あたまを使う/サイエンス 2018.5.5

【米村でんじろう先生インタビュー 第1回】理科・科学にある「まっとう力」

【米村でんじろう先生インタビュー 第1回】理科・科学にある「まっとう力」

「子どもに理科を学ばせることは大切」とはよく耳にすることですが、いったいなぜ大切なのでしょうか? そもそも「理科ってどのように役に立つのか」と言われれば、はっきりとした理由がわからない人も多いと思います。

そこで今回は、サイエンスプロデューサーとして数々の科学実験を企画・開発し、サイエンスショーやワークショップで子どもたちに科学の面白さを伝えている、米村でんじろう先生に、子どもが理科を学ぶ意味とその効果についてお聞きしました。

取材・文/辻本圭介 写真/石塚雅人

理科・科学は、人類が何千年もかけてつくった、世界を合理的に捉えるためのフレームワーク

なぜ子どもは理科を学ぶことが大切なのでしょうか?

そんな疑問に対して米村先生は、多感な時期に理科に興味を持って学ぶことは、子どもが将来を生きていくうえで必要となる「合理的な見方・考え方」を養っていくためのベースになると考えます。

「理科は人類が数千年もかけてつくり上げた、この世界のものごとを理解する基本的なフレームワークです。たとえば、わたしたちが日常的に接している天気予報。それこそむかしは、『ツバメが低く飛んだら雨が降る』というように、生活のなかの体験によって判断していたわけですが、科学技術が発達することでたくさんの観測地点をつくり、データを分析して予測できるようになりました。そしていまでは、気象衛星ひまわりで宇宙から正確な画像が瞬時に送られてきます。つまり、科学が発達するとより合理的に自然界や世界の仕組みを知ることができ、人類の生活の向上に役立たせることができるわけです」

いまわたしたちの身のまわりでは、公共のインフラストラクチャーをはじめ科学技術を駆使した発明があらゆるかたちで存在しています。その意味では、合理的な見方・考え方を元にした科学的な思考は、現代に生きるわたしたちの生活や社会を根底から支えているものと言えるかもしれません。

「天気を正確に予測できると、人間の活動全般に役立つのはもちろん、これまで天気とは無関係に考えられていた生態系との関連性なども次第にわかってきます。すると、その研究結果をベースにして、環境や動植物の保護にも役立たせることができますよね。そんな合理的な見方・考え方の原型を子どものうちに理科を通じて体験的に学ぶことは、子どもの成長のためにとても大切なことだと思っています。いまの子どもたちは成長・発達スピードが早いので、小学校1~2年生ごろから少しずつ合理的な見方・考え方ができるようになっていきます。そうした時期に、科学的な見方・考え方に触れるだけでも、力強い発達のベースになっていくはずです」

むかしは非合理的な迷信を信じていても、社会はうまくまわっていた?

合理的な見方・考え方が身につくと、自分が興味を持つことだけでなく、身のまわりのさまざまな問題にも幅広く応用していくことができます。もしも、子どものころに実体験を通して科学的な見方・考え方に触れないでいると、発達にどのような影響があるのでしょう。

「むしろ大人にも多い話なのですが、いつまでたっても占いや迷信を信じてしまうメンタリティーを持つこともあります。遊びならいいのですが、本気で信じ過ぎてしまったり、のめり込んだりする場合もありますよね。僕は昭和30年代の田舎育ちなので、周囲の大人たちは迷信をたくさん信じていました。それこそ、『丙午の女は男を食う』と本気で信じられていて、実際に1966年は出生率も格段に低いのです。つまり、ただの迷信が実際に人間の行動を動かしていた。もちろん、むかしの人は迷信と日常生活が混在した世界観のなかで生きていたので、それはそれで安定した社会でした。でもそれはむかしの話であり、現代においてさまざまなものごとを理解し、問題を解決していくためには都合が悪いですよね」

理科を通して合理的な見方・考え方を体験すれば「非合理であやしいこと」を信じなくなる

いまの子どもたちは、小さいころから最新の科学技術に触れる機会が増え、たとえば親によっては、子どものうちからスマホやタブレットを持たせることに抵抗感を感じる人がいる一方で、上手に使えば子どもの可能性を大きく広げることもできると肯定的に捉える人もいます。また、そうした最新のデバイスに触れることで、非合理的な考え方や迷信などには免疫ができるようにも思えます。しかし、米村先生は一概にそうとは言えないと語ります。

「スマホやタブレットに触れているから科学的かと言えば、まったくそうではありません。一見科学的なものに取り囲まれていますが、ネットのなかにはむかしと変わらず魑魅魍魎とした話や情報が渦巻いていて、頭のなかで非科学的な発想をしている子どもはたくさんいます。だからこそ、頭の柔らかい時期にものごとの捉え方のひとつとして、合理的な見方・考え方に触れておくことが大切なのです。摩訶不思議なものが目の前に現れたときに、普通なら『これは絶対あやしい!』と感じるところを、合理的な見方・考え方が身についていないと、あやしいがゆえに『驚くべき真理』と思い込むこともあるかもしれません。実際に、大学院まで行って科学を学んだにもかかわらず、怪しいものに引っかかる大人はたくさんいるじゃないですか。おそらくは知識を学んだだけで、子どものころに実感として身についた理科の体験がないのでしょう」

そして、こうも米村先生は続けます。合理的な見方・考え方が身につくと、人生をより良く「まっとう」に生きることができる。しかもそれは、合理的な見方・考え方に「触れるだけでもいい」のだと。

「まだ子どもなので、難しいことは理解できなくていいんです。多感な時期に、『こんな合理的な考え方があるんだ』と体験しておくだけでも、その子が生きていくうえではきっと役に立ちます。たとえ思わぬ落とし穴が現れても、理科の体験を通して身につけた本能で危険を感じ取り、簡単には落ちにくくなると思いますね」

子どもは1年で目覚ましく変化する。大事なのは、大人が「原体験」としての理科・科学体験をつくること

ただ、現代はむかしとは生活圏が変わってしまい、理科の体験をする機会や場所が少なくなっているのも事実。忙しい毎日のなかで大がかりなことはできそうにないし、インターネットで調べても、自然体験ができるのは家から遠く離れた場所だったりします。

「僕が子どものころは、『危ない』と言われても勝手に川へ行って遊んだものですが、いまは川も汚れているし、近所の川で水遊びなんてできませんよね。他にも、火を燃やしたり、石を投げっこしたりもしましたが、いまではそんな危ない遊びはほとんど禁止されています。だからこそ、安全をしっかり確保したうえで、親が意識して体験させてあげることが大切なのです。難しく考える必要はありません。日常の遊びの延長としての小さな体験でも、ゆくゆく科目としての理科を学ぶときに必ず活きてきます。なぜなら、実感をともなって学ぶと、根本の理解度がまったく変わるからです。小学生のころに子どもは大きく変化を遂げます。1年間でもかなり変わるし、たった1日の出来事が、成育に大きな影響を与える可能性もあるでしょう。そう考えると、小学生のころに心や脳にいい影響を与える理科・科学体験をさせてあげることは、とても価値がある教育になると思いますね」

■ サイエンスプロデューサー・米村でんじろう先生 インタビュー一覧
第1回:理科・科学にある「まっとう力」
第2回:子どもの自主性がどんどん高まる! 理科実験で身につくチャレンジ精神
第3回:子どもの目がキラキラ輝く! おうちでできる理科・科学の実験
第4回:人生の可能性を広げ賢く生き抜く武器となる「理科・科学の真髄」

【プロフィール】
米村でんじろう(よねむら・でんじろう)
1955年生まれ、千葉県出身。東京学芸大学大学院理科教育専攻科修了後、自由学園講師、都立高校教諭を勤めた後に、広く科学の楽しさを伝える仕事を目指して1996年に独立。NHK『オレは日本のガリレオだ!?』に出演し話題を呼ぶ。1998年、「米村でんじろうサイエンスプロダクション」を設立。現在、サイエンスプロデューサーとして科学実験等の企画・開発、全国各地でのサイエンスショー・実験教室・研修会などの企画・監修・出演、また各種テレビ番組・雑誌の企画・監修・出演など、さまざまな分野、媒体で幅広く活躍し、科学の面白さを子どもたちに伝えている。

【ライタープロフィール】
辻本圭介(つじもと・けいすけ)
1975年生まれ、京都市出身。明治学院大学法学部卒業後、主に文学をテーマにライター活動を開始。2003年に編集者に転じ、芸能・カルチャーを中心とした雜誌・ムックの編集に携わる。以後、企業の広報・PR媒体およびIR媒体の企画・編集を中心に、月刊『iPhone Magazine』編集長を経験するなど幅広く活動。現在は、ブックライターとしてもヒット作を手がけている。