立命館大学大学院 言語教育情報研究科教授の田浦秀幸さんに、バイリンガリズムや日本の子どもに最適な英語学習についてお話をうかがうシリーズの第8回目をお届けします。
第7回では、幼少期の英語学習において最も重要である「良い先生」の条件と、バイリンガルの幼稚園児の驚きの認知能力について、お話しいただきました。
今回は、幼稚園児から小学生へと話題を移し、小学校における教育のあり方を探ります。
自信を持って自分の考えを伝えられる子どもを育てるには
——2020年の英語教育改革では、発表や討論を通じて、思考力や表現力を育成するような言語活動の展開を徹底するとのこと。自信を持って自分の意見を伝えられる子どもを育てるためには、どうすればいいのでしょうか?——
田浦先生:
やっぱり教育者によると思うんですよね。我々は小さい頃から、自分の意見を発する機会、そしてそれを評価してもらう機会が少なかったように思います。
例えば学校で、高村光太郎の詩を読むとき、先生に教わった解釈を答えないと、国語のテストでペケでしたよね。詩は自分でいくらでも感じることができるものなのに、「僕はこう思うよ」と書いても、ダメでした。
まあ、国語の先生はきっと「まずはスタンダードな考えを身につけなさい」と思っているのでしょうね。もちろん、古典の詩ならそれでいいと思います。でも、僕らが普段使う、日本語で書かれた現代詩であれば、「僕はこう感じたよ」と言ってもよさそうなものですよね。もしかしたら国語の先生は反対かもしれませんが、もう少し海外の先生から見習うところはあるのかなと思います。
子どもの個性を伸ばす、オーストラリアの先生たち
僕の子どもが通っていたオーストラリアの学校では、いろんな国出身の、いろんなバックグラウンドを持った子どもがいて、皆いろんなことを言っていました。それに対して先生は「あら、そう思うの? いいね、先生は今までそう考えたことないけど、すごくいいね!」と、何を言っても褒めてくれるんです。
子どもは嬉しいですよね。だから、先生に褒めてもらったことは、どんどん伸びていきます。国語ができる子や、本好きな子には、「次はこの本読んだらどう? 読んだらぜひ感想文書いて、先生に見せてね!」と声をかけてくれるんです。すると子どもは喜んで、早く次の本を読みたい、早く書いて先生に見せたい、と思いますよね。
また、運動が得意な子には「今度はどの大会に行ったの? そう、2番になったの! よかったね!」と先生がいつも気にかけて、優しい言葉をかけてくれます。
一番になりなさいとは、決して言いません。ただ、子どもがやったことに対して「よかったね」と、頑張りを認めてあげるんです。試合に参加できたのなら「参加できてよかったね」。2番になれたのなら「2番になれてよかったね」。
もちろん「全部できなくていいよ」とも言いません。でも小学校の頃から、何か一つできたら、たくさん褒めてくれます。先生は子どものことを、よく見てますね。できることに対していつも褒めてあげると、もっと好きになるし、子どもの自信につながりますよね。
それで、自分が好きなこと、得意なことについて「みんなの前で話してみて」と言われたら、自信を持って話すことができますね。発表にあたっては、自分の考えをまとめないといけませんから、それもだんだん上手にできるようになるでしょう。
オーストラリアなんて、国全体の人口はきっと東京都くらいで、多くはないんだけれども、オリンピックになるとメダルをたくさん取りますよね。すごく水泳ができたりしてね。それを見るにつけて「やっぱり小学校の頃から、運動ができる子は褒めてもらっているから、ますます伸びるのかな」と思いますね。
小学校では成績に囚われず、子どもの「好き」を伸ばしてあげて
もちろん日本にも、このような先生はたくさんいますけれど、全員じゃないですよね。日本の小学校では、指導要領に沿って学年で統一のテストをし、何パーセントは通知表で5、何パーセントは3と決められています。だから、子ども一人一人の「好き」を伸ばして、自信を育ててあげるのは、なかなか難しいですよね。
2020年以降、文部科学省は、小学校高学年の英語は、成績の対象にすると言っていますね。でも僕は、小学校では成績評価をとっぱらって、まずは個性を伸ばすことに注力したほうがいいと思います。小学校の段階では、英語が嫌いな子は嫌いでいいじゃないですか。成績にならなかったら別に、子どもも気にならないだろうから。
僕は子どもの頃、数学も理科も苦手だったのに、親になった途端、すごく要求水準が高くなってしまったんです。「算数も理科も将来必要なんだから、ちゃんと頑張りなさい。通知表で3はダメ、できたら5をとったほうがいいよ」なんて子どもに言ったりしてね(笑)。
自分はできなかったのに、つい子どもにこう言ってしまう。でも、はたと「自分、全然できなかったんだ」と思い出すと、これではいけないなと気づくんですよね。もっと、オーストラリアの先生がやっていたように、子どもの「できるところ」を伸ばしてあげられるといいですよね。
もちろん、親も教師も、子どもの人間としてダメなところは怒らないといけないんだけれど、成績に関しては目くじらを立てない。子どもの個性を伸ばし、褒めて、自信をつけてあげる。小学生のうちは、これが大切だと思います。
【プロフィール】
田浦秀幸(たうら・ひでゆき)
立命館大学大学院 言語教育情報研究科教授。シドニー・マッコリー大学で博士号(言語学)取得。大阪府立高校及び千里国際学園で英語教諭を務めた後、福井医科大学や大阪府立大学を経て、現職。伝統的な手法に加えて脳イメージング手法も併用することで、バイリンガルや日本人英語学習者対象に言語習得・喪失に関する基礎研究に従事。その研究成果を英語教育現場やバイリンガル教育に還元する応用研究も行っている。
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日本の人口の約2割しか満たないオーストラリア。しかしオリンピックの強豪国として知られ、いつも日本より多くのメダルを獲得しています。それを支えるのは、子どもの「できるところ」を伸ばす、先生の教育方針なのかもしれません。私たちもぜひ見習いたいところですね。次回は上海の英語授業を参考に、小学校英語教育のあるべき姿を探ります。