どうすれば我が子に高い英語力を身につけさせることができるのか? 2020年、小学校での新しい英語カリキュラムの導入が話題になっているけれど、これから英語教育はどんなふうに変わるのか? 今後、国際社会で活躍するにはどんな語学力が必要なのか?
このような疑問を抱いている方はいませんか。どんどん変わっていく最近の英語教育の変化に正直ついていけない、と不安に感じている方もいるかもしれませんね。
それもそのはず、私たち親世代が中高で英語を学んだ時代とは大きく異なる社会の中で、「新学習指導要領」のもと、小学校の段階から、今の子どもたちは英語を学ぶことになります。
そこで、英語教育に関するこれらの疑問にお答えすべく、慶應義塾大学名誉教授、ココネ言語教育研究所所長の田中茂範さんの新連載が始まります。
多文化共生社会の中、ICTを活用した学習が広まり、AIロボットの活躍が見込まれている新時代に生きる子どもたち。めまぐるしく変わる現代社会で必要となる「英語」をいかに学んでいくべきか。その問いに真正面から向き合う新連載にどうぞご期待ください。
英和辞典や英語教科書の監修を務めた田中教授の新連載スタート!
僕は、米国コロンビア大学大学院で応用言語学の教育博士号を取得して以来、約35年間大学で教鞭をとってきました。最初の数年は茨城大学、そして慶應義塾大学に移り、そこで28年間多くの学生たち――ひとつの講義で400名の学生が受講するということも何度かありました――を教えてきました。
そして、やっとこの3月に大学生活を「卒業」しました。その間、英和辞典や検定英語教科書の監修、文法書の執筆、全国で講演活動、NHKのテレビ番組、JICA(国際協力機構)の研修アドバイザー、ベネッセ教育研究所 ARCLE理事などを務めてきました。英語教育に関連した本も80冊ぐらい出版しました。研究者として、そして教育者としてやりたかったことの90%ぐらいはやり遂げたかな、という思いで何の未練もなく卒業しました。
そして、現在は、六本木グランドタワーにオフィスを構えるココネ株式会社内の「ココネ言語教育研究所」を活動の拠点としております。ココネの会長の千良明氏は、大学院時代の僕の学生(卓越した学生)だった人ですが、僕が退職する際に「これからはここで活動してください」と研究所をプレゼントしてくれました。
研究所では、主に中学校、高等学校の英語教師のためのPEN英語教師塾というオンライン塾を展開しております。教育は「公共財」であることから、これまでやってきた知見を活かして、これからは英語教育全体に役立つことをしたいという思いがあります。
新時代の英語教育の諸相を探る
自己紹介はこれぐらいにして、先日、こどもまなび☆ラボの担当者の方がココネに来社され、ここでの連載を依頼されました。英語教育の諸相についてわかりやすく説明してほしい、というのが依頼の内容でした。
英語教育を巡っては、どうして英語を学ぶ必要があるのか、学習目標となる英語力とはどういうものか、英語力はだれでも身につけることができるのか、思春期前の子どものほうが思春期後の学習者より英語学習において有利なのか、単語を覚えても使えないのはどうしてか、文法は必要なのか、大学受験の英語はどう変わろうとしているのか、中高の英語教育は何が問題なのか、等々さまざまな論点があります。
この連載では、読者のみなさんと、英語教育について考える機会を与えることができればと考えております。英語教育を考えるということから、どうしても専門的な内容に立ち入ることが必要になりますが、できるだけわかりやすく話を進めていくことができればと思っています。
世界で約15億人も! 英語はできて当たり前?
今回は第1回目ということで、「なぜ英語を学ぶのか」ということについてお話していきたいと思います。
中学3年生に「どうして英語を学ぶの?」と質問しました。結果、「入試に出るから」「英語で映画を観たり、歌を聞いたりしたいから」「学校の授業で英語が教科としてあるから」「親に言われてしかたなく」「今や英語は世界中で使われ、これからの時代を生きるのに必要だから」といった回答が返ってきました。教師に同じ質問をすれば、最後の「英語は国際語だから」が目立つ回答だろうと思います。
確かに英語を実用的なレベルで使うことができる人は世界で15億人ほどであるという推計があります。その内、母語として英語を話す人は4億人弱です。圧倒的多数の人が第二言語として英語を使っているということです。
アジアでも、韓国では英語ができなければ生きていけないということから国策として英語教育が重視され、中国でも英語が使える人口が急速に増えています。同じことが東南アジア諸国についてもいえます。「英語はできて当たり前」という状況が現実のものになってきているのは間違いないと思います。世界中の人が英語を使うということは、英語は多文化共生の手段であるということです。
同じ中学3年生に「英語は得意ですか」と聞きました。すると、6割が「苦手」あるいは「やや苦手」と回答しました。英語はできて当たり前という状況にあって、過半数の中学生が英語は苦手だと考えているというのは、教育的には深刻です。
しかし、同時に「英語ができたらどう?」と問うと、9割が「うれしい」あるいは「ふつう(悪くない)」と応えました。英語が苦手でも「英語はできないよりできたほうがいい」と感じている生徒が多いということです。英語教育はこれにちゃんと答えなければならないと思います。
バイリンガルであることのメリット
英語ができるようになるということは「バイリンガル」になるということです。そして、このことに関連して注目したいことがあります。世界ではバイリンガルであること、マルチリンガルであることが自然であるということです。日本の場合のようなモノリンガルはむしろ少数派です。
バイリンガルになることのメリットとして、あの有名な The New York Times が2012年に Why Bilinguals Are Smarter: The benefits of bilingualism と題した記事を載せています。例えば英語が話せると色々な人々と遣り取りができるというだけでなく、2言語を併用して使えるということは、認知能力を高める効果があるという内容です。
バイリンガルのほうが問題解決力、企画力、創造力、記憶力、意思決定力において優れており、その結果として、 バイリンガルのほうが学業の成績が高く、しかも、職業選択の可能性が高い(よりよい仕事に就き、より多い年俸を得る)ということが多くの研究から明らかになってきています。そのことを踏まえて、上記の新聞は大胆な見出しを立てて、バイリンガルであることの利点を報じたのです。
自分で納得するのが一番
だとすると、英語を学ぶということは、国際語であるということ以上に、個人的な資質を高める上でも意味があるということになります。しかし、こういう話をしても生徒の英語に向かう態度が激変するわけではありません。
生徒一人一人が「英語を身につけることの意義」を見出すことができたとき、それは学習に向けての大きな力になるのだと思います。
僕の大学のゼミの学生に、英語は勉強しても意味がないとずっと思ってきた学生がいました。ある日、彼は、いきなり英語の勉強を懸命に始めました。何がきっかけで変わったのかと聞いたところ、次のように、その訳を説明してくれました。
どうして英語を学ぶのか。この問いに、個人が自ら答えを引き出したとき、それは強い動機づけに変わるということを思い知らされました。大上段に構えて、英語は必要だと訴えても、生徒の心にはなかなか届かないということを。
次回は、「英語はだれでも身につけることができるのか」というテーマを取り上げます。
(参考)
The New York Times|Why Bilinguals Are Smarter: The benefits of bilingualism