芸術にふれる/演劇 2018.9.15

「ドラマ教育」は子どもたちの主体的な学びに最適――本場・英米の動きから見る「ドラマ教育」の大きな可能性

「ドラマ教育」は子どもたちの主体的な学びに最適――本場・英米の動きから見る「ドラマ教育」の大きな可能性

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アメリカとイギリスで生まれ、いま、日本でもじわじわと広がりつつある「ドラマ教育」。その目的はどんなもので、どのような使われ方をしているのでしょうか。お話を聞いたのは、国内ドラマ教育のパイオニアとして活躍する東京都市大学人間科学部教授・小林由利子先生。本場であるアメリカとイギリスでのドラマ教育の現状から見えてくる、これからの可能性について伺ってきました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS)

虚構でありながらリアリティーのある「体験」になるドラマ

ドラマ教育とひと言で言っても、その手法を用いる相手や使い方によって、目的はさまざま。それこそ、アメリカでは移民教育や国語教育に使われてきたという歴史もあります。数多くの異なる人種、民族によって構成される国ですから、ひとつの国家として人々をまとめるために、社会教育が必要だったというわけですね。

一般的に1960年代のイギリスのドロシー・ヘスカットという人物によってはじめられたと言われている「ドラマ・イン・エデュケーション(DIE ※1)」では、「演劇は人生の縮図」だとして、「生き抜くための洞察力を高める」ことを強調しています。アメリカ留学時代のわたしの指導教官であるコウスティ教授も同じような考え方を持っていて、「リハーサル・フォー・ライフ」という言い方をしていました。いわば、「演劇は人生のリハーサル」ということですね。たとえば、ある物語の一場面を抜き出して「あるかもしれないこと」を想像し、より良い人生を歩むためのきっかけとする。これは、幼い子どもは遊びのなかで自然にやっていることですが、それこそ小学生以上の生徒や学生、大人の場合はドラマ教育でおこなう必要があります。

また、わたしのメンターのひとりであるイギリスのニーランズ教授は「参加者の価値観を変える」ことも重視していました。そのため、取り上げる題材の多くはいじめや人種問題、戦争など。そういった普段はあまり意識していないことを、ドラマを通じてリアルに感じさせる。参加者は、自分とはちがう人の人生を頭と体をとおして経験し、いろいろなことを自分のこととして考えるようになります。

ドラマというものは、たしかに虚構です。でも、参加者にとってはリアリティーがあるものなんです。そこに脚本というものがあっても、自分の体を動かしてせりふを口にすることで、参加者自身の「体験」になる。これは、他のやり方ではできないドラマ教育独特の特徴ですね。実際、それを経験した人は「ドキドキした」「本当に怖かった」という感想を口にします。ただ頭でわかったというものではなく、頭と体が一緒になった状態で体感し、新たな知見を得る体験になったのです。

(注釈)
※1:1960年代にイギリスで生まれたドラマ教育。学校のなかで教師によっておこなわれたドラマ活動がDIEと呼ばれる。一方、プロの劇団のアクター/ティーチャーズと言われる人たちによって学校等でおこなわれた活動はTIE(Theatre in Education)。

本場・英米の動きから見る「ドラマ教育」の大きな可能性2

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アメリカとイギリスでは学校以外の場に拡大中

少しでもドラマ教育について知っている人は、その発祥地であるアメリカやイギリスでは小学校や中学校、高校などでもドラマ教育が盛んだと思っている人もいるかもしれませんね。でも、残念ながら、じつは学校教育の場でのドラマ教育は縮小傾向にあります。

なぜかと言うと、いまのアメリカとイギリスの教育は、「バック・トゥ・ベーシック(基本に立ち返る)」という流れにあるからです。そうなると、まず削除対象となるのは芸術分野……。なかでも、音楽や美術よりも下に見られることが多い演劇が真っ先にその対象となってしまいます。日本の教育にも似たようなことが起きますよね? 詰め込み教育は駄目だとゆとり教育にしたら、子どもの学力が大きく低下してしまった。そしたらまた以前の教育に戻そうとする。良し悪しの問題ではなく、教育というのは常に振り子のように変化を繰り返すものなのです。

かつてのイギリスの学校ではドラマの授業が盛んだったのですが、現在は英語の授業のなかにドラマが位置づけられています。そこで、ドラマ教育の専門家は、なんとか生き残りをかけて、英語にドラマを取り入れると効果的だということを強調しています。こうして、学校教育の場でのドラマ教育は減っているのですが、一方でいまは別の場所で使われることがどんどん増えています。その場所とは、病院や刑務所、更生施設、それから美術館や博物館などです。

美術館での使われ方は面白いですよ。たとえば、絵のなかの人物と同じポーズを取って、その人になってみる。その人はなにを考えているのか、その先にどんな動きをするのか、その人が置かれているシチュエーションはどんなものかと考える。そうすることで、作者の意図をつかみ、より深くその作品を理解することにつながるというわけです。

そういう意味では、ドラマ教育が広がる余地はまだまだ残されていると思っています。日本では、現在、文科省が「主体的・対話的で深い学びの実現」を提起していますその具体的な方法として、ドラマを学校教育に導入できる可能性はあると思います。これからは、ただ教員が黒板の前に立って子どもたちに教える授業ではなく、子どもたち自身が主体的に考えたり、試したり、調べたりする参加型の授業が増えていく。それこそ、ドラマ教育がぴったりじゃないですか。

なにかを別のものに見立てる、誰かになり切って演じるというドラマ教育のアクティビティー(※2)は、創造的なプロセスを体験することそのものです。職業や年齢を問わず、誰にとってもすごく大事なことで、どんな分野のことにもつながっていくでしょう。ドラマ教育は、まだまだ大きな可能性を秘めたものだと思っています。

(注釈)
※2:「活動」の意。座学ではなく、具体的に体を使う学習法。一般的には、リゾート地などでのさまざまな遊びを指すことが多い。

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小林由利子 著/萌文書林(2012)

ドラマ教育入門
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小林由利子他 著/図書文化社(2010)

■ 国内ドラマ教育のパイオニア・小林由利子先生 インタビュー一覧
第1回:日本でもじわじわ広がる「ドラマ教育」ってなに?――「ドラマ教育」によって伸びる子どもたちの力とは
第2回:「ドラマ教育」は子どもたちの主体的な学びに最適――本場・英米の動きから見る「ドラマ教育」の大きな可能性
第3回:「ドラマ教育」を保育者養成に活かす――創造的な子どもを育てる力を養う「ドラマ教育」の効果
第4回:演劇は子どもの知性と感性を刺激する――「ドラマ教育」を家庭に取り入れ、子どもの知的好奇心を育む方法

【プロフィール】
小林由利子(こばやし・ゆりこ)
1956年5月27日生まれ、東京都出身。1982年、東京学芸大学大学院学校教育研究科修士課程修了後に渡米。イースタン・ミシガン大学大学院コミュニケーションと演劇学部子どものためのドラマ/演劇学科にて演劇教育について学ぶ。帰国後に東京学芸大学、川村短期大学での非常勤講師、川村学園女子大学の教授を経て、現在は東京都市大学人間科学部教授。ドラマ教育をとおして感性と表現力とコミュニケーション力を育成する保育者養成をミッションとして研究・活動する。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。