教育を考える 2018.2.28

【陰山英男の「教育論」第1回】どんな時代でも揺るがない “普遍的なチカラ” とは?

編集部
【陰山英男の「教育論」第1回】どんな時代でも揺るがない “普遍的なチカラ” とは?

2020年に迫る教育改革。センター試験に代わる新試験が導入され、小学校での英語教育もよりいっそう本格化していきます。

子どもたちを取り巻く教育環境が着々と変化し続けているこの時代。未来を生き抜く大人に育てるために、今から親として何をしてあげられるのだろう……。こんな思いを抱いている親御さまはいませんか?

そこで今回は、立命館大学教授・内閣官房教育再生会議委員・大阪府教育委員長などを歴任し、現在は一般財団法人基礎力財団理事長・NPO法人日本教育再興連盟代表理事などを務める、陰山ラボ代表の陰山英男(かげやま・ひでお)先生に、「これからの教育」について詳しくお話を伺いました。

変わりゆく時代の中でも、絶対に揺るがないもの。どんな時代でも通用する、普遍的なチカラ。これまで数々の “子どもの成長” を実現させてきた陰山先生のお話を通して、私たち親が本当に大切にすべきことが見えてきます。

「応用・活用」の負担が、子どもの成長のハードルを高くする

——本日はよろしくお願いいたします。まず、全国を飛び回り最前線で教育現場に触れてきた陰山先生は、いまの子どもたちを取り巻く学校教育の変化について何か感じているものはありますか?

陰山先生:
子どもたちの問題行動に関する統計を毎年秋に文部科学省が発表しているのですが、実は平成24年から一貫して悪化しているんです。非行が増えている、不登校も増えている、暴力問題も急増している。でも、あまり話題にされていない。子どもたちの基本的な状況が顧みられないまま、現場の教育が進んでいってしまっているように感じています。

特に最近は、「これからの時代は応用・活用だ」と言われていますよね。当然、学校でも、応用力や活用力を伸ばすために応用・活用の授業をするという流れになりつつあります。それは当然でもあるのですが、そのためには基礎がしっかりできていないといけません。しかし一部ではそれが顧みられていないような学校もあるようで、「漢字・計算のドリルは家で取り組んでください。学校では応用力を鍛えていきます」と言われた学校もあるらしく、驚いたことがあります。

プロ野球選手が、ファインプレーをするためにファインプレーの練習を1日中やっていたとしたら、どう思いますか? おかしいですよね。やはり基礎を固めなければ。

——……まったく本質的ではありませんよね。

陰山先生:
そうです。徹底した基礎基本が身についていて初めてファインプレーは生まれる。スポーツの世界ではそれが当たり前です。

勉強もそれと同じです。基礎基本がないまま応用活用の学習となれば、子どもたちとすれば苦しい。これが、子どもたちの問題行動が最近になって増えているひとつの理由になっていないかと私は心配しているのです。

子どもの知的好奇心を育てる3つのポイント
PR

どんな時代でも揺るがないもの

——「基礎基本」の重要性について、詳しくお話を聞かせてください。

陰山先生:
地方に行って小学生向けに授業をするとき、私がよく取り上げる歴史上の人物がいます。宇和島藩の “前原巧山(まえばら・こうざん)” という人物で、幕末に日本製の蒸気船を初めて海で走らせた人なんです。注目すべきは、彼が何年にそれを成し遂げたかという点。実は、1853年にアメリカのペリーが蒸気船に乗って浦賀に来航してからたった2年後の1855年のことでした。

この前原巧山、もともとの名を “嘉蔵(かぞう)” といいました。苗字も持たないただの町職人で、仏壇や提灯を作っていたんですね。

当時、宇和島藩の藩主だった伊達宗城(だて・むねなり)が、ペリーの黒船を目にして「宇和島の海に蒸気船が浮かんでいるのを見てみたい」と言ったのが事の発端です。蒸気船を作れそうな人間が宇和島藩の中にいないかという話になったんですね。技術者なんて当然いるはずもない。結局、最も手先が器用だった嘉蔵に白羽の矢が立ちました。

試行錯誤の末、嘉蔵は蒸気船の模型を作りました。藩主に披露したところ大喜びで、その場で名字帯刀を許されたのだそう。その後、ちょうど宇和島藩に滞在していた大村益次郎と一緒に長崎へ赴き、蒸気船の製造法を勉強します。そして宇和島藩へ帰り、1年少々で蒸気船を完成させ海に浮かばせました。

司馬遼太郎は本のなかで、このエピソードを「当時、嘉蔵が蒸気船を作ったのは、現代日本において宇和島で人工衛星を飛ばすようなものだ」と表現しています。

嘉蔵は科学の勉強をしていたのでしょうか? 違いますよね。寺子屋での基本的な読み書き計算の学習しかしていませんでした。でも、その基礎基本が徹底的に身についていたことで、こういった技術革新を実現できたと思うのです。

あるいは、鉄砲を使った戦いが行なわれていた戦国時代。当時、世界で鉄砲を最も量産していた国はどこでしょうか。実は日本なんです。鉄を高度に鋳造する技術を持った職人が、世界では琵琶湖畔の国友と大阪の堺の2箇所しかなかった。0.1ミリという精度で鉄砲の筒を製造したり、完全な真球の玉を大量に製造したりする技術は、当時日本にしかありませんでした。職人たちの基礎能力が優れていたからこそ、鉄砲の量産という応用的な技術を習得できたんです。

教育改革・学校改革うんぬんと取りざたされている今の日本ですが、“基礎基本が最重要” という根底の部分はいささかも揺るがないと、私は確信しています。基礎基本を徹底し、脳そのものが高機能で働ける状態をつくっておく。そうすれば、どんな改革がなされようとも、AIが来ようとも、大丈夫だと思いますよ。

どんな時代でも揺るがない “普遍的なチカラ”2

“勉強嫌い” に育ってしまう。努力・根性に頼るのはキケン!

——基礎基本は絶対に疎かにしてはいけないのですね。ほかに、お子さまの学習に関して親御さまが意識するべき大切なポイントはありますか?

陰山先生:
プロセスよりも結果を気にしてしまう親御さまは注意しましょう。子どもが持って帰ってきたテストを見たときに、“どこを間違えているか” よりも “何点だったか” に目が行ってしまってはいませんか? そして悪い点だったら、子どもを叱りつけてしまってはいませんか?

勉強とは、間違いを発見し、それを直していくこと。間違いそのものを叱っていたら、子どもは絶対に伸びません。別に間違えたっていいんです。堂々と間違えて、それを淡々と修正していく。勉強とはそういうものですからね。

結果ではなく、「今回はどの問題を間違えたんだろうか?」「以前教えた問題はちゃんと解けたのだろうか?」といった中身や過程に目を向けましょう。決して、子どもの間違いそのものをマイナス評価してはいけませんよ。

それから、努力根性に頼ることも要注意。ものすごく努力をしても良い成績をあげられなかったとします。でもがんばったからいいとなるでしょうか。違いますね。それって、もう未来がないって話です。さぼって悪いなら、次はがんばれってことになりますから、まだいいのです。

逆にいい加減な仕事ぶりに見えても、結果はすごいとなれば、それは本当の実力者ということになります。つまり重要なのは努力のしかたの合理性なのです。努力しても成果が出ない、それは基本的に方法が間違っているというだけのことなのに、努力重視ではそれが見えなくなってしまうのです。

時間をかけたほうが偉い。数をこなしたほうが偉い。こういう考えのもと勉強させていると、「勉強って結局のところ努力と根性なのね」と学習してしまう危険性があります。結果、要領がどんどん悪くなっていき、だんだんと勉強嫌いになっていってしまいます。

じゃあ、努力と根性は不要なのか。いいえ、そうではありません。効率的に勉強してもダメな場合もありますよね。どうしても時間のかかる場合。そんなときの最終手段として使うのが努力や根性です。そういう最後の切り札のために取っておくからこそ、努力根性は価値が出るのです。最初から努力根性一辺倒で勉強に取り組んでいたらすぐにダウンしてしまいますよ。

一生懸命やっているのに結果が出ない人は、勉強のやり方そのものが間違っているはず。正しい勉強方法を習得しない限り、いつまで経っても「努力しているのに結果が出ない人」のままです。できるだけ早いうちに矯正し、「できる限り努力をせずに要領よくこなせる」勉強方法を身につけさせてあげる必要があるのです。

どんな時代でも揺るがない “普遍的なチカラ”3

【プロフィール】
陰山英男(かげやま・ひでお)
1958年兵庫県生まれ。岡山大学法学部卒。学生時代はアナウンサー志望だったが断念。その後兵庫県で小学校教師となる。百ます計算を生み出した岸本裕史氏に師事し、その活用法から実践を広げ、そろばんからデジタルのまで新旧を問わない学習が評価される。2000年にNHKでその様子が報道され、『本当の学力をつける本』で50万部のベストセラーとなる。その実績で広島県尾道市立土堂小学校にて日本初の公募校長に就任した。以後政府の教育再生会議や文部科学省の中央教育審議会委員、大阪府教育委員長を歴任し、立命館大学教授を経て、現在は基礎力財団理事長、ドラゼミ総監修者。小学館の『徹底反復百ます計算』など、そのドリルは国内のみならず世界でも販売され一千数百万部売れている。

※第2回『“考える子ども” を育てる。集中速習力が身につく学習塾「スコーラ」とは?』へ続く