交通網の発達や便利な電動自転車の普及によって、人が徒歩で移動する機会が減っているようです。大人の場合は、時間を見つけてウォーキングに励む人もいるでしょう。しかし子どもたちは、自分から「よし、たくさん歩こう!」と意識することはありません。
日常的に歩く機会が減ることで、子どもたちにどのような影響があるのでしょうか。どうやら「運動不足になる」といったことだけではなさそうです。逆に、たくさん歩く子どもにはさまざまなメリットがあることもわかっています。今回は、子どもがたくさん歩くメリットと、子どもに「歩きたい!」と思わせるコツをお伝えします。
あまり歩かない子は「学習意欲が低下する」
親世代が子どもだった頃に比べて、遊ぶ場所も時間も格段に減ってしまった現代の子どもたち。1980年にNHKが調査したところ、小学5年生の1日の歩数は約2万3,000歩だったそうです。ところが2010年の調査では、約1万3,000歩という驚きの結果が出ました。なんと30年間で1万歩も減少してしまったのです。
日本体育大学教授・野井真吾氏と愛知学泉大学教授・塙佐敏氏が2016年に実施した調査(小学4~6年生対象)においては、男子の歩数増加(男子約1万6,000歩・女子約1万3,000歩)という結果が出ています。しかし、順天堂大学と花王株式会社の共同研究グループが2020年に発表した調査結果や、スポーツ庁が公開する「運動・スポーツの実施啓発リーフレット」を見てみると、2020年以降、また子どもたちの歩数が減り始めているようです。
歩かない子どもが増えた原因として、子どもを取り巻く環境や生活習慣の変化を指摘するのは、千葉敬愛短期大学学長の明石要一氏です。幼稚園や保育園の送迎は自転車や車が圧倒的に多く、就学後は低学年のうちから習い事に通う家庭が増えたことで、放課後に友だちと集まって遊ぶ機会が激減してしまったのです。
さらに、 “体を動かさない遊び” の選択肢が増えたことも大きな要因になっています。移動はいつも自転車か車、予定のない放課後や休日は自宅でゲーム……。これでは日常的に歩かなくなるのは当然です。
歩かなくなることで心配されるのは、体力の低下だけにとどまりません。静岡産業大学スポーツ科学部特別教授の小沢治夫氏は、あまり歩かない子は「体調が悪い」「寝つけない」「便秘になる」「やる気が出ない」「学校に行きたくない」などの問題を抱える割合が高くなることを指摘しています。また、そういった生活習慣の乱れは、学習意欲の低下にもつながるのだそうです。
では逆に、たくさん歩く習慣が身についている子は、どんなメリットを得ているのでしょうか。次に詳しく解説していきます。
子どもが歩くことで得られるメリット5つ
たくさん歩くと健康にいいのはもちろん、いくつものメリットがあります。とくに成長過程の子どもにとっては、たくさん歩く習慣が精神面や脳の発達にもよい影響をもたらすのだそう。
メリット1:生活習慣が整いやすく、毎日を活動的に過ごせる!
中京大学スポーツ科学部教授の中野貴博氏は「体力、生活習慣の獲得のためにも、幼児期には1日1万3,000歩程度の活動量を目標としてほしい」と述べており、特に「朝の時間帯に歩く」ことをすすめています。その理由は、午前中の活動量が増えると、一日中ハツラツと体を動かすことができるから。歩くことで脳が活性化され、園や学校に到着した時点で脳も体もスタンバイOKの状態になり、1日を通して思いきり活動できるというわけです。
このような生活習慣が身につけば、さらなる効果も期待できます。小学生40名の生活習慣と歩数について、動画メディアのママタスと株式会社アシックスが実証実験を実施し、発達脳科学者である成田奈緒子氏が分析したところ、平均歩数より多く歩いている子どもは、そうでない子に比べて「早寝早起き」「寝起きがよい」「食欲旺盛」「外遊びの頻度が高い」という結果が出ました。つまり、歩数を起点とした生活リズムの好循環が生まれていることがわかったのです。
メリット2:よく歩く子どもは「運動能力」が高い!
岐阜県内の幼稚園に通う3~6歳児152人を対象に実施した調査では、幼児の平日の歩行数は多い子で1万5,000歩ほど、少ない子で8,000歩ほどでした。そこで体力テストを行なった結果、平均1万3,000歩以上歩く幼児の体力偏差値が51.6なのに対し、1万3,000歩未満の幼児の体力偏差値は49.2と、よく歩く子どものほうが運動能力が高いことがわかったのです。
この結果からも、たくさん歩く習慣がある子ほど、体力や筋力、持久力が強化されて運動能力アップにつながっていると考えられるでしょう。文部科学省は、「できるだけ自分の足で歩くように促すなど、筋力や持久力の発達に対する適度な刺激を与えることが大切」とし、持久力や心肺機能を高めるためにも、日頃から歩いたり体を動かしたりする習慣づけを推奨しています。
メリット3:「集中力」「忍耐力」があり、「自己効力感」が高い
『てくてくわくわく歩育ブック』著者で武蔵丘短期大学教授の太田あや子氏は、「歩かない子は、体力が低下するだけでなく、頑張る気持ちもなくなってしまう」と実感しているそう。少し長い距離を一生懸命歩いて目的地にたどり着く達成感は、小さな子どもにとって大きな成功体験となります。その繰り返しが自己肯定感や忍耐力を育み、頑張る自分を認める「自己効力感」へとつながっていくのです。
また、「長い距離を歩ける子の脳は、忍耐力がついてくる」と話すのは、発達脳科学・MRI脳画像診断の専門家である加藤俊徳氏です。加藤氏によると、「長く歩けるというのは、それだけ長い時間、脳を使い続けることができるということ」なのだそう。集中力や忍耐力を育むのに「歩く」という行動が有効だとわかりますね。
メリット4:脳が活性化されるので「学力」が高くなる
太田氏は子どもが歩くことのメリットとして、歩く途中で木の実や葉っぱを集めたり、立ち止まって生き物や植物を観察したりできることを挙げています。虫の声や花の香り、土の感触など、身のまわりの自然に触れて五感が刺激されることで、脳が発達するのです。
さらに前出の加藤氏は著書のなかで、第二の心臓とも呼ばれるふくらはぎを動かすと全身に血液がめぐり、脳に十分な酸素が送り込まれると述べています。それによって脳が活性化されて集中しやすい状態になり、記憶力アップも期待できるそう。青森県のある小学校の調査では、「車で通学する頻度が高いほど、学力の低い児童が多い」という結果が出ており、毎日徒歩で通学している児童の方が、学力が2.6倍も高かったそうです。
メリット5:「ストレス耐性」がある。イライラしにくい
上記の調査で、ほかにもわかったことがあります。それは、車通学の「キレる」傾向がある子に、徒歩通学を推進したところ落ち着きが見られるようになったということ。適度な運動をしたり、太陽を浴びたりすることで分泌される脳内物質セロトニンは、「幸せホルモン」とも呼ばれています。このセロトニンが欠乏すると、イライラしやすくなったり無気力になったりと、心が不安定になります。このケースでは、徒歩通学に切り替えて毎日歩くようになったことで、イライラがおさまったと考えられるでしょう。
またPISA(国際学習到達度調査)上位の常連フィンランドでは、歩数をもとに「ストレスに対する抵抗力と活動量の関係性」に関する調査が行なわれています。それによると、歩数が多い子どもは、活動後に時間制限つきの計算をさせても、ストレスの濃度が「歩数が少ない子ども」に比べてずっと低かったそうです。『一流の頭脳』著者で精神科医のアンダース・ハンセン氏は、「よく歩く子ほど勉強を苦にしない傾向にあり、宿題をきちんと最後までやり通せる確率が高くなる」と、この結果を分析しています。
子どもがたくさん歩く! ちょっとしたコツ4つ
最後に、子どもがたくさん歩いてくれるコツを4つご紹介します。
子どもがたくさん歩くコツ1:歩きたくなる「楽しい声かけ」を(未就学児)
イヤイヤ期などで親の言うことを聞いてくれないときは、声かけにひと工夫を。モンテッソーリで子育て支援エンジェルハウス研究所所長の田中昌子氏によると、「二者択一で子ども自身に選ばせてあげること」が効果的だそう。ただし「どちらを選ばれても困らない」選択肢にすることが重要です。たとえば、手をつなぎたがらないときは、「手は一本指でつなぐ? グーでつなぐ?」と指を見せながら聞きましょう。
前出の加藤氏は、「抱っこをせがまれたら楽しく歩けるように誘導しよう」とアドバイス。「あそこの看板になにが書いてあるか見にいこう」「かわいいワンちゃんがいるね、近くまで行ってみようか」というように、子どもの興味をうまく向けさせるのも◎です。「もう少しだから歩きなさい!」などときつく叱ってはいけません。
子どもがたくさん歩くコツ2:子どもの「甘えたい気持ち」を受け止める(未就学児)
保育士として15年以上保育業務に携わる市川由美子氏によると、歩き始めてもすぐに「疲れた」「抱っこ」と言う子どもは、じつは親に甘えたいだけというケースもあるのだそう。その場合は、まずは甘えたい気持ちを受け止めることを優先しましょう。その場でぎゅっと抱きしめる、抱き上げてほんの数歩歩く、これだけでも子どもは案外満足してくれるものです。
また、日本キッズコーチング協会理事長の竹内エリカ氏は、子どもが歩かないときは「目的地をお母さん(お父さん)にすること」をすすめています。子どもの数歩先まで進み、両手を広げて「ここまでおいで」と言うと、大好きなお母さん(お父さん)を目指して歩いてくれるそう。園からの帰り道、子どもが「歩きたくない」と言ったときなど、試してみてくださいね。
子どもがたくさん歩くコツ3:サイズの合った靴を履かせる(未就学児~小学生)
もし子どもが歩きたがらないのだとしたら、その原因として、「靴が合っていない」ことが考えられます。NPO法人日本足育プロジェクト協会理事長の玉島麻理氏は、「子どもの足は骨が柔らかく成長途中。そのため、自分で『靴がきつい』という感覚がよくわからずに履き続けてしまう子もいる」と指摘します。
「すぐに小さくなるから大きめの靴を履かせてもいい」「この前新しい靴を買ってあげたばかりなのに、きつくなるわけがない」など、勘違いしている保護者も多いようですが、お子さんの足の健康のためにも、月に一度はサイズチェックする習慣を。またサンダルやブーツは、靴のなかで足が滑り、足の指が踏ん張れない状態になります。たくさん歩くときはスニーカーを履かせましょう。
子どもがたくさん歩くコツ4:生活のなかに「歩数を増やす工夫」を(未就学児~小学生)
富山福祉短期大学幼児教育学科教授・小川耕平氏は、毎日の生活のなかで歩数を増やすことをすすめています。買い物に出かけた際、車をできるだけ建物の入り口から遠い場所に停めたり、エスカレーターやエレベーターの利用をなるべく控えて、階段を利用したりしてみましょう。
また、幼稚園や保育園の「お迎え」を自転車ではなく徒歩にするのも効果的です。行きも帰りも徒歩となると、子どもにとっても親にとっても負担が増えてしまうかもしれませんが、「お迎えのみ」ならば、子どもも喜んで歩いてくれるかもしれませんよ。毎日ではなく「時間に余裕のある日のみ」などとすれば、親御さんも気がラクではありませんか?
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歩くことは体と心、そして脳にとってもいいことづくめ。「毎日忙しくて、歩くためだけに外に出るなんて無理」「うちの子は、家のなかで遊ぶほうが好き」「家のまわりの変わり映えのしない景色に飽きた」など、さまざまな理由があるかもしれませんが、親子のコミュニケーションを深めるためにも、ぜひ積極的に外に出てお子さんと一緒に歩いてみましょう。
(参考)
NIKKEI STYLE|子どもが歩かなくなっている?
日本文教出版Webサイト|30年間で子どもの歩数が1万歩減った
日経xwoman|朝の徒歩登園が、生活習慣やその後の学力にも好影響
PR TIMES|小学生の運動&生活習慣をママタスが調査/発達脳科学者・成田奈緒子先生が分析~毎日の歩数や生活リズムを親子で記録することで「子どもの笑顔」と「親子の会話」が増加~
文部科学省|第2章 幼児期における身体活動の課題と運動の意義
AERA dot.|歩かない子どもに危機感 子どもの脳の成長を促す「歩育」とは?
株式会社 脳の学校|第210号 『我慢強い脳』をつくる”歩く子育て”
トコちゃんベルトの青葉 公式サイト|徒歩通学は学力を上げる!?
武田信子(2021),『やりすぎ教育 商品化する子どもたち』,ポプラ新書.
プレジデントオンライン|最強のモーニングルーティンは「1日30分の朝散歩」である
東洋経済オンライン|子どもの学力と体力の知られざる深い関係
加藤俊徳(2017),『100歳まで脳は成長する 記憶力を鍛える方法』, PHP研究所.
SHINGA FARM|一生の足の基礎は6歳で決まる!幼児期の「足育」のすすめ
ベネッセ 教育情報サイト|甘えてくる子どもの心理とは?ケース別の理由と対処法
講談社 絵本通信|子育て相談 モンテッソーリで考えよう|第12回 危険なことや、他人に迷惑のかかることをやめさせるには?
mamagirl|心が動けば体も動く。歩かない子どもには興味を惹くものを探そう
J-STAGE|小学生の目標身体活動時間確保のための強度別歩数指標の試み
スポーツ庁|新型コロナウイルス感染対策 スポーツ・運動の留意点と、運動事例について
学校法人順天堂|歩数調査からみた、緊急事態宣言下の幼児の活動実態
コノコト|③子どもの活動量が足りない!【目指せ!アクティブチャイルド!!】
文部科学省|我が国における 子どもの体力向上の実践