芸術にふれる/演劇 2018.9.16

「ドラマ教育」を保育者養成に活かす――創造的な子どもを育てる力を養う「ドラマ教育」の効果

「ドラマ教育」を保育者養成に活かす――創造的な子どもを育てる力を養う「ドラマ教育」の効果

アメリカとイギリスで生まれ、いま、日本でもじわじわと広がりつつある「ドラマ教育」。日本にもドラマ教育専門の研究者が増加中だそう。その第一人者が、国内ドラマ教育のパイオニアとして活躍する東京都市大学人間科学部教授・小林由利子先生。そんな小林先生の授業では、どのようなことをしているのでしょうか。そして、ドラマ教育を学ぶ人間にどんな影響を与えるのかを教えてもらいました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS)

創造的な子どもを育てるには保育者もそうでなければならない

現在、本当に少しずつではありますが、日本でもドラマ教育が広まってきています。それは、ドラマ教育を専門とする研究者が増加したことによるもの。日本では、東京学芸大学、日本大学、長野県立大学、東京家政大学など全国で10ほどの大学でドラマ教育が研究されています。かつては演劇の理論研究をしている先生はたくさんいたのですが、いまの先生の多くは、自分で演じて、ファシリテーション(※1)もできて、もちろん研究もして論文も書くという研究者です。

わたし自身に関しては、もともと大学教員を目指していたわけではありません。出身は東京学芸大学の幼稚園教員養成課程。つまり、幼稚園の先生になりたかったのです。ただ、学生の頃に大きな壁にぶつかりました。子どもたちと楽しく一緒に遊ぶことができなかったんですよね。文字通り、子どもたちとの間に壁を感じたというか……。

なんとか子どもと自然に遊べないものかと悩んでいた頃、当時の指導教官が演劇教育を学ぶことをすすめてくれました。わたしが宝塚ファンで歌舞伎のファンで、演劇を見ること自体がすごく好きだったからだと思います。そして、アメリカで実際に「クリエイティブ・ドラマ(※2)」を学ばれた佐野正之先生にお会いしたことも大きかったですね。クリエイティブ・ドラマとは、20世紀のはじめに、演劇をつくる過程に教育的意義があることを見出してはじまったアメリカのドラマ教育です。

わたしは、大学院でクリエイティブ・ドラマについて論文を書きましたが、実際にどのようなものかわからなかった。そこで、佐野先生のクリエイティブ・ドラマの先生でいらしたシックス先生が推薦してくださったアメリカの大学院のひとつに留学しました。そこで学んだのが、「遊び/ドラマ/演劇」が連続体になっているという考え方にもとづくクリエイティブ・ドラマでした。

帰国後は、家庭教師をしたり、大学や短大の非常勤講師をしたり、幼稚園で働いたりしていました。ちょうど多くの短大が大学に変わっていた時期で、幸い首都圏にある4年制大学に就職でき、保育者養成に関わることができた。そして、ドラマ教育を学び、体験しながら、自分自身が変わっていった経験があったので、「わたしと同じように『子どもと自然に遊べない』と悩んでいる学生がいるはずではないか」と思ったのです。わたしに大きな効果をもたらしてくれたドラマ教育なら、きっとそういう学生にも効果があるにちがいない——。そうして、わたしは現在まで大学で保育者養成に関わっています。

ですから、わたしにとってのドラマ教育の最大のテーマは、教育現場で親に代わって子どもたちを教育、援助、指導、保護する「保育者養成(ここでは親ではなく教育者を指す)」です。これからの日本、世界を背負っていく子どもたちを、より創造的でイマジネーションを持った人間に育てるには、その保育者もそういう人間でなければなりませんからね。

(注釈)
※1:本来の意味は「容易にすること」。発言や参加を促したり、話の流れを整理したりすることで、ミーティングなどをスムーズに進めること。現在では、参加者をリードしたり、指導したりするのではなく、参加者が主体的に活動するために方向づけることの意味が強い。
※2:1920年代にシカゴ近郊のエバンストン市において俳優・ウィニフレッド・ウォードが演劇作品の上演ではなく、演じること自体を重視した、過程中心の活動をはじめたことがはじまりと言われている。ウォードは、「クリエイティブ・ドラマの母」と言われる。

ドラマ教育を学ぶことで人間的な成長がある

わたしの授業内容を少しだけご紹介しましょう。まずは、なにかを別のものに見立てるアクティビティー(※3)というものがあります。たとえば、1本のボールペンをヘアピンに見立てて、ヘアピンを使う人のアクションをする。見立てと変身の両方をおこなってイマジネーションを鍛え、既存の概念にこだわる必要がないことを感じ取るわけです。そして、それを参加者に順に次々とやらせます。「ちょんまげ!」「タケコプター!」といったふうにね(笑)。

はじめの頃は、「次はどうしよう……」と誰もがドキドキする。この「ドキドキする」ことも重要ですよ。演劇では、出演者も観客もワクワクドキドキして心を動かすことが大切ですから。緊張と弛緩を繰り返し、それが面白くなってくると、もうどんなことも怖くなります。怖さがなくなれば、いろいろなことを楽しめると実感していくでしょう。

みんな、最初は恥ずかしがって、このアクティビティーを本当に嫌がるんですよ(苦笑)。みんなの前で演技のようなことをしたら、「変に思われないか」「批判されないか」と心配するんです。日本の学校教育では、小さな頃から「みんなと同じじゃなければ駄目だ」とおかしな訓練をさせ続けていますからね。でも、このアクティビティーをするうちに、「みんなとちがっていいんだ!」と思いはじめ、周囲にも受け止めてもらえる、ということを実感します。人に認められるということがわかってくるのです。そうすると、今度はどんどん「手を挙げられる」「自らすすんで行動できる」、さらに「みんなにウケたい」という人間に変わっていきます。

また、学生には「観察記録を書く」という課題を出しています。そのため、学生たちは、このアクティビティーをしながら、他者を観察するようになります。アクティビティーで即興しながら、冷静に観察する、という力を学生が身につけられるようにしています。「人を観察する力」は、保育者にとってすごく重要なものです。幼い子どもたちは、まだ自分の気持ちをきちんと言葉で表現することができません。子どもがなにを考えているのか、観察して感じ取る力が保育者には必要なのです。

わたしの授業では、グループにわかれて脚本をつくり朗読劇などもおこなっています。題材は完全に自由です。もともとある物語を再構築するグループもあれば、まったくのオリジナル・ストーリーをつくるグループもある。このグループ活動もまた、参加者にとって重要な体験になっているはずです。

自分のアイデアを通すためには、他人の話をきちんと聞いたうえで、自分の意見を相手にしっかり伝えられなければなりません。コミュニケーション能力、ネゴシエーション能力が問われる。より良い作品をつくるために自分のアイデアをあきらめるということも出てくるでしょう。自己中心的なだけでは駄目で、「対他者」も大事なのだと気づかされるわけです。それこそ、社会に出ればそういうことの連続ではありませんか。わたしの授業のなかで、社会人になるリハーサルをしているとも言えるのです。

ドラマ教育を受けるか受けないかで、「性格や人生観が変わる」とまで言うと「そんなの大袈裟だよ」と思われる方もいるかもしれません。でも、わたしの授業を受けて、こう言ってくれる人も少なくないのです。「はじめは恥ずかしくてすごく嫌だったけれど、ドラマ教育でわたしの人生観が変わった!」「自分が変わった」と。

(注釈)
※3:「活動」の意。座学ではなく、具体的に体を使う学習法。一般的には、リゾート地などでのさまざまな遊びを指すことが多い。


保育に役立つ ストーリーエプロン
小林由利子 著/萌文書林(2012)


ドラマ教育入門
小林由利子他 著/図書文化社(2010)

■ 国内ドラマ教育のパイオニア・小林由利子先生 インタビュー一覧
第1回:日本でもじわじわ広がる「ドラマ教育」ってなに?――「ドラマ教育」によって伸びる子どもたちの力とは
第2回:「ドラマ教育」は子どもたちの主体的な学びに最適――本場・英米の動きから見る「ドラマ教育」の大きな可能性
第3回:「ドラマ教育」を保育者養成に活かす――創造的な子どもを育てる力を養う「ドラマ教育」の効果
第4回:演劇は子どもの知性と感性を刺激する――「ドラマ教育」を家庭に取り入れ、子どもの知的好奇心を育む方法

【プロフィール】
小林由利子(こばやし・ゆりこ)
1956年5月27日生まれ、東京都出身。1982年、東京学芸大学大学院学校教育研究科修士課程修了後に渡米。イースタン・ミシガン大学大学院コミュニケーションと演劇学部子どものためのドラマ/演劇学科にて演劇教育について学ぶ。帰国後に東京学芸大学、川村短期大学での非常勤講師、川村学園女子大学の教授を経て、現在は東京都市大学人間科学部教授。ドラマ教育をとおして感性と表現力とコミュニケーション力を育成する保育者養成をミッションとして研究・活動する。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。