日本人にとって、英語のRやLの音の区別や、Thの音の発音は難しいとよく言われますね。音声学はちょっとかじったことがある程度ですが、実際に英語を使っていると、それよりもさらに難しく、かつ大切なのは、イントネーションと強弱をしっかりつけることではないのかな、と思うことがしばしばあります。
強く発音されるべきところが強く発音されていると、多少音に間違いがあっても聞き取ってもらえるのですが、逆に発音そのものが正しくても、強弱に難があると聞き取ってもらいにくくなります。ところが、これがなかなか習得が難しいのです。
そんなわけで前回は、英語のリズムやイントネーションに自然な形でふれる、という側面から、よく知られた英語の絵本をご紹介しました。今日はリズムの先、英語を「読む」という行為と英詩の話をしたいと思います。
「ライミング」のある英語絵本のもう一つのメリット
英語で書かれた詩の特徴として最も重要なのは「音の弱強の組み合わせ」です。けれど英詩の要素はもちろん、それだけではありません。「同じ音のくり返し」(ライミング)もとても大切です。
例えば、前回ご紹介したThe Gruffalo(『もりでいちばんつよいのは?』)はこんな風に始まります。
A mouse took a stroll through the deep dark wood.
A fox saw the mouse and the mouse looked good.
(引用)Donaldson, Julia, The Gruffalo (London: Macmillan, 1999)
きつねがねずみに きがついて おいしそうだと思いました
この「グッド」と「ウッド」という音の部分が、韻を踏んでいるわけですね。
子供向けの英語絵本には、リズムが良く、古典的な詩の形式をとったものが多いので、英語特有のアクセントやイントネーションにふれるのに役立つと前回お話ししました。
でも実は、英詩の形式で書かれた英語絵本には、もう1つのメリットがあります。文末の音が揃っていることが、英語を「読むこと」の手助けをしてくれるのです。
とりあえずひらがなを覚えれば本を読み始めることができる日本語と違って、英語を学ぶ子供たちは、様々な文字の組み合わせのパターンを覚えなくてはなりません。「a」は「あ」と読むのか、「えい」と読むのか。「g」は「じゃ」の音なのか「が」の音なのか。
イギリスでは現在全ての小学校でフォニックスが導入されているため、我が家の子供達も最初は「ABC」を「えい、びー、しー」ではなく「あ、ば、か」に近い音に合わせて覚えてきました。
フォニックスとは、音と綴りの一致しない英語を読む上で、音の規則性から教えていく方法です。Aを「えい」と覚えても、ほとんどの場合は「あ」に近い発音になりますから、最初からそのように教えてしまうわけですね。
様々な議論がある方式で、ネイティブの子供の中にも「しっくりこない」子がいるようですが、全般的には英語圏で生まれ育ち、最初から英語にふれている時間の長い子供たちに対しては教育効果が高いとされているようです。
幸い、我が家の子供達はフォニックスとは相性が良かったようですが、例外も多い英語の綴りと、普段耳にしている音とのつながりを把握するのは、4~5歳の子供にとってはなかなか難しいことなのだな、と見ていて思います。
ところが、リズムが良くて記憶しやすい詩の形の絵本だと、話が少し変わってきます。
子供はほとんど丸暗記してしまうのでどこまで「読んで」いるのかは心もとないのですが、たとえば 「グッド」と「ウッド」のように同じ音を持つ単語が、行の最後にしばしば繰り返されていくので、自分の頭の中にある音と、目の前の文字の並びとのコネクションがつけやすいのです。
絵本はそもそも多くの場合、単語自体も繰り返しが多いのですが、単語の中のスペリングの規則性のようなものが、見て比較的わかりやすいのも、英詩の形をとった英語絵本の特徴です。
英語圏で愛される児童文学者ドクター・スースの絵本の魅力
1960年、アメリカの児童文学者ドクター・スース(Dr. Seuss)は、Green Eggs and Hamと呼ばれる絵本を出版しました。特に本を読み始めたばかりの年齢の子供をターゲットにした本で、使われている単語はたったの50語です。
その50語を繰り返しながらリズム良く韻を踏み、ナンセンスな世界を作り上げています。大西洋をはさんでイギリスとアメリカの両方で愛されている児童書です。
Sam-I-am(僕はサム)と名乗るキャラクターがもう一人のキャラクターに緑色の目玉焼きとハムを食べさせようとするお話ですが、使われている単語が少ないので、当然のことながら、繰り返しが非常に多くなります。
一部分を引用しましょう。サム・アイアムが目玉焼きを食べさせようとするシーンです。
Would you like them in a house?
Would you like them in a mouse?
(引用)Geisel, Theodor Seuss, Green Eggs and Ham (New York: Beginner Books, 1960)
ねずみといっしょに たまごをたべる?
「ハウス」と「マウス」。hとmの2つの音が違うだけですが、脳裏に浮かぶのは、ねずみと一緒に家の中で目玉焼きを食べるシュールなシーンです。
小さな子供が笑い転げるようなナンセンスなシーンの連続とリズムの良さ。それに加えて繰り返しの多さが「読み聞かせ」から「一人で読む」ところまでの過程を手助けします。
こちらも、何十年にもわたって小さな子供たちの読書の最初の一歩を手助けしてきた本ですから、読み聞かせの動画が多くネット上に見つかるのも嬉しいところです。
https://www.youtube.com/watch?v=KmC1btSZP7U&t=97s
こうした広く愛されている絵本は、子供の世界を飛び出して、やがて広い大人の文化にも入り込んでいきます。2001年に発表されたハリウッド映画『アイ・アム・サム』が、この絵本をモチーフの一つに使っているように。
最初はナンセンスなお話に笑い転げ、リズムを楽しみ、やがて、いつか広がっていく物語の世界に手を伸ばしていく。そういった道筋を、広く愛されている絵本は私たちに示してくれます。
(参考)
Donaldson, Julia, The Gruffalo, (London: Macmillan, 1999)
ジュリア・ドナルドソン (Donaldson, Julia), 久山太市 訳(2001),『もりでいちばんつよいのは?』,評論社.
Geisel, Theodor Seuss, Green Eggs and Ham, (New York: Beginner Books, 1960)