教育を考える 2018.5.12

子どもの五感を成長させるための「幼児の城」~建築から考えるまなび~

長野真弓
子どもの五感を成長させるための「幼児の城」~建築から考えるまなび~

お子さんが通う保育園や幼稚園を選ぶとき、その判断基準は教育方法であったり、通いやすい場所であったりすることが多いでしょう。もちろん建物が新しくて綺麗なのも魅力的ですが、その建物に「まなび・成長」の工夫が凝らされているかどうかまで見極める方は少ないのではないでしょうか。

「子どもたちにとって本当に必要なものは何か」を原点に、日本のみならず海外からも注目を集めている設計会社があります。今回は、楽しくまなぶ知恵がつまった魅力的な学び舎についてご紹介します。

お子さんの通っている幼稚園や学校を、改めて建築の観点から見てみると興味深いかもしれません。

デザインを通して子どものまなび・成長に貢献する「幼児の城」

「幼児の城」とは、日比野設計という会社が“みんなに愛される園舎を”という熱い想いで、その土地の特性と依頼者の願いを最大限に生かした世界に一つだけの学び舎を建てるプロジェクトです。小さなプレイハウスから園舎設計という大規模なものまで合わせると、これまでに国内外で500を超える実績があり、それらは海外でも紹介されています。

アジアのみならず、福祉先進国である北欧各国からも視察に訪れるというその理由は、建てる側が教育論に精通して、その知識が細かいところまでデザインに生かされているということ。実際、日比野設計のスタッフが、レッジョエミリア教育の学校視察のためイタリアに足を運ぶなど労力を惜しまず研究されている姿がブログにも綴られています。そんな努力の末に、今や子どものための空間では日本が最先端になりつつあるとまで言われているそうです。

数々の作品に多数の受賞歴があり、その中の一つ、キッズデザイン協議会(日本大手企業が参加するNPO団体)が主催する「キッズデザイン賞」の理念は、「子どもたちの安心・安全に貢献するデザイン」「子どもたちの創造性と未来を拓くデザイン」「子どもたちを産み育てやすいデザイン」の3つ。「幼児の城」はデザイン性だけでなくその先の「デザインを通して子どものまなび・成長に貢献する」姿勢とその実現が高く評価されているのです

子どもの知的好奇心を育てる3つのポイント
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「子どもたちにとって本当に必要なものは何か」を考えたデザイン

「子どもたちにとって本当に必要なものは何か」を常に念頭に、これまでの経験から得たものも含めて、園舎をデザインする際には8つの理念があるそうです。

これらを見ると、「子どものまなびと成長」のためにデザインが果たす役割は少なくないはず、と納得させられます。

Our Designing 1:シンプルであること
デザインをしすぎないようにしています。幼稚園は遊園地ではありません。

Our Designing 2:自然であること
太陽の明かりや自然の風で園舎が満たされることはとても大切です。エアコンや照明などの機械的設備に頼りすぎてはいけません。

Our Designing 3:トイレは明るく
トイレはできるだけ開放的な窓を設けて、光と風を感じることのできるデザインを心がけています。プライバシーを気にしすぎて閉鎖的にすると子どもたちはトイレを怖がって行きたくない場所になってしまいます。

Our Designing 4:ダイニングとキッチンは快適に
子どもたちに食はとっても大切なもの。気持ちのいい場所でみんなと食事ができること。そしてその食事は明るく開放的で清潔は場所で作れられていることが肝心です。

Our Designing 5:自然素材を使う
多くの園舎は大人の都合で汚れにくくするために化学的建材が多用されます。しかし、子どもたちに大切なのは汚れにくいことよりも快適かどうか。例えば肌さわりであったり香りであったり。自然素材の多くにはそれらが含まれており、園舎ではそうした素材を使用するべきです。

Our Designing 6:ケガを気にしすぎないこと
幼少期にケガから学ぶことはたくさんあります。だから幼少期には多少の怪我をしてもいいのです。過剰な安全配慮は危険回避能力を欠落させた大人に成長させる可能性があります。

Our Designing 7:段差は楽しい
ユニバーサルデザイン的観点では段差は嫌がられますが、幼稚園において段差はあるべきです。子供達は段差があるだけで遊ぶ要素になりますし、そうした遊びから基礎体力を養え、健康な身体が作られて行きます。

Our Designing 8:可変性がある事
建築は時代の変化に対応する必要があります。今の日本は少子社会でも30年後には再び子どもが増えるかも知れませんし、少子社会の50年後は必ず高齢者は少なくなります。時代が変わった時、建築も変化する必要があるのですが、建築の構造体や携帯を複雑にデザインしすぎていると可変性に欠けることがあります。だからある程度の可変性を考慮したデザインは大切であると考えています。

(参考元:日々の設計 幼児の城|幼児の城が考えること

これらの理念を実現した学び舎で過ごす子供達には、「運動量がアップした」「食べ物の好き嫌いがなくなった」など実際に変化があったことが報告されています。これは施された数々の工夫の成果と言ってもいいでしょう。

建築から考えるまなび2

子どもの五感を成長させるための実例

では次に評価の高い実例4つをご紹介します。

認定こども園 小浜こども園(長崎県雲仙市)

「幼児の城」の代表作とも言える園舎です。「遊びが自然に誘発される」というテーマで様々な仕掛けがちりばめられた開放的な建物となっていて、ここで過ごしている園児たちは、同年齢の子どもたちよりもはるかに多い運動量をこなしていることがデータで証明されたそうです。ゲームなどが普及し、安全面などの考慮からも室内で遊ぶことが増えた今だからこそ、安心して過ごせる園舎で体を存分に動かせることはとても大切になってきています。
(参考:幼児の城・園舎MOVIE
・第9回キッズデザイン賞/2015 グッドデザイン賞/九州建築選2015奨励作品2016 The A+Awards Kindergarten Finalist 幼稚園部門優秀賞(アメリカ)
・The IAI Design AWARD 2016 Best Excellence Award(中国)
<掲載メディア>Architizer(アメリカ)、Archdaily(アメリカ)、ARQA(アルゼンチン)、designboom(イタリア)

認定こども園 第一幼稚園(熊本県熊本市)

超可変性がテーマ。つまり、教室の仕切りをなくし、壁もできる限り開放できるなどオープンな設計がなされています。特に、雨が降ると園舎内中央に水たまりができるスペースは驚きと共に世界35カ国以上でメディアに取り上げられました。水たまりで遊ぶ楽しさに子どもたちは大喜び。これも自然にまなび、自然を楽しむ心が育まれる工夫の一つです。開放的なトイレも話題です。
第9回キッズデザイン賞/2015グッドデザイン賞/九州建築選2015奨励作品
・2016 The A+Award kindergarten Special Mention 幼稚園部門特別賞(アメリカ)
・The IAI Design AWARD 2016 Best Excellence Award(中国)
・The 2016 WAN AWARDS EDUCATION AWARD SHORTLIST 教育部門優秀賞(イギリス)
<掲載メディア>Architizer(アメリカ)、Spoon and Tamago(アメリカ)、designboom(イタリア)

ふたば保育園(奈良県大和郡山市)

工業地帯という環境にヒントを得て、「ものづくり」にまつわる発想力や創造力を育む環境の工夫がなされています。例えば、トイレでは手洗い場の給排水管をあえてむき出しにしてその仕組みを解説つきで見せています。室内はあえて工場っぽくし、オリジナルの遊具も備える凝り方。遊び心いっぱいの園舎となっています。
・2017 The A+Awards Kindergarten ファイナリスト 優秀賞(アメリカ)
<掲載メディア>Architizer(アメリカ)、ArchDaily(アメリカ)

心羽えみの保育園石神井台(東京都練馬区)

「子どもの感性を育む」をテーマに作られたこちらには、石神井の風景である「農」を伝えるために園庭に菜園を作り、栽培から収穫まで行います。「食育」はもちろん、野外活動による運動効果、自然に親しむことで創造力を育む効果が期待できます。“見て、触って、嗅いで、味わって、聴く”五感に働きかける環境です

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「壁面に装飾がなくてもそこに子どもがいれば、空間はカラフルになる。だったら、空間そのものを色とりどりにする必要はありません。それよりも子どもの五感を成長させるためにはどのような刺激を与えたら良いか、それを考えるほうが大事です」

子どもの頃の体験はその後の一生を左右します。だとしたら、子どもの頃に良い空間を知ることは大事。住宅ではしばしば手入れしやすい、傷つかない、汚れにくいことを良しとして内装を選びますが、子ども用の施設を設計する際には温もり、肌触り、香りなどを考え、基本、本物を使います

こう日比野氏は言っています。“大人の事情”よりも“子どものまなびと成長”を優先する優しい建物、環境は、確実に子どもたちの豊かな感性を育むに違いありません。

(参考)
日比野設計 幼児の城
interior-joho.com|株式会社日比野設計+幼児の城が第9回キッズデザイン賞9冠達成
KIDS DESIGN AWARD 2018
LIFULL HOME’S|世界で評価される子ども空間。幼稚園や保育園建築の魅力を聞く
eA|幼稚園設計の第一人者・日比野拓さんの聞く“子どものための空間”のつくり方。
ふたば保育園
SEISHIN PRESCHOOLS|心羽えみの保育園石神井台