ドイツで生まれた「シュタイナー教育」の最大の特徴は、「子どもの発達に合わせて、そのときにもっともふさわしい教育をする」というもの(インタビュー第1回参照)。興味を持つ親御さんも少なくないはずですが、日本でシュタイナー教育をおこなう幼稚園は限られています。
そこで、その教育手法を家庭で生かすための方法を、東京賢治シュタイナー学校の幼児部教師・池田真紀先生と学校教師・鴻巣理香先生に教えてもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS) 写真/石塚雅人(インタビュー・校内撮影のみ)
記事冒頭画像:東京賢治シュタイナー学校 校内
子どもと一緒にまわりの大人も変わる
――長く幼児教育に携わるなかで、いまの子どもの特徴として感じることはありますか?
池田先生:
いまの子どもは「忍耐力」がちょっと足りないかもしれません。すぐに「答え」がほしくなる傾向が強いようです。いわゆる、「間」(ま)のようなものが短くなっているように思います。ただ、それは大人も同じではないでしょうか。
――知りたいことがあれば、ネット検索ですぐに答えが見つかる時代です。
池田先生:
そういう影響もあるのか、親御さんは子どもの「背景」をくみ取るのに苦労しているように感じるのです。子どもが「嫌だ」と言ったら、そのまま「嫌なのね」と受け取ってしまう。本当は、子どもは遊んでほしくてそう言っているのかもしれませんよね。
子どもが発信しているものの背後にある、見えない気持ちを察するには、「間」や「立ち止まる」ことが必要です。子どもは大人の姿を模倣しますから、結果的に子どもにも影響を与えているのかなとも思います。
――ネットの普及など社会環境だけではなく、親御さんの変化も影響している。
池田先生:
だからこそ、子どもとはどういう存在なのか、親御さんは学び、子育てを「練習」することが必要な時代なのかなと思います。でも、きちんと子育てに向き合えば、お母さんたちは大切なものをちゃんとつかんでいきます。そうすれば、子育てがもっと楽しくなる。そういうことを、当園に子どもを通わせる3年間で体験してもらいたいと考えています。
鴻巣先生:
親子が一緒に変わっていけることは、すごく面白いことだと思いますよ。家族にもいろいろ変化がありますよね。高齢になったおじいちゃんやおばあちゃんと同居するようになったり、下の子どもが生まれたり、あるいは引っ越したり。そういう変化のなかで、子どもを支えるまわりの大人も、子どもと一緒に育っていく。
大人が変わるのはたしかに大変です。でも、「この子のために一緒に頑張りましょう」というのがわたしたちのスタンス。家か学校か、どちらか任せではありません。そういう意味では、親御さんとのやり取りが多いことが、当校の大きな特徴かもしれませんね。
池田先生:
幼児部も、「預けて終わり」ではありません。「こういう部分は一緒に協力してほしい」「園ではこうしているからおうちではこうしてみましょう」と、親御さんとは頻繁にやり取りをしています。
子どもは「人をとおして」まわりの世界とつながる
――シュタイナー教育では、テレビや映像作品、CDなどを排除していると伺いました。それもやはり親御さんと協力しながらしているものでしょうか。
池田先生:
「排除」というと、ちょっとちがいますね。たしかにそれらは控えてほしいというのがシュタイナー教育のスタンスです。だけど、わたしたちは強制することはありません。最後に決めるのは、結局は親御さん。もちろん、「『ファンタジーの力(インタビュー第2回参照)』を育てるため」という理由をお伝えして、納得したうえで実践してほしいと思っています。でも、決して禁止事項が多い教育というわけではありませんよ。
鴻巣先生:
ただ、幼い子どもにそれらが必要なのかと大人がちゃんと考えれば、たいがい「いらない」と言います。子どもにテレビを見せている理由を聞くと、「ちょっと忙しくて」「静かにさせたくて」というもの。自分が「本当にいい」と思っているわけではないものを子どもにさせるのは、気持ちが良くないですよね。
子どもの発展を考えて、なにが必要なのか、大人になにができるかを考えなくちゃならない。なぜなら、大人が子どもの環境をつくり出し、大人自身も子どもにとっては環境だからです。その観点に立てば、わたしたちがただ「禁止」しているわけではないということがわかってもらえるはずです。
――とはいえ、誰しも子どもの頃に見て忘れられない絵本などがあるものですよね。コンテンツの持つ力も、子どもの成長にとって大きいものだと思います。
池田先生:
もちろん、一様に禁止しているわけではありません。ただ、幼い子どもに絵本を与える場合も、その年齢、発達に合ったものをきちんと大人が選んであげるべきでしょう。難しく考える必要はなく、繰り返しの多い内容で、なおかつお母さんが「これだったらいいな」と思うもので十分です。
図書館に行けば1回で20冊も借りられたりするものですが、そうではなくて、お母さんが本当にいいと思ったものをほんの2、3冊借りて、繰り返し読んであげる。そういう体験のほうが、多くの絵本に触れることより子どもの成長には重要なものです。
鴻巣先生:
「お母さんが一緒に読んでくれた」という体験が大切です。もしかしたら、大人になったときに、その情景は思い出としてははっきりと出てこないかもしれない。でも、大人になっても大好きな絵本があるということの下地には、そういう体験があるはずなのです。子どもは、「人をとおして」まわりの世界やものとつながるものですからね。
小さなよろこびの積み重ねが子育てへの意欲を育てる
――貴園の教育手法のなかで、家庭でも実践できることがあれば教えてください。
池田先生:
たとえば、子育て中の親御さんにとっておそらく身近な「おもちゃの片づけ」についていくつか提案できます。
いま、どの家庭にもおもちゃが多すぎるように感じます。まず、おもちゃを減らすことをおすすめしますね。たくさんあっても、子どもの本当のお気に入りは一部のはずです。そういうものだけを残して、あとはしまってしまう。「あのおもちゃ、どこいったの?」と聞かれたら、「いまは小人さんに預かってもらってるの」などと伝え、子どもに「ファンタジーの力」を発揮させましょう。
そして、片づけるときは、箱にごちゃごちゃにまとめてしまうのではなくて、それぞれのおもちゃの定位置にしまってあげる。電車のおもちゃだったら「ここが車庫」というふうに、おもちゃの「おうち」をつくってあげるのです。そうすれば、子どもはファンタジーの力で内面のイメージを膨らませながら片づけができるようになります。
――想像力を育てながら、ものに対する愛着も持てるようになる。
池田先生:
それぞれのおうちを用意してあげると、おそらく親御さんにも、たくさんのおもちゃが置けないことがおのずとわかってくると思います。しかも、量が減ると片づけが嫌なものではなくなる。数が限られているので、子どもと一緒に片づけるにしても嫌ではないですよね。
親が面倒だと思っていることは、子どもにも伝わるものです。子どもはしっかり親を見ているものですから、ものをボンと投げるようなことをすればすぐに真似をする。おもちゃの数が多くて大きな箱にまとめてしまっているような状況だと、親もどうしても乱暴に扱ってしまいがちです。
――最後に、子育てに奮闘する親御さんにアドバイスを頂けますか。
池田先生:
いまの社会で子育てをしていると、忙しい日々につい流されがちだと思います。でも、あたりまえですが、子どもの幼児期というのは絶対に戻ってこないもの。だからこそ、大事にしてほしい。
そのためにも、親御さんにはほっとできる自分の時間を1日に1回でもつくってほしいですね。その時間に、「あんな顔が見られてうれしかったな」「一緒に買い物に行けて良かったな」と、子どもとの出来事を振り返る。子育てって「大変」とばかり言われますが、そうではないはずですよ。そういう小さなよろこびを積み重ねることで、忙しくても大変でも「明日も頑張ろう!」と思えるのではないでしょうか。
右:池田先生、左:鴻巣先生
■ 東京賢治シュタイナー学校 インタビュー一覧
第1回:「点数」で子どもを評価しない――力強い意志を育む「シュタイナー教育」の本質
第2回:「模倣となりきり」で想像力が伸びる――感覚がフル稼働する「シュタイナー教育の1日」
第3回:お片づけに“小人さん”が登場!?――「豊かなイメージ」が日々の子育てにも生きる
第4回:1年生が「円形の席」で学ぶこと――シュタイナー教育が重視する「学びのベース」
【プロフィール】
東京賢治シュタイナー学校
1994年、30年以上にわたり公教育に携わった鳥山敏子氏が公立学校を退職し、天地人のつながりのなかに生きようとした宮沢賢治の生き方を理想として長野・美麻に若者のための学びの場「賢治の学校」を立ち上げる。その後、ドイツのシュタイナー学校の見学をとおして「子どものための学校」こそ必要だとし、1997年に東京・立川に拠点を移して前身である「東京賢治の学校」を創設。1999年に幼児部、2005年には高等部を開設。2013年より現校名となる。
池田真紀(いけだ・まき)(写真右)
東京賢治シュタイナー学校幼児部教師(クラス担任)。「古くならないいまの時代に合ったシュタイナー教育」を目指す。
鴻巣理香(こうのす・りか)(写真左)
東京賢治シュタイナー学校教師(1年生クラス担任)。「正直であるというところから人間は真の強さを生み出す」を信念とする。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。