生まれる前は「健康であればいい」とだけ願っていたのに、子どもが成長するにしたがって、「もっと成績がよければ……」「スポーツが得意なら……」「友だちが多ければ……」「積極性があれば……」と、次から次に “足りないもの” を補おうとしていませんか?
どうして私たち親は、愛しいわが子に対して、常に「何かが足りない」と考え、より多くのことを求めてしまうのでしょうか。今回は、「パーフェクトチャイルド=完璧な子ども」を望んでしまう親の心理について考えていきます。
目次
親も子も苦しめる「パーフェクトチャイルド願望」とは
パーフェクトチャイルドという言葉を聞いたことはありますか? そのまま読むと「完璧な子ども」という意味ですが、教育社会学者の広田照幸氏の著書『日本人のしつけは衰退したか』(講談社)のなかでは、より具体的に、次のように定義されています。
- 子どもらしくのびのびとしている(童心主義)
- 礼儀正しく心優しいふるまいをする(厳格主義)
- よい成績を収め、よい学校、よい会社に進む(学歴主義)
これら3つの要素を兼ね備えている子どもが、いわゆる「パーフェクトチャイルド」です。しかし、ここで問題として取り上げられるのは、3つの目標をわが子に実現しようとして努力と注意を惜しまない「パーフェクトチャイルド願望をもつ親たち」のこと。
私たち親は、漠然と「勉強やスポーツで結果を出して、社会のマナーやルールを守り、かつ子どもらしい無邪気さも兼ね備えている」子どもこそが理想であると考えてしまいがちです。広田氏は、以前に比べてよりその傾向が強まっていると指摘します。
人格形成の側面を無視してわが子の学歴取得のみに狂奔する親もいないわけではないが、多くの母親たちは、「人格も学力も」という全方位型の教育関心を持っている。一昔前に戯画化されたイメージで語られた「教育ママ」というよりは、むしろ、以前よりもはるかに多くの母親が、パーフェクト・チャイルドを作り上げるべくパーフェクト・マザーを目指すようになった、というイメージの方が、事態を的確に示しているだろう。
(引用元:広田照幸(1999),『日本人のしつけは衰退したか』, 講談社.)
なお、完璧な子どもを求める概念として「デザイナーベビー」という言葉も登場しています。デザイナーベビーは遺伝子操作などの生殖医療技術を使って理想的な特徴をもつ子どもを「設計」しようとするもの。生まれる前の段階での介入を指します。
手段こそ異なりますが、根底には「親の理想を子どもに投影する」という共通の問題があり、いずれも子ども自身の個性や可能性を尊重できなくなるリスクをはらんでいます。
子育ての完璧主義を生む “不安” と “思い込み”
パーフェクトチャイルド願望、つまり子育ての完璧主義は、「子どもを完璧に育てなければならない」という親の不安が起因しています。そして、その不安を引き起こすのは、「一部のメディアや専門家の意見も影響している」と広田氏は指摘します。
たとえば、SNSで見かける「理想的な子育て」の投稿や、子どもの発達・教育に関する情報過多が、「自分の子育ては十分だろうか」「このままで大丈夫だろうか」という不安を煽ります。また、不登校やいじめ、ゲーム依存といった身近な問題が報道されるたびに、“子どものしつけは親の責任” という「脅し文句」に、後ろめたさや不安を感じる保護者も多いのです。
このように、ちょっとのミスも許されない、といった間違った認識が生じることで、親はますます不安になり、「子どもを完璧に育てなければ」と思い込んでしまうのです。
真面目な親ほど陥りやすい完璧主義
大阪人間科学大学教授で精神科医の原田正文氏もまた、「日本社会全体に、完璧を要求し、失敗を許さない雰囲気が強まっている」と言い、とくに真面目で優秀な親ほど完璧を目指しがちだと述べています。子育てには正解やマニュアルはないのに、マニュアルを求め、自分の価値観に合うマニュアルを見出し、そのマニュアル通りに「完璧」を目指して子育てをしているというのです。
「もっと適当に」「肩の力を抜いて」と言われても、自分の子どもに対する責任や、失敗を許されない厳しい視線を感じて、自分を追い込んでしまう真面目な親ほど、より「パーフェクトチャイルド願望」が強くなるというわけです。
過度な期待が子どもに与える悪影響
一方、親の理想を押しつけられることで、子どもにはどのような影響が及ぶのでしょうか。
神経・精神疾患を専門とする小児科医の古荘純一氏は、「親の要求や期待に応え続けるということは、子どもにとって、本来の自分を否定され続けること」だといいます。
本来の自分を否定され続けた子どもは、やがて成長後に情緒不安定になったり、頑張りすぎて途中で燃え尽きたりと、何かしらの不調を訴えることが多いそう。親の敷いたレールの上しか歩けなくなることで、進学や就職といった環境が激変するタイミングで変化に対応できず、不安障害やうつ病の発症につながることも。
このように、パーフェクトチャイルド願望が強い親に育てられることで、子ども自身が苦しんだり、親子関係が悪い方向へと進んでしまったりするケースもあるのです。
子育ての完璧主義から解放される「満月理論」
もし今、「パーフェクトチャイルド願望」や子育ての完璧主義にとらわれてしまっているのなら、次のように考えてみることをおすすめします。
『心が折れない子を育てる親の習慣』(KADOKAWA)の著者で精神科医の宮島賢也氏は、「世の中の親御さんのほとんどは、お子さんを『何かが足りない』という視点で見ています」と断言します。それをふまえて、先生のクリニックで治療の土台としているメソッドの礎となる理論『満月理論』について解説していきましょう。
満月理論とは? 子どもの見方を変える考え方
この『満月理論』は、月の形はもともと「まん丸」の満月であり、満月が勝手に形を変えて三日月になるわけではなく、地上から見上げる私たちの目にそのように見えるだけのこと、という前提を人間に置き換えた理論です。
私たちは心のなかで「Aさんはこんな人(だから好き)」「Bさんはこんな人(だから嫌い)」と認識しがちですよね。しかしそれは、AさんやBさんの一面しか認識していないに過ぎず、本当のAさんやBさんの姿ではありません。
つまり、そもそも三日月などはなく、もともとみんな満月である、ということ。この理論を子どもに照らし合わせてみましょう。
子どもはもともと完璧な存在
親は子どもへの愛情ゆえに、「わが子の欠けている部分をなんとか補わなければ」と思い、注意や指示・命令をたくさんしてしまいます。それはわが子に対して、未完成で欠けている存在だと間違った認識をしているから。しかし、わざわざ付け足してあげる必要はないのです。
宮島先生は、「本来どの子どもも、もともと満月なのです」と述べています。「勉強ができないから不完全」ではなく、スポーツや絵を描くことが得意だったり、または学校の教科以外のことで才能を開花させたりするかもしれません。ですので私たち親は、子どもがもっている才能やすばらしい一面を「引き出す」ことが何よりも大事なのだと覚えておきましょう。
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パーフェクトチャイルドを求めてしまうのは、子どもへの愛情や期待の大きさゆえ。しかしそれが過剰になってしまうと、子どもだけではなく親御さん自身を苦しめることにつながります。
「なにかが足りない」と補おうとするのではなく、「この子が得意なことはなんだろう」「本来持っている能力を引き出してあげよう」と視点を変えてみると、よりよい親子関係が築けるでしょう。
(参考)
広田照幸(1999),『日本人のしつけは衰退したか』, 講談社.
共栄大学研究論集|「完璧」を目指す選択と評価のはざまでー専業主婦の母親の子育て観を中心にー
日経DUAL|親の過剰な期待 子に取り返しつかない弊害もたらす
東洋経済オンライン|親が子を「欠けた月」と見るから不幸せになる