B君「女の子が喜んでいる」
私「どうして女の子だと思ったの?」
B君「髪が長いからだよ」
私「他に女の子だと思えたことはある?」
B君(作品を見直してから)「ピンクのワンピースを着ているから」
私「なんで喜んでいるの?」
B君「楽しそうな格好をしているし、周りにピンクのお花があるから」
これは、Julia Wegenerというドイツのアーティストによる本作品について、私が子どもと行った対話です。はじめに子どもは結論めいた発言をしがちです。その後、私からこんな疑問を差し挟みました。
私「髪が長いから女の子だと決められるの?」
B君「髪が長かったり、ピンクのワンピースを着ていたりするから女の子だとは限らないかも」
B君「表情をよく見ると、笑ってはいないので、喜んでいるとも限らないね」
B君「髪が長いんじゃなくてかつらかもしれない、帽子かもしれない」
私「なんでかつらや帽子かもしれないと思ったの?」
B君「髪にしては、大きさや色、模様、形が変だから」
B君「人間ではなくて妖精かもしれない」
私「なんで妖精かもしれないと思ったの?」
B君「雲みたいな白い空間に浮いていて、ピンク色の光の粒を出しているから」
このように様々な見え方の可能性を考えながらも、色彩や丸みを帯びた形状などの全体の印象から、やっぱり女の子が喜んでいると結論づけました。
親子で実践! 7つの力を育む「対話型鑑賞」
「観察力」「推論する力」「他者を受容して理解する力」「再考する力」「表現力」、そして「自ら学ぶ力」と「コミュニケーション能力」。これらの7つの力を育ててくれるのが、アメリカ発の新しい美術鑑賞教育法「対話型鑑賞」です。
連載第1回目ではその効果を、第2回目では家庭での実際の進め方についてお話ししました。時には美術館で対話型鑑賞ワークショップが開かれることもありますが、地理的・時間的に制約のある方も多いでしょうし、プログラムの対象年齢に達していないお子さんもいるかと思います。
ですが対話型鑑賞は、美術館に足を運ばなくても、ご家庭で気軽に取り組めるもの。ちょっとしたコツをおさえれば、年齢問わず、幼児から小学生以上のお子さんまで親子で簡単に実践できます。自宅のリビングで、家族みんなでアート作品を味わう。対話を通して子どもの思考の特性を知り、親子の絆を深める。
日々の生活にそんな習慣を取り入れ、お子さんにとってアート鑑賞が身近なものに感じられるようになるといいですね。そこで第3回目となる今回は、対話のポイント、ご家庭で作品を鑑賞する時の場の設定、頻度や時間などについて、実践例と共にご紹介しましょう。
論理的思考・非認知スキルを伸ばす対話のポイント
冒頭の会話で私が行ったのは、子どもの発言を受け入れた上で、その理由を聞くことです。この問いかけにより、子どもは自分の思いや考えの根拠づけを行うという、論理的な思考を始めます。さらに他の理由を尋ねることによって、複数の根拠を立てるようになります。
同時に、作品を注意深く見直し、他の見え方の可能性を探り、再考することを学びます。最終的には自分自身の見え方を保持しつつ、他の可能性にも目を向けられるようになっていきます。対話を重ねるうちに、子ども自らが進んで発言の根拠を語り始めるようにもなります。
こうした鑑賞を通した対話の積み重ねによって、子どもの論理的思考力を引き出し、促していきましょう。論理的思考の芽生えを見守ってあげることが、子どもの非認知スキル、自立的に学ぶ力、メタ認知能力、コミュニケーション・スキルを培うことにつながっていきます。
ちなみにこの作品には、子どもには馴染みがないと思われる文字(ロシア語)も記されています。どんなことが書かれているのか子どもと一緒に想像してみるのも一興かと思います。
親子双方にメリットが! コツは子どもの視点をたどること
それでは、対話のポイントを踏まえて、実際に親子で対話型鑑賞に挑戦してみましょう。今回は、アーティスト金燦さんによる作品のカードを使います。この4枚を見てください。お子さんからどんな発言が得られるでしょうか?
鑑賞するとき、まず親御さんに心がけていただきたいのが、子どもに寄り添うこと。できる限り、子どもと同じ視点で作品を鑑賞することをお勧めします。子どもの視点の移動を一緒にたどることで、その子の関心の向け方や思考の動きを知ることができるからです。
お子さんの言葉を受け止め、理解を示してから、「なぜそう思ったの?」と問いかけてあげましょう。お子さんの最初の見方とその根拠、対話を通して見つけた様々な可能性、そして導き出した最終的な結論……。我が子の思考の過程を知ることは、その子自身をより深く理解することにつながります。
一方お子さんは、愛するご両親の庇護のもとで、作品の世界を自由に旅するような安心感を得るでしょう。心地良い空間の中で、自由な感性を最大限に発揮して、芸術鑑賞を楽しむことができるようになるのです。
作品の向きを変えると見え方が変わる!?
前回、メトロポリタン美術館やシカゴ美術館の無料オンラインサービスから、約45万点の所蔵作品が楽しめるとお話ししました。このようにネットから得られた作品は、プリントアウトして鑑賞することをお勧めします。
なぜなら、作品を指さして確認したり、作品の向きを変えたり、立ててみたりすることで、見え方が変わってくるからです。子ども達は、自発的に作品の方向を変えて見たり、作品の周囲を回って見たりして、様々な角度から作品を探究するようになるでしょう。
例えば、先ほどご紹介したアーティスト金燦さんによるカードを子ども達に渡して、鑑賞してもらいました。すると子ども達は、カードの向きを変えたり組み合わせたりして作品の意味を探ると同時に、新たなストーリーを紡ぎだし、別の作品として仕上げたのです。
作品を注意深く観ると同時に、表現することも始めるのですね。子どもだけではなく、全ての人間にとって、鑑賞と表現は表裏一体の行為なのです。
週に1度、10分間を美術鑑賞に捧げよう
親子での鑑賞の頻度に決まりはありません。ですが、1週間に1回など、定期的に行うことが理想です。1つの作品の鑑賞にかける時間も、作品や子どもの関心の向け方によって異なりますが、少なくとも10分から20分程度はかけたいですね。
親子間の対話が途切れても、作品を観続けることに意味があります。じっくり時間をかけて鑑賞を楽しみ、子どもの新たな発見を待ちましょう。
3~4作品を続けて鑑賞するのがおすすめ◎
特にお勧めするのは、コンセプトを決めて、1回の鑑賞で3~4作品を続けて観ることです。同一のコンセプトの作品を続けて観ることで、作品同士の比較が自然に行われるため、関係性を把握しやすくなります。子どもの観察力が高まり、思考が刺激され、親子の対話の質も深まるでしょう。
さらに、作品に対する感じ方や思考の過程を連続して紐解いていくことで、子どもの感覚・思考の特徴やその変化が手に取るようにわかり、親御さんとしても子どもの成長を感じやすくなるはずです。
作品のコンセプトの組み方
コンセプトの組み方としては、2つのパターンがあります。
同じジャンルで統一する
→ジャンル例:人物画、肖像画、風景画、静物画、抽象絵画
テーマ(題材)で統一する
→同一のテーマについての複数の異なるアーティストによる作品群
例えばテーマを、新約聖書からの題材「受胎告知」にするとしましょう。これは古くから人気のテーマで、数々の芸術家たちに好まれて描かれてきました。
先日はルネサンス期のイタリア人画家フラ・アンジェリコ、サンドロ・ボッティチェリ、クレタ島出身のエル・グレコの3人のアーティストによる「受胎告知」の3作品を、子ども達と鑑賞しました。
テーマは共通していますが、異なるアーティストからは全く異なる作品が生まれます。描かれている人物の姿勢・表情・衣裳、場所・物、作品の構図、色彩の共通点、相違点など、対話の話題は尽きることがありませんでした。
そして最終的には、描かれた人物像や出来事に関心が移っていきます。
子どもの発言を肯定し、優しく問いかけて
親御さんの中には、親子で作品を鑑賞したときに、子どもと話すことが見つからなかったらどうしよう、と不安に思う方もいるかもしれません。でも心配はいりません。お子さんはきっと、作品を見て感じたこと、思ったことを、胸の内にたくさん秘めているはずです。
そして親御さんは、ただお子さんの思いを受け止め、考えを深めるためのサポートをしてあげるだけでいいのです。まずは、お子さんの言葉を復唱して、理解を示すこと。その上で「なぜそう思ったの?」「どう感じたの?」と問いかけること。子どもの発言を肯定し、思考をそっと引き出してあげることが、ファシリテーターとしての大人の役割です。
前回ご紹介した5つのおすすめ画像入手方法を参考に好きな作品を見つけ、ぜひご家庭で対話型鑑賞に挑戦してみてください。次回は絵画以外の作品、写真や絵本、文字情報の鑑賞、そして表現力を高める対話の具体例をご紹介します。
※Julia Wegener、金燦による作品画像は、それぞれのアーティストから許可を得て使用しています。個人の鑑賞以外の用途の使用はできませんので、ご注意ください。