ハリー・ポッター、ピーター・ラビット、そしてグラファロ(前の記事でご紹介した『もりでいちばんつよいのは?』に登場する怪獣の名前です)に共通するものは何でしょうか。
答えは——どれもがイギリスで書かれた、英語圏で非常に愛される古典作品の中心的キャラクターで、女性の作者によって書かれた「男性」の主人公であること、です。
ハリー・ポッターも、ピーター・ラビットも! 物語は男性中心?
児童文学の世界は、私たちが漠然と思っているよりも、ずっと男性中心の世界です。物語の主人公になるのは女の子より男の子のほうが多く、登場する大人はキャリアウーマンよりキャリアを持っている男性のほうが圧倒的に多く、そして母親の登場率の方が父親の登場率より高いのです。
「ママと子ども」というように、母親は単独で子どもと一緒に登場することが多い一方、「パパ」はママと一緒に「両親」として登場することはあっても、父親単独で登場することはあまりないと指摘されています。子どもとの時間を大切にしているパパたちには不公平な話です。
性別が特定されていないキャラクターは男性だと判断されがち
さらに、性別が特定されていないキャラクターが登場した場合、読み手が勝手に男性だろうと判断する傾向があることも指摘されています。
たとえば、1999年に発表された The Gruffalo(『もりでいちばんつよいのは?』)の主人公である賢いネズミは、実は作品内では「The mouse」(ネズミ)としか表現されておらず、男性であるとわかるのは2004年の続編 Gruffalo’s Child の中でです。
にもかかわらず、発表当時から多くのレビューは、ネズミを男性の代名詞である “he”を使って表現しています。作品内では男性であるとも女性であるとも明かされていない段階で、すでに、当然のように男性だと考えられていたわけです。
今日は児童文学の中のジェンダーバランスについてお話ししたいと思います。
『かいけつゾロリ』や『ズッコケ三人組』も、主人公は男の子
私が絵本の主人公に男の子が多いということに気づいたのは、男の子の母親になってからでした。子どもの頃から大好きだった絵本を上の子どもに買い与えているうちに、ふと、物語の中心人物に女の子が少ないことに気づいたのです。
主人公が男の子であるだけでなく、しばしばそういった絵本の世界には女の子が全く登場せず、男の子たちだけでお話が進んで行くことにも。
これは自分が子どもの頃に愛した絵本——すなわち古い時代の本を選んでいるからに違いない、と本屋に向かった私は、そこで初めて新しい絵本でも事情はあまり変わっていないことに気づき、愕然としました。
絵本だけでなく、児童書も同じです。例えば、日本で人気の『かいけつゾロリ』や『ズッコケ三人組』。このように、男の子が主人公の作品が多いように思うのです。
男性の主人公や登場人物は、女性より5割も多い?
児童文学におけるジェンダーバランスについての研究は、1960年代から始まっています。男女比が悪いことは当初から指摘されており、その後も様々な研究が進められています。
もちろん、バランスを是正するための様々な試みもなされています。新しい児童文学の書き手の中には、意識的にジェンダーや人種のバランスをとった作品を書こうとしている人たちも多いことは言っておかなくてはなりません。
それでも、2017年に最もよく売れた児童書100冊を調べた英オブザーバー紙の調査は、男性主人公は女性主人公に比べ5割多く、悪役の男性は悪役の女性の8倍にのぼると報告しています。
台詞のある男性登場人物は台詞のある女性登場人物より5割も多く、ここ数年に発売されベストセラーになった作品群にも女性がいっさい登場しない絵本が数多くあることも、指摘されています。
意識しないと男女のバランスがいい児童書をそろえるのは難しい
児童文学に女性の登場が少ないことは、男の子の母親である私にとって、難しい問題を投げかけます。
これから成長し、大人になっていく我が家の子どもたちに、男の子しか世界にいるような物語だけを与えることが妥当であるとは、とても思えないからです。
男の子だけの世界、女の子だけの世界も、もちろん大切ですし、あって良いのですが、学校でも職場でも、女性と肩を並べて生きていく子どもたちが早期にふれる本に女性が全く出てこないのでは、やはりバランスが良いとは思えません。我が家には女の子がいませんから、余計に大切です。
成長していくにつれて、女性は彼らの友人になり、ライバルになり、同僚になり、上司や部下になるかもしれないのに、子ども向けの物語の中の女性は、口をきかないお飾りか、「ママ」のように自分の世話をしてくれる人がかなり多いのです。
自立した女の子が強く、たくましく生きるお話はどこにあるのか?
女の子にとっても、事態は同様に深刻です。ベストセラーになった『世界を変えた100人の女の子の物語』の作者がリリースした動画を見てみましょう。
児童書がいっぱいの本棚から、母親と娘が、以下の条件に当てはまる本を引き抜いていきます。
- 女性しか登場しない作品
- 男性しか登場しない作品
- 女性に台詞がない作品
- 女性がお姫様である作品
空っぽになった本棚をみて、女の子は声をかけます。
女の子にとっても、男の子にとっても、ステレオタイプにはまらない表現が求められています。本棚のすべての本が、全てにおいてバランスが良い必要はありません。けれど、何冊かはやはりバランスを取っておいてほしい。
しかし現段階では、書店でランダムに手に取った本だけでは、子どもの書架のジェンダーバランスは大きく崩れています。
どうやって子どもの本棚にバリエーションを確保するか。これは、図書館司書さんや先生、そして親にとっての課題なのではないかと私は考えています。次回はその対処法についてお話しします。
(参考)
Janice McCabe et al., “Gender in Twentieth-Century Children’s Books” in Gender and Society, 2011,vol.25., pp.197-226.
Donna Ferguson “Must monsters always be male? Huge gender bias revealed in children’s books”, in The Guardian., 21 Jan 2018, 2018年10月7日閲覧。