教育を考える 2019.4.29

家庭での学びが「アクティブ」で「プレイフル」になる、いちばんの方法

家庭での学びが「アクティブ」で「プレイフル」になる、いちばんの方法

先行きが見えないといわれるいまの時代に子育てをしていると、親はこれまで以上に子どもの将来を心配しているかもしれません。そのため、親の注目を集める新しい教育手法が次々に生まれています。アクティブ・ラーニングプレイフル・ラーニングと呼ばれるものもそれらのひとつです。人の学習について研究をしている慶應義塾大学環境情報学部教授今井むつみ先生に、アクティブ・ラーニングやプレイフル・ラーニングの要素を家庭教育に取り入れるためのアドバイスをしてもらいました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)

学びは夢中になる行為の副産物

皆さんは、人がいちばん学べるときはどんなときだと思いますか? それは、自分で「楽しい」と感じていて、それをもっと「知りたい」「やりたい」と思っているときです。もしかしたら、本人は学んでいるつもりがないかもしれません。でも、楽しくて夢中になる行為の副産物として「学び」が残るのです。

そういう過程で得た学びがいちばん深く定着する学びになるという考えから、いま教育界にはプレイフル・ラーニングというものが広まりつつあります。簡単にいえば、遊びと学びが連動していて、「遊びながら学ぶ」というものです。

遊びというと、たとえばアウトドアで体を動かすような遊びなどをイメージしがちだと思いますが、じつは学校での授業も内容によってはプレイフル・ラーニングと呼べるものになり得ます。本当に生き生きしている学級では、学び自体が完全に楽しく、ワクワクするものになっているのです。

その内容は、先生が睡眠時間を惜しんでひたすら考えてお膳立てをしたというようなものではありません。大切なのは、子どもになにをしたいのかを尋ねて子どもに決めさせること。同じものを学ぶにしても、子どもに主体を持たせるというわけですね。

知識は他人が入れようとして入るものではない

これまでの教育のほとんどは、学習指導要領をいかに解釈して、どれだけ効率的に子どものなかに知識を入れられるかという視点でおこなわれていました。そして、そういった授業こそがいいものとして評価されてきたのです。でも、じつは、「生きた知識」は外から「入れ込む」ことはできないものです。とくに、子どもが興味を持っていないことに関しては、外から入れようと一生懸命に教師が頑張っても、それは子どもを素通りしてしまいます。

多くの人が、なにかをわかりやすく説明してもらえればすべて理解できると考えます。でも、人がどのように情報処理をするかという観点から考えると、どんなにわかりやすく説明されたとしても、10の内容のうち3くらいが記憶に残れば上出来だといえます。なぜなら、人間の注意や記憶に限界があるからです。

説明された直後は、誰もがすべて理解できたつもりになります。でも、10の内容すべてに注意を向けて、そこで得た内容がこれまでの知識と結びつき、10の内容すべてがずっと残るということはあり得ないのです。

でも、自分が興味を持っていることなら話は別。自分が主体的に働きかけて疑問に思ったこと、知りたいと思って調べたり聞いたりして発見したことは確実に残っていきます。そういう学びこそ、プレイフル・ラーニングなのです。

重要なのは形式ではなく学び手の主体的な行為

子ども教育に興味がある人なら、アクティブ・ラーニングという言葉を耳にしたことがあるでしょう。一般的には、議論形式やグループ形式の学習方法を指すことが多いものです。でも、アクティブ・ラーニングは、特定の学習形式を指すものではないとわたしは考えています。

座学形式ではなく、グループでわいわいと勉強すればアクティブ・ラーニングになるわけではありません。アクティブ・ラーニングとは、子どもたちに知識を入れるのではなく、子どもたち自身が主体的に知識を得ようとする学習のこと。無理やりグループ形式の学習を押しつければ、子どもがアクティブになるのでしょうか?

一方、子どもたちが主体的となり「自ら学ぼう」という姿勢を持てば、これまでと変わらない座学形式であっても、それはアクティブ・ラーニングといえます。そういう学びこそが、本当に実社会で役立つ「生きた知識」を生んでいくのです。

もちろん、アクティブ・ラーニングと同様に、プレイフル・ラーニングもある形式を指すものではありません。ダンスや体操を通じて学ぶというプレイフル・ラーニングも存在しますが、子どもが興味を持っていないのに、大人が設定した場に子どもを押し込んでも、プレイフルではないのです。逆に、はたから見れば遊んでいるようには見えなくても、子ども本人が楽しんでいれば、その学びはプレイフル・ラーニングといえます。アクティブ・ラーニングもプレイフル・ラーニングも、学び手の能動的な行為によって定義づけられるものなのです。

ここまでの話を聞くと、「子どもがあまり興味を持っていないのに、親が家庭教育をすることにもあまり意味がないのではないか?」と考える人もいるかもしれません。でも、そこであまり難しく考えてほしくはありません。家庭での教育をアクティブでプレイフルなものにすることはそう難しいことではないからです。親が子どもと一緒に遊びながら学ぶ。それがいちばんの方法です。子どもは、無条件にお父さんやお母さんのことが大好き。そんな大好きな親となにかを一緒にすることがいちばんうれしく、ワクワクしながら多くのことを学ぶことができます。

家庭で学ぶものは、子どもが興味を持っているものならどんなものでもかまいません。昆虫かもしれないし、怪獣かもしれない。子どもが大好きなものなら、それについてお父さんやお母さんが、逆に教えられてしまうなんてこともあるはずです。そんな時間は、子どもにとっては本当にうれしいもの。そして、「学ぶよろこび」を得ることにも大きくつながっていくのです。

科学が教える、子育て成功への道
キャシー・ハーシュ=パセック、ロバータ・ミシュニック・ゴリンコフ 著
今井むつみ、市川力 翻訳/扶桑社(2017)

■ 慶應義塾大学環境情報学部教授・今井むつみ先生 インタビュー一覧
第1回:我が子の「成功」を願う親が、絶対に伸ばしてやるべき子どもの“力”
第2回:小さな子どもが喜ぶ「デジタル絵本」に、実は“学びの効果”は期待できない
第3回:「コミュニケーション能力を重視しすぎ」な親が、犯しかねない過ちとは
第4回:家庭での学びが「アクティブ」で「プレイフル」になる、いちばんの方法

【プロフィール】
今井むつみ(いまい・むつみ)
慶應義塾大学文学部西洋史学科卒、慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程修了、ノースウェスタン大学心理学部博士課程修了。1993年より慶應義塾大学環境情報学部助手。専任講師、助教授を経て2007年より教授。専門は認知・言語発達心理学、言語心理学。とくに語彙(レキシコン)と語意の心のなかの表象と習得・学習のメカニズムを研究している。著書に『学びとは何か――<探求人>になるために』(岩波書店)、『言葉をおぼえるしくみ 母語から外国語まで』(筑摩書房)、『ことばの発達の謎を解く』(筑摩書房)など。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。