夕飯の皿を見て、小学1年生の子が「とうもころし、たべる」と言います。「とうもろこし、ね」と返すと、黄色い粒を両手で持ったまま「とうもころし」ともう1度言って、にやっと笑いました。わざとなのか、まだ言えないのか、本人にもよく分かっていないような顔です。
入学して半年、音読の宿題をすらすら読み、「〜だからさ」と大人みたいな言い回しまで使うようになりました。それなのに、「とうもころし」だけは、まだ残っています。
思い返せば、もう聞けなくなった言葉はいくつもあります。「エレベーター」は「エベレーター」、「おくすり」は「おすくり」でした。保育園や幼稚園のころは毎日のように聞いていたはずなのに、いつの間にか正しく言えるようになっていて、最後に聞いた日がいつだったのかはまったく思い出せません。
「とうもころし」も、きっともうすぐ直ります。直るのは、嬉しいことです。ただ、とうもろこしをかじる横顔を見ていると、「あと何回、聞けるんだろう」と考えてしまいます。
目次
小学生になると、言い間違いは静かに消えていく。最後の1回は、いつも過ぎてから気づく
小学校に上がると、子どもの言葉は少しずつ整っていきます。授業で文字を習い、音読をし、先生や友だちと話す時間が一気に増えるからでしょう。直る瞬間に、親はたいてい立ち会えません。学校で言い直されたのか、教科書で正しい文字を見たのか、それとも自分でふと気づいたのかも分かりません。親に分かるのは、ある日「とうもろこし、ちょうだい」と言われて「あれ、言えるようになってる」と気づく、その瞬間だけです。
「最後にエベレーターって言ったの、いつだっけ」と考えてみても、なかなか出てこないものです。聞き流していたわけではありません。毎日聞いていた言葉だからこそ、「最後の1回」が特別な1回に聞こえなかっただけなのです。
記憶は覚えた直後に大きく薄れ、その後はゆるやかに減っていくことが分かっています。19世紀、意味のない音の並びを自分で覚え、時間をおいて覚え直す実験をくり返して、この変化を「忘却曲線」として示した心理学者がいました。(ドイツの心理学者、ヘルマン・エビングハウス) この曲線は、100年以上たってから行われた追試でも、おおむね同じ形で再現されています。(アムステルダム大学、ヤープ・M・J・ミュレ教授ら)*1
実験で使われたのは意味のない音の並びでしたが、日々の暮らしの記憶も、思い出すきっかけがなければ薄れていきやすいでしょう。言い間違いも、直った日から親の耳にはもう入ってこなくなります。思い出すきっかけが少しずつ減っていき、1年もたてば、そんな言い方をしていたこと自体がぼんやりしてしまうかもしれません。
写真を見返しても、言葉までは出てきません。写真には、とうもろこしを持った顔は写っていても、「とうもころし」の声は残っていないからです。
こどもまなびラボの「いつかふたりで笑えるように。子どもの思い出を残す3つの習慣」では、子どもの思い出を残す習慣を紹介しました。帰り道や寝る前に、その日のことを子どもの口から話してもらうと、あの日の記憶が残りやすくなるという内容です。*2 言い間違いも同じで、どこかに1度置いておけば、消えてしまう前に止めておけます。

直すのは自然なこと。だから、直りきるまでの時間を楽しむ
小学生になると、ノートに文字を書いたり、みんなの前で発表したりする場面が増えていきます。「とうもろこし、ね」と正しい言葉を教えるのは、毎日の暮らしのなかの自然なやりとりのひとつです。
「とうもころし」のような音の入れ替わりとは別に、ある音がほかの音に置き換わったり、ゆがんだりする構音(発音)の誤りもあります。こうした誤りには、成長とともに自然に整っていく可能性が高いものがある一方で、早めに言語訓練を始めたほうがよいとされるタイプもあります。3歳児健診で見られる構音の誤りについては、このように整理されています。(医療法人真樹会 宇高耳鼻咽喉科医院/徳島大学医学部耳鼻咽喉科学教室、青木俊仁氏)*3
聞き取りにくい音が多い、本人が話しにくそうにしているなど、気になる様子があるときは、学校の先生や自治体のことばの相談窓口に1度聞いてみると安心です。
そのうえで、教えることと、いまの言い方を楽しむことは、どちらか一方を選ぶものではありません。正しい言い方は、1度伝えておけば十分です。何度も言い直させなくても、学校で文字を習い、先生や友だちの言葉を聞いているうちに、ある日ふっと、正しい言い方に落ち着いていくものです。
教えてから直りきるまでの少しのあいだも、「とうもころし」はまだ食卓に出てきます。
教えたあとにまた「とうもころし」と言われても、もう1度直さなくてかまいません。笑って聞いておけば十分です。気が向いたら、家族のLINEに「今日も『とうもころし』だった」とひとこと送っておくのもいいでしょう。直る日が来ても、送った言葉は残ります。
こどもまなびラボの「誕生日に、子どもへ手紙を書く。10年後に渡すための『3行でいい』書き方」では、誕生日に子どもへ3行の手紙を書くことを提案しました。*4 その手紙の2行目は「今年よく言っていた言葉」なので、手紙を書く日にトークをさかのぼれば、1年ぶんの言葉が見つかるはずです。

教えた日も、教わってきた日も。「もし〜したら」を3つ決めておく
小学生になると、子どもの言葉には親だけでなく、先生や友だちもかかわるようになります。そのたびに迷わずにすむよう、次の3つだけ決めておきましょう。
| もし、こうなったら | こうする |
|---|---|
| 「とうもろこし、ね」と教えたのに、また「とうもころし」と言ったら | もう1度直さなくてかまいません。笑って聞いておけば十分です |
| 「先生がとうもろこしって言ってた」と教わって帰ってきたら | 「教えてもらったんだね」と受け止めます。得意げに話すその顔も、成長のひとこまです |
| 子どもが「とうもころし、ちがうの?」と聞いてきたら | 教えてあげましょう。「とうもろこし、だよ。でも、とうもころしも好きだったよ」と答えます |
どれも、直すのを止めるための決まりではありません。直りきるまでの時間を、親子で楽しむための決まりです。正しく言えるようになる日は、そう遠くないうちにやってきます。
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「とうもころし」がいつ直るのか、答えは分かりません。ただ、ひとつだけ分かっていることがあります。直る日はいつか来て、その日はたぶん、何でもない日だということです。「あと何回聞けるんだろう」と思ったなら、あなたはもう、この子の言葉を毎日よく聞いています。よく聞いているからこそ、消えてしまうのが惜しくなるのでしょう。
明日の朝、食卓でまた「とうもころし」と言われても、もう直さなくてかまいません。正しい言い方はもう伝えてあるので、あとは残りの「とうもころし」を、少しだけ楽しんでみてください。
FAQ(よくある質問)
Q. 小学生になっても、まだ言い間違いがあります。直したほうがいいですか?
A. 教えてかまいません。「とうもろこし、だよ」と伝えたり、「そうだね、とうもろこし、おいしいね」と正しい言葉で返したりするのは、自然なやりとりです。1度伝えておけば、何度も言い直させる必要はありません。音の入れ替わりとは別に、特定の音がうまく出せない、聞き取りにくい音が多い、本人が話しにくそうにしているなど気になる様子があれば、学校の先生や自治体のことばの相談窓口に1度聞いてみると安心です。教えたあとも、しばらくはいまの言い方を楽しんでかまいません。
Q. もう言い間違いがほとんどありません。楽しめる時間は終わってしまったのでしょうか。
A. 言い間違いが減っても、その子だけの言い回しは残っているものです。「ぜったいむり」の言い方や、友だちから覚えてきた流行りの言葉、家族のあいだだけで通じる呼び名など、いまの言葉にも、いましか聞けないものがあります。小学生の言葉は幼児のころとは中身が変わっていて、それもまた、あとから振り返る面白さになるはずです。
Q. 言い間違いのことを、本人に話してもいいですか?
A. 本人が笑って聞ける様子なら、話してもかまいません。ただ、「とうもころしって言ってたよね」と笑われると恥ずかしがる子もいるので、様子を見ながらにしましょう。大きくなってから「小さいころ、こう言ってたよ」と話すと、親子で笑える会話になるかもしれません。
(参考)
*1 Murre, J. M. J., & Dros, J. (2015)|Replication and Analysis of Ebbinghaus’ Forgetting Curve. PLOS ONE, 10(7), e0120644.
*2 こどもまなびラボ|いつかふたりで笑えるように。子どもの思い出を残す3つの習慣
*3 青木俊仁 (2021)|3歳児健診における幼児の構音の誤りに対する早期アプローチ. 小児耳鼻咽喉科, 42(1), 7-10.
*4 こどもまなびラボ|誕生日に、子どもへ手紙を書く。10年後に渡すための「3行でいい」書き方









