五感をつかう/アート 2025.10.13

「ちゃんと描いて」はNG。プロが教える、子どもの表現力を伸ばす【年齢別】アート・造形遊び

井上真奈実
「ちゃんと描いて」はNG。プロが教える、子どもの表現力を伸ばす【年齢別】アート・造形遊び

「うちの子、何を描いているかさっぱりわからない……」「いつまでたってもぐちゃぐちゃで、ちゃんとした絵を描いてくれない……」

そんな風に思ったことはありませんか? でも、ちょっと待ってください。じつはその「ぐちゃぐちゃ」こそが、子どもの心と体が健やかに成長している証拠なんです。3歳の子が描く丸が今日は「りんご」で明日は「お母さん」になったり、5歳の子が空と地面のあいだに何も描かなかったり——これらすべてに、子どもなりの大切な理由があります。

この記事では、子どもの発達段階を生かした表現力を育てる方法について、経営者でもあり造形教室講師でもある井上真奈実氏監修のもとお伝えします。

監修者プロフィール

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井上真奈実

塾運営・造形教室講師

高校・大学で美術教育を学び、小学校で図工専科として子どもたちと関わってきました。現在は地元・沖縄で学習塾と家庭教師派遣センターを運営しながら、自ら家庭教師として、また小学生向け造形教室の講師としても活動しています。造形を通じて「自分で考えて、やってみる力」を育てたい。親として、教育者として、今の子どもたちに本当に必要なことは何か、日々考えながら子どもたちと向き合っています。

子どもは「見て描く」のではなく「心で描く」

まず知っておいてほしいのは、幼い子どもは物を見て描いているわけではないということ。これは1940年代にアメリカの美術教育学者ヴィクター・ローウェンフェルド氏(Viktor Lowenfeld)が行った有名な実験で証明されました。弱視の子どもたち(ほとんど見えない)と普通の視力の子どもたちに、同じように人物を描かせたところ、驚くべきことに両グループがほとんど同じ絵を描いたのです。

つまり、子どもの絵は「目で見たもの」ではなく「心の中にあるイメージ」を表現したもの。だからこそ「見た通りに描きなさい」「もっとちゃんと」と言うのは、この時期の子どもには無理な要求なのです。その自由で純粋な表現を、大人の価値観で評価してしまうと、子どもの正常な心と知能の発達をゆがめてしまう可能性があります。

しかし、子どもがどの段階にいるかを知ることで、適切なサポートができます。ヴィクター・ローウェンフェルド氏の理論を「芸術による教育の会」がより細分化した発達段階を参考にしながら段階ごとに見ていきましょう。年齢は目安程度に考えてくださいね。

自由描き

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1歳〜3歳:なぐり描きを思い切り楽しもう

🖍️擦画期(1歳〜2歳):
クレヨンや鉛筆を壁や紙にこすりつけて、自分の手の動きの痕跡が現れることに興味をもつ時期。
🖍️錯画期(1歳6ヶ月〜3歳):
点や線がしっかりしてきて、やがて曲線や円形も描けるように。

これが表現の第一歩! 一見「ただの汚れ」に見えるかもしれませんが、実は目と手の協調運動を育てる大切な時間。力いっぱい描く線からは、子どもの生命力と好奇心があふれています。絵が大好きになる子は、この時期に心ゆくまでなぐり描きを楽しんだ子たちです。いまは結果より過程を大切に、子どもの集中する姿や嬉しそうな表情を楽しみましょう。

環境づくりと活動アイディア

  • 場所:汚れてもいいスペースを確保。床にビニールシート、壁に大きな紙
  • 道具:太いクレヨン、指絵の具、スポンジなど握りやすく感触が楽しいもの
  • :A3以上の大きなサイズ。ロール紙なら思い切り使える
  • 立て描き:机よりも壁に貼って立って描く方が体全体を使える
  • おすすめ活動:「自由線描き」「野菜スタンプ」「指絵の具」

壁に模造紙を貼っての「自由線描き」は、この時期の定番です。机での小さな動きではなく、立った姿勢で肩から腕全体を使って思い切り線を引かせてあげましょう。

オクラやレンコンを使った「野菜スタンプ」も人気の活動。切り口にスタンプ台や薄めの絵の具をつけて押印すると、押す感覚と色がつく驚きの両方を味わえます。

慣れてきたら「指絵の具」にも挑戦を。最初は1色から始めて、手のひら全体で色の感触を楽しませてあげてください。

指絵の具画像

3歳〜4歳:自由な命名を楽しもう

🍎象徴期(3歳〜4歳)
線のかたまりや円形を指して「りんご」「お母さん」と名前をつけ始める時期。大人から見れば似ていなくても、子どもにとっては立派な表現。同じ丸を今日は「りんご」、明日は「お母さん」と呼ぶのも、この時期の自然な姿です。

描いた後に「これは○○」と命名し始めるのは、子どもの心のなかにイメージする力が育つ時期です。大人には理解できない自由な発想こそが、この時期の宝物。論理的な一貫性よりも、その瞬間の気持ちや印象で自由に名前をつける創造性を大切にしましょう。偶然できた形から物語を見つける力は、将来の豊かな想像力の基盤となります。

環境づくりと活動アイディア

  • 道具:クレヨン、水性ペン、軽量粘土など扱いやすいもの
  • :A4〜A3サイズ。前の時期より少し小さめでも集中できる
  • おすすめ活動:「目隠し発見お絵かき」「3色ペイント」「色粘土づくり」

目隠し発見お絵かき」は、この時期にぴったりの活動です。タオルで目隠しして30秒間自由に線を描き、外してから「何が見える?」と一緒に探します。偶然できた形から想像が膨らむ楽しさを味わえます。

3色だけのペイント」では、限られた色で自由に表現させ、色が重なって新しい色ができる発見も楽しみの一つ。

軽量粘土に水彩絵の具をもみ込む「色粘土づくり」は、揉むほどに色が変わる不思議さと、色が混ざり合う発見を味わえる活動です。粘土での立体での表現を楽しんだ後、「これは何かな?」と一緒に命名する時間を大切にしてください。

命名期

3歳〜5歳:知っているものをたくさん描こう

📖カタログ期(3歳〜5歳)
知っている形をいろいろ描けるようになりますが、描かれたもの同士にまったく関係がないのが特徴。画面に木を描いたかと思うと魚、次は太陽と、脈絡なく並べていきます。商品カタログのように並んでいることからこの名前がつきました。

記憶力や思考力が発達し、自分の知っていることや経験したことを次々と表現したくなる時期です。大小関係や位置関係にルールはなく、思いついたものを自由に並べる楽しさが中心。「正確さ」や「きちんと感」を求めるのではなく、たくさん描きたい気持ちを応援してあげましょう。言葉も豊富になる時期なので、描きながらお話をたくさんする子も多いです。

環境づくりと活動アイディア

  • 道具:細めのペン、色鉛筆、クレヨンなど描きやすいもの
  • :A4サイズでも十分。たくさん描けるよう予備も用意
  • おすすめ活動:「お話の絵」「家族の絵」

「動物をたくさん描いてみよう」「好きな食べ物を並べてみよう」など、テーマを決めて羅列を楽しみます。順序や大きさは気にせず、思いつくままに描かせてあげてください。

お話の絵」では、印象に残った場面や登場人物を自由に表現。また、「家族の絵」で、大小関係や位置は子どもの気持ちのまま描かせてみましょう。「お父さんが一番大きい」「お母さんが真ん中」など、心のなかの家族像が現れます。

お話の絵

5歳〜6歳:地面と空を意識し始める

🌳図式前期(5歳〜6歳)
「ベースライン」という地面の線が現れ、その上に家や木、人物が並ぶように。空間認識が生まれる時期で、地面と空の間は「空気」として何も描かない空間になります。これは手抜きではなく、この時期の子どもの空間認識そのものです。

自分を取り巻く世界との関係を意識し始め、「地面の上に立つ」「空は上にある」という空間概念を獲得する時期です。物の固有色(りんごは赤、葉っぱは緑)を使う傾向も出てきます。大人の視点から見ると不自然に見える表現も、子どもなりの論理に基づいた大切な発達過程。「空白部分」も意味のある表現。そこには確かに「空気」があり、子どもにとって完成された世界なのです。

環境づくりと活動アイディア

  • 道具:色鉛筆、細いペン、絵の具など表現の幅を広げるもの
  • おすすめ活動:「ベースライン遊び」「線の地図づくり」「影トレース」

ベースライン遊び」では、まず地面の線を描いてから家、木、花、人物など、子どもが思いつくものを自由に配置させてあげてください。

線の地図づくり」は空間認識を育てる活動。道(線)を描いて交差点に印をつけ、そこから「ここはお店」「ここは公園」と場所を発明していきます。

影トレース」は、懐中電灯で小物の影を映し、輪郭をなぞったあとに、なかを自由に表現。観察力と想像力の両方を刺激します。

7歳の絵

7歳以上:やっと「見て描く」ことに興味が芽生える

🖼️図式後期(7歳以上)
物と物の重なりや遠近が表現できるようになり、地平線や水平線が見られるように。この時期になってやっと立体的な表現が可能になり、「見て描く」ことに興味を持ち始めます。写実を教えるのはこの時期から。

これまでの「心で描く」段階から、「目で見たものを描く」ことに興味もち始める時期です。重なりや遠近、質感などに関心を示し、「もっと本物らしく描きたい」という気持ちが芽生えます。ようやく写実的な指導ができる時期になりましたが、無理強いは禁物。子どもの関心に合わせることが大切です。それまでの自由な表現も大切にしながら、新しい表現方法を提案していきましょう。

環境づくりと活動アイディア

  • 道具:鉛筆、消しゴム、色鉛筆、水彩絵の具など本格的な画材
  • 資料:観察用の実物、写真、図鑑など
  • おすすめ活動:「観察スケッチ」「重なりのある構図」「質感の表現」

観察スケッチ」では、好きな植物や小物をじっくり見て描く体験を。「どんな形?」「触ったらどんな感じ?」と一緒に観察しながら進めます。

重なりのある構図に挑戦するなら、積み木やコップなどを重ねて配置し、前後関係を意識した絵づくりを楽しみます。質感の表現では、ふわふわ、つるつる、ざらざらなどを線や色、塗り方で表現する面白さを体験させてあげてください。

7歳以降

大人の価値観で判断せず、アートを楽しむ子どもを見守ろう

どの段階でも共通して大切なのは、子どもの表現を大人の価値観で判断しないこと。「上手だね」「下手だね」などの評価や、「何を描いてるの?」(描く前や途中で聞く)、「もっと○○にして」などの指示は避けましょう

描いている間は基本的に静かに見守り、完成後に「どんな気持ちで描いた?」「お話聞かせて」と声をかけてください。アート活動に集中できる環境を整え、汚れてもいい場所を確保することも大切です。

もし、子どもが自分から描こうとしない場合も、無理強いは禁物。おしゃべりしながら大人が一緒に手を動かし、「これペタペタしてみる?」「こう切ったらどうなるかな?」と実験のように楽しむ姿を見せてあげましょう。本人は見ているだけでも、材料に触れる経験を積み重ねることで、表現の素地は育っていきます。子どもが興味を示したら、そっと主導権を渡してあげてください

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子どもの絵は「見たまま」ではなく「心の形」です。1歳の子の力強いなぐり描きも、3歳の子の自由な命名も、5歳の子の不思議な空間構成も、すべてその時期にしか現れない貴重な表現です。

大人にできることは、技術を教えることではありません。その子が安心して表現できる場所をつくり、心から受け入れること。子どもの表現への自信を育て、豊かな感性を表現できるように見守っていきましょう。

(参考)
岐阜大学|ヴィクター・ローウェンフェルドの美術教育研究
芸術による教育の会|子供の絵の発達段階 幼児は物を見て描いていない