさい」を教えるべき適齢期が見えてきます。
【乳児期~幼児前期】0歳~3歳頃
3歳くらいまでは、自我を育み、自己主張できるようになることのほうが大事な時期。「仲間に入りたい」といった積極的な行動も見られます。しかし、感情のコントロールが難しくお友だちとケンカすることも多いので、まだ “謝罪適齢期” ではありません。とはいえ、この時期に「他者を傷つけてはいけない」などのしつけは始めましょう。
【遊戯期】3歳~5歳頃
東京大学大学院教授の教育心理学者・遠藤利彦氏によると、いろいろな経験を経て、社会性が身についてくるのは4歳頃からなのだそう。社会にはルールがあることを理解し、周りの人たちと仲良くしたいと思うようになるので、この頃から「謝る」ことができるように。 “謝罪適齢期初期” と言えるでしょう。
【学童期】5歳~12歳頃
「謝罪には『誠実な謝罪』と『道具的謝罪』がある」と言うのは、京都大学こころの未来研究センター研究員である田村綾菜氏。前者は「心から謝ること」で、後者は気持ちとは関係なく「円滑な関係を保つためや、場を納めるための謝罪」とのこと。6歳以前は後者の傾向が強いそうですが、協調性が身につき、罪悪感の感情をもち始める6歳頃からは、心から謝ることができるように。
その後は成長とともに、人間関係も複雑になっていくため、「誠実な謝罪」と「道具的謝罪」を使い分けながら、コミュニケーション力を高めていくことになります。
このように、子どもが「ごめんなさい」と言えるようになるのは4歳頃から、心から謝ることができるようになるのは6歳頃からなのですね。当然、発育には個人差があるので、個々の発達ペースに合わせて、「謝る」という行為を促していく必要があると言えるでしょう。
すぐに謝らせようとする親が招く深刻な問題
日本社会では、礼儀やルールを守ることをとても大切にしています。その影響で、しつけのベースには「人に迷惑をかけないこと」という意識が強く根づいているのです。そのため、「ほら、ごめんなさいは?」と言ってしまう親御さんが多いのかもしれません。
たとえば、「おもちゃの取り合い」で子どもがお友だちを強く押してしまいました。お友だちが泣き始めたあたりで、親は状況に気づきます。
親「〇〇ちゃん泣いてるじゃない。どうしてそんな乱暴するの。謝りなさい!」
子「でもね……」
親「言い訳しないの。ほら、早く謝りなさい」
子「ごめんなさい……」
この会話を、どう思いますか? 親は、子どもふたりのあいだで何が起こったのか、最初から見ていませんでした。泣いている原因は小競り合いですが、小競り合いになった原因は知りません。それなのに、問題の一部だけを見て、子どもに謝罪を求めているのです。
大人に置き換えて考えてみましょう。会社で上司に呼ばれ、「あなたの対応が悪いと取引先からクレームが来ている」と叱責されたとします。そして、何があったかなどの事情も聞かれずに、ただひたすら責められ続ける――あなたならどうしますか? 「ちょっと待ってください! 事情を説明させてください」と言いますよね。それと同じです。子どもにも言い分はあります。ですから、子どもが「でもね……」と言うのは、とても正当なことなのです。
小田原短期大学保育学科准教授で教育心理学を研究している風間みどり氏は、日本のしつけは「気持ち主義」だと述べています。しかし、ここでの気持ちは「他者の気持ち」であり、「子ども本人の気持ち」ではありません。親が「お友だちの気持ち」を優先するほど、子どもは言い訳すらできない状況に追いやられてしまうのです。
さらに、臨床心理士の福田由紀子氏は、「『ごめんなさい』を言いすぎる子」に警鐘を鳴らしています。「とりあえず謝る」クセがついてしまうと、「自分は悪くない」と思っていても謝ります。そうやって自分の気持ちを押し殺し続けると、人の顔色ばかり伺うようになり、自己肯定感もどんどん下がってしまうでしょう。
頭ごなしに子どもを怒ることのデメリットを改めて認識する必要がありそうです。
親に話を聞いてもらった子は、心から謝ることができる
子どもには、心から「ごめんなさい」を言えるような人間になってほしい……親であればそう思うもの。そのためには「子どもの話をきちんと聞くこと」が一番大切なのだそう。子どもの気持ちをしっかりと受け止めたうえで、冷静に状況判断し、何が悪くて謝る必要があるのかを、子どもに説明します。前出の福田氏は、その際に「責任」について教えるべきだと言います。
自分が100パーセント悪いとか、相手が全部悪いといったことは、あまり起こりません。「自分にも悪いところはあったけれど、自分だけが悪いわけではない」ということがほとんどではないでしょうか。
自分の非を認めることは、勇気も要りますし、大切なことでもありますが、だからといって30しかない責任を100負う必要はないのです。交通事故の過失割合のように、自分の責任はどこにあり、どの程度のものなのかということを、判断する習慣をつけましょう。そして、子どもにも考えさせましょう。
(引用元:All About|謝り癖がある子供の心理「ごめんなさい」を言い過ぎる子への対応法)
「自分だけが悪いわけではないことを親がわかってくれた」というだけで、子どもの心は軽くなります。そのうえで「自分もちょっとは悪かったな」と考えることができれば、相手に素直に謝ることができるでしょう。
「0か100か」と白黒つけるのではなく、そのときの状況次第で、「どのくらい悪かったかな?」と考えられるようになってほしいものですね。きっとコミュニケーション能力も向上するはず。何より、「親は自分をわかってくれているという安心感」は子どもの自己肯定感を高めます。そして自己肯定感の高い子どもは、自分を信頼しているので、「自分が悪いと思ったら謝る」ことができるようになるでしょう。
子どもが「ごめんね」と言えるようになる会話例
最後に、具体的なシチュエーションでの対応例をご紹介しますので、参考にしてみてください。
会話例1:おもちゃの取り合いが原因でお友だちを叩いてしまった!
【NG】
親「どうしてそんな乱暴するの。謝りなさい!」
子「だって……」
親「言い訳しないの! 〇〇ちゃんに早く謝りなさい!」
【OK】
親「どうしたの? 〇〇ちゃんはなぜ泣いてるの?」
子「だって、私のおもちゃを取ろうとしたから……」
親「そうなんだね。気持ちはわかるなあ。でも叩いたら〇〇ちゃんは痛いよね」
会話例2:子どもがコップを落として割ってしまった!
【NG】
親「危ないから気をつけなさいって言ったでしょう!」
子「(泣きながら)だって……」
親「言われたことを守れない子はもう知らない! 罰として、おやつは抜きよ」
【OK】
親「大変! 怪我しなかった? 割れちゃったね。悲しいね」
子「(泣き出してしまう)」
親「びっくりしたよね。なぜお母さんが気をつけてねって言ったのかわかったかな。次は気をつけて飲もうね」
会話例3:「ジュースをこぼしたのは妹」子どもがウソをついた!
【NG】
親「なんでウソをつくの!? 本当はあなたがこぼしたんでしょ!」
子「違うよ! 妹がこぼしたの……ウソじゃないもん」
親「なぜあなたはいつもウソばかりつくの。もう知りません!」
【OK】
親「こぼしたのは妹なのね。だったら妹を注意しなきゃいけないわ」
子「……」
親「もしジュースをこぼしたのがあなたなら、正直に言ってほしいな。失敗したことは仕方ないよ。次から気をつければいいんだから。でも、ウソをつくのはよくないな。自分のせいにされた妹はどんな気持ちだと思う?」
子「イヤな気持ちだと思う……ごめんなさい……」
親「本当のことを言ってくれてありがとう。じゃあ、妹に何て謝ろうか?」
教育評論家の親野智可等氏は、イソップ寓話の「北風と太陽」のような対応が効果的だと語っています。つまり、頭ごなしに謝らせようとするのではなく、まず共感を示し、子ども自ら心を開く環境をつくることが大事だということ。どんな場面に遭遇しても、子どもの気持ちに寄り添う心構えを、常にもっていたいものですね。
***
子どもが素直に「ごめんなさい」を言えるようになるために重要なことはふたつ。「発達段階に合わせた対応」と「子どもの言い分を聞いて、一緒に責任について考えること」であることがわかりました。
大人でもうまく謝れないことはありますよね。まして、感情コントロールがまだうまくできない子どもにとって、なかなか素直になれないことはあるはずです。そんなときは、「ごめんなさい」と言わせることだけに執着せず、丁寧に子どもの気持ちを引き出してあげましょう。そしてときには親も一緒に謝るなどして、子どもが「謝ったらスッキリした!」という体験を重ねられるといいですね。
(参考)
武蔵浦和 メンタルクリニック|ライフサイクルについて
ベネッセ教育情報サイト|素直に謝らない子[教えて!親野先生]
AllAbout|謝り癖がある子供の心理「ごめんなさ」を言い過ぎる子への対応法
AllAbout|謝らない子供……「ごめんなさい」が言えない子どもの処方箋
NHK for School|知りたい!心の育ち
CODER 公益財団法人 発達科学研究教育センター|児童の日常場面における謝罪―小学校低学年を対象としたインタビュー調査から―
あんふぁんWeb|ケンカが激しく、ウソをつくわが子への対応
東京女子大学 学術情報リポジトリ|「見守る」しつけ方略と子どもの他者理解