教育を考える 2019.4.25

我が子の「成功」を願う親が、絶対に伸ばしてやるべき子どもの “力”

我が子の「成功」を願う親が、絶対に伸ばしてやるべき子どもの “力”

我が子の成功を願わない親はいません。ただ、ひとことで「成功」といっても、解釈は人それぞれでしょう。認知科学の専門家で、人の学習について研究をしている慶應義塾大学環境情報学部教授今井むつみ先生は、成功とは「自分で自分が幸せだと思えること」と定義づけます。そして、自らを成功に導くには、「言葉の学習を通じて思考力を高める」ことが重要だと語ります。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)

子どもの言語学習には学びのエッセンスがたくさん詰まっている

まずはわたしが行なっている研究内容についてお伝えします。専門としている「認知科学」は取り扱う分野がたいへん広く、人に関する科学的な研究のすべてともいえます。なかでもわたしがいちばん関わってきたのは、「人の思考や知識の在り方」、そして「学習」です。

たとえば、脳のなかに知識はどういうかたちであるのか、知識というのは学びによってどう変わっていくのか、といったことです。その問題に実証的にアプローチするために、主に「子どもの言語の学習」を中心に据えて研究しています。なぜなら、子どもが言語を学習して自分のものにしていく過程には人の学びのエッセンスが凝縮されているからです。

大人が外国語を学ぶ場合、「教えてもらう」「覚える」ということが基本ですよね。でも、赤ちゃんが言葉を覚えるプロセスはまったくちがう。大人が話している言葉を理解できないところからはじまり、入ってくる刺激を分析し、大事なことを発見していく。それこそが、学びの純粋なかたちといえます。子どもの言語の学習を研究することで、大人の学習にとってもすごくたくさんの示唆を得られるのです。

思考力育成にシフトしつつある学校教育

では、本題に移りましょう。親であれば、誰もが子どもの「成功」を願います。でも、その「成功」とはどんなことでしょうか? これは、科学的観点ではなく、人としての視点からの考えになりますが、成功とは「自分で自分が幸せだと思える」ことではないでしょうか。

たとえば周囲からはうらやましがられるようなセレブであっても、本人が幸せだと思っていなければ、成功しているとはいえません。世間の基準ではなく、あくまでも自分の主観で幸せだと思い、自分に価値や意味を見出すことができる。また、自分がしていることをもっと深めていきたいと思えて、それが楽しい、生きがいだと思える人こそ成功しているといえるとわたしは考えます。

子どもを成功する人間に育てるには、あたりまえですが教育が重要となります。いま、日本の公教育は過渡期にあるように感じます。有名大学に入って大企業に就職するというような古い成功モデルをまだ持っている人も少なくないですが、それに疑問を持ちはじめている人も増えているように思うのです。

わたしがかかわっているある自治体の学校では、全国学力調査の結果ではなく、「どれだけ本質的に子どもが深く学べるか」といったことを重視し、教育改革をおこなっています。学力を測るためのアセスメント、評価基準として、「覚えただけの知識」を問うのではなく、思考力を問うようなものをつくっています。そのアセスメントは、子どもの順位づけをするようなものではありません。子どものさまざまな資質を多角的に見ると同時に、資質同士がどのように関係して子どもの思考力、学力をかたちづくっていくのかを理解するためのものです。

思考力を高めるためには知識も重要

多くの人は、思考力と言葉の力は別物と考えていると思います。しかし、認知科学、学習科学の研究の成果は、言葉の力が思考力の発達に大きな役割を果たしていることを示しています。言葉こそ思考の道具、思考するためにいちばん重要なものだからです。しかし、誤解しないでほしいのは、言葉が大切だといっても、ただ闇雲に語彙のサイズを大きくする、つまり知っている単語の数を増やせばいいわけではありません。

子どもは言葉の学習を通じて考える力を高めていきます。言葉の理解のプロセスには思考が存在します。人が知らない言葉に出会ったとき、人はその言葉が使われた文脈にある知っている言葉を手掛かりに、この新しい言葉は「きっとこういう意味だ」という推論をする。その推論の連鎖によって、はじめて新しく出会った言葉の意味を知るのです。

つまり、子どもが新しい言葉に多く出会うことは、たくさんの推論の連鎖を経験し、推論力、思考力を深めるということに他なりません。周囲にただ教わるのではなく、自分で意味を見つけた言葉をたくさん知っている子どもというのは、持てる知識を使って、新しい知識を生み出す練習、経験を重ねているということになるのです。

これからの時代を生きていく子どもたちは、そういった経験を重ねて思考力を深めておく必要があります。というのも、いまの社会は10年後にどうなっているのか、なにが主流になっているのかが誰にもわからないからです。いま現在主流のものを覚えても、それが10年後に使える保証はありません。

とはいえ、誤解してほしくないのは、決して知識が不要というわけではないということです。新しい言葉の意味を推論によって知るプロセスにもいえることですが、新しい情報に注目するにも、いま持っている知識というフィルターをとおしておこなうからです。

知識は必要です。でも、さまざまなことをただ覚えただけでは意味がありません。知識をどう使って新しい知識をつくり出していけるか、ということが大切なのです。まさにいま現在、過渡期にある日本の公教育ですが、それこそ学びの基本的な姿勢がつくられる幼稚園や小学校の学習は、そういう視点でのものが中心になっていってほしいですね。

科学が教える、子育て成功への道
キャシー・ハーシュ=パセック、ロバータ・ミシュニック・ゴリンコフ 著
今井むつみ、市川力 翻訳/扶桑社(2017)

■ 慶應義塾大学環境情報学部教授・今井むつみ先生 インタビュー一覧
第1回:我が子の「成功」を願う親が、絶対に伸ばしてやるべき子どもの“力”
第2回:小さな子どもが喜ぶ「デジタル絵本」に、実は“学びの効果”は期待できない
第3回:「コミュニケーション能力を重視しすぎ」な親が、犯しかねない過ちとは
第4回:家庭での学びが「アクティブ」で「プレイフル」になる、いちばんの方法

【プロフィール】
今井むつみ(いまい・むつみ)
慶應義塾大学文学部西洋史学科卒、慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程修了、ノースウェスタン大学心理学部博士課程修了。1993年より慶應義塾大学環境情報学部助手。専任講師、助教授を経て2007年より教授。専門は認知・言語発達心理学、言語心理学。とくに語彙(レキシコン)と語意の心のなかの表象と習得・学習のメカニズムを研究している。著書に『学びとは何か――<探求人>になるために』(岩波書店)、『言葉をおぼえるしくみ 母語から外国語まで』(筑摩書房)、『ことばの発達の謎を解く』(筑摩書房)など。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。