2019.9.21

小学校の授業で「迷路部屋を作る」教育先進国フィンランド。日本の教育は大丈夫?

長野真弓
小学校の授業で「迷路部屋を作る」教育先進国フィンランド。日本の教育は大丈夫?

夏休みの自由研究の話題で、「何をやったらいいのかわからない」「面倒くさい」という、多くの子どもたちの声を聞きました。これが詰め込み式教育の結果なのか、与えられた課題はこなせるけれど、“自分で考えてやる”ことが苦手な子どもが多いのは確かのようです。

そして世界が大きく変わる渦のなか、未来予測が難しい現代の危機感の高まりに伴い実施される教育改革が、いよいよ2020年と迫ってきました。こどもたちの将来に大きく影響するこの改革はどんなものなのか、教育大国として評価が高いフィンランドの現状と比較しながら改めて検証してみました。

2020年教育改革の背景

朝日新聞が実施したアンケートによると、教育改革があることは知っていても、その詳細について知っている人は3割程度しかいないという結果が出ています。まずは改革の背景について知っておきましょう。

日本のみならず世界がハイスピードで変わっていく現代、今の子どもたちが大人になって働く頃には、職業の種類や働く人たちの環境が大きく変わっていることが予想されます。それに伴い、求められる素質や能力も今とは違うものになるため、未来に対応できる「人」の育成を目指すべく、国は大規模な教育改革に踏み切ったのです。

株式会社野村総合研究所とオックスフォード大学の共同研究によると、職業の変化として、次のことが予想されています。

  • 今ある職業のうち、49%がAIやロボットに取って代わられる可能性がある
  • なくなる可能性が高いのは、一般事務やレジ係、行政書士など、ルールに沿って、知識やデータをもとに行なう仕事
  • アメリカでは、2011年に入学した小学生の65%は、今は存在しない職業に就くと予測される

 
小学校の授業で「迷路部屋を作る」教育先進国フィンランド2

確かに、データ化しやすい知識の豊富さを競ったらAIが有利です。逆にいうと、AIが不得意とする能力が未来には必要になるということ。求められる要素(資質・能力)は以下の2点です。

人間ならではの能力

創造性、協調性、感性を伴う職業、たとえば教職者やアーティスト、医師などがそれにあたると考えられます。知識を持っているだけではなく、それをツールとして、自ら考え、判断し、答えを導き出せる人を育成する必要に迫られているのです。

語学力

これから日本国内でもグローバル化がさらに加速するため、英語力は不可欠となります。「英語が話せるなんてすごい」という評価から、「英語くらいは使いこなせて当たり前。ほかに話せる言語はいくつあるの?」という時代になっていくかもしれません。

子どもの知的好奇心を育てる3つのポイント
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2020年に行なわれる【日本の教育改革】

このような背景を踏まえ行なわれる改革ですが、国がいう “改革” とは、具体的には学習指導要領が変わるということです。これは3本の柱で構成されています。

【学校教育】未来を生き抜くための資質を身につけるための教育に変わります
【大学入試】学力の判定の仕方が変わり、試験で求められる能力が多様化します
【英語教育】“聞く、読む、話す、書く”全般の能力を高める実用性を見据えた教育に変わります

この中で、今回は【学校教育】の変化についてさらに詳しくご紹介します。ここでも柱は3つです。

◎「学びに向かう力・人間性など」
どのように社会、世界と関わり、よりよい人生を送るか
◎「知識・技能」
何を理解しているか、何ができるか
◎「思考力・判断力・表現力」
理解していること、できることをどう使うか

(引用元:ベネッセ教育情報サイト|2020年教育改革

これらを実現させるために取り入れられる代表的な学習は以下です。

  • アクティブラーニング
    一方通行から参加型の授業へ。体験学習、グループワークやディスカッションなどを多く取り入れる
  • 英語教育
    小学3・4年生「外国語活動」小学5・6年生「英語」の教科化
  • プログラミング教育
    技術を学ぶだけでなく、本質は “問題解決手順” を習得すべく、「プログラミング的思考」の育成を目的としている

 
これまでの教育では “知識の習得とまなびの理解” に重点が置かれていましたが、これからは “その先” が求められるようになります。つまり、知識をもとに能力をどう生かすのかという実用性を高めるものです。答えのない問題に他者との協働も交えながら挑み解決できる「人間力」の習得が目標となります。これまでの改革とは違い、教育概念自体の大きな転換となっているのが特徴です。

小学校の授業で「迷路部屋を作る」教育先進国フィンランド3

2016年に行なわれた【フィンランドの教育改革】

日本の教育改革についてみてきましたが、世界でも評価の高いフィンランドでは、どのような教育が行なわれているのでしょうか。

フィンランドでは、日本の学習指導要領に当たる「コアカリキュラム」が約10年ごとに改定されます。前回は2016年秋に実施されていますが、そこで重視されているのは、次の7つの能力です。

学び考えること
文化的能力、相互作用、表現力
自分自身を守る、日々の活動や安全をマネージメントする
マルチリテラシー(広い意味の多岐的なコミュニケーション能力)
ICT能力
ワーキングライフや企業家精神のために必要な能力
社会に参加し、持続可能な将来を形成する能力

(引用元:日経xwoman|フィンランド イスから自由になれば子どもは伸びる

日本の新しい指導要領と共通するポイントも多いですが、さらに多岐的、実践的要素が盛り込まれています。たとえば、「企業家精神」「社会貢献」に関しては日本よりも意識が高いのがわかります。

また、日本よりももう一歩深く踏み込んだ教育概念に、評価の高さの理由が見えます。それは次のような実践教育の中にあります。

1. 体を動かす活動

教育現場の根本の問題として、「体を動かす活動」が見直され、身体活動向上を目指す運動促進プログラムが大規模に実施されています。調査の結果、「1日のうち起きている時間の半分(小学生)~3/4(中学生)は座っている」ことがわかったため、体を動かすことを促し、学習への意欲や集中力を高めようという取り組みです。運動は脳の活発化に直結していることが証明されており、屋外活動、立って授業を受ける、バランスボールを活用するなど、授業にも工夫が凝らされています。

小学校の授業で「迷路部屋を作る」教育先進国フィンランド4

2. 総合プロジェクト学習

教科の枠を超えた「総合プロジェクト学習」が推進されています。教科は “学びのための技術” と捉え、各教科の要素を複数組み合わせた独自の授業は、それぞれの学校の判断で時間数や内容を決めることができ、実施されるそうです。

たとえば、ある小学校では「迷路部屋を作る」というプロジェクト学習が行なわれました。皆で話し合って決めた迷路のイメージに合わせた映像、音楽、工作品などで空間を作り、さまざまな問題を提示し解きながら迷路を進むことでゲーム感覚で学習効果をもたせる工夫をしたり、材料にリサイクル品を使うことで環境問題を考えたり、ひとつのプロジェクトから多岐にわたる学びが得られるようになっています。ここで一番大事なのは、課題も結果も全て自分たちで生み出すこと。クリティカルシンキングの実践的トレーニングとなっているのです。

3. 人生観の知識

フィンランドでは「人生観の知識」という授業があります。これは日本の道徳のようなものですが、内容は哲学、倫理、文化、政治にわたる広範囲で深いもので、教科書は大人が読んでも心に刺さるものなのだとか。物事を考えたり判断したりするとき、世の中にはさまざまな判断材料が存在します。それは宗教観、道徳的価値観、文化、環境などとても複雑なものです。小さい子どもには難しいことも多いですが、学年に応じて身近に考えさせる工夫がされます。

たとえば、義務と権利について考えるとき、「自分の家、学校、休日のそれぞれの場での義務と権利をあげなさい」、「学んだ事実(たとえば2+2=4)はどういう根拠で真実だと言えるのか」など、主体的に考えさせることが徹底されています。日本の「道徳」は “人を律する” ようなところがありますが、人生観の授業は子どもたちの世界を広げ、真のグローバル精神がここから培われていくのでしょう。

小学校の授業で「迷路部屋を作る」教育先進国フィンランド5

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フィンランドの教育大臣であるサンニ・グラーン=ラーソネン氏は「新カリキュラムのポイントは『何を学ぶか』から『どのように学ぶか』への転換」と言っています。学びの過程にこそもっと深い学びがあることを再認識し、教育システム自体もそこに踏み込んでいるのです。今回の教育改革の核は、まさにこの主体的な深い学びをもたらす “アクティブ・ラーニング” で、ジャーナリスト池上彰氏もその必要性を断言しています。学ぶ側も教える側も大きな変化に慣れるのには時間がかかるでしょうが、教育先進国を参考にする柔軟さと、自分たちの文化や価値観を大事にする心で、日本独自の教育が成熟していくことを願わずにはいられません。

(参考)
文部科学省|「教育改革プログラムについて」
日経xwoman|フィンランド イスから自由になれば子どもは伸びる
ベネッセ教育情報サイト|2020年教育改革
Z会|「新学習指導要領」って? -ポイントをZ会が解説します-
朝日新聞EduA|2020年の教育改革で何が変わる?—小中高の学習編—
デイリー新潮|大人の胸にも刺さる「人生観の授業」フィンランドの教育はなぜ世界一なのか
東洋経済オンライン|池上彰×佐藤優「2020年教育改革で起きること」アクティブ・ラーニングはエリート教育か?