テレビを見ている子どもに「そろそろ勉強しなさい」と声をかけたら、「なんで勉強しなきゃいけないの?」と返ってきた。「将来のためだよ」「行きたい学校に行けなくなるよ」と答えてみても、子どもの手はなかなか動きません。何と答えるのが正しいのか、親自身もわからないまま言葉を探しているのかもしれません。
受験勉強をテーマにした物語『手紙屋 蛍雪篇〜私の受験勉強を変えた十通の手紙〜』のジュニア版を刊行した、作家の喜多川泰さんへのインタビュー前編。学習塾で数多くの受験生を見てきた喜多川さんは、この問いへの答え方は子どもの年齢によって変わると言います。
前編のテーマは、「なんで勉強しなきゃいけないの?」と聞かれたときの答え方。小さい子と中高生それぞれへの向き合い方と、「あなたのためだよ」が子どもに響かない理由を聞きます。
取材・構成/こどもまなび☆ラボ編集部
【プロフィール】
喜多川泰(きたがわ・やすし)
作家
1970年、愛媛県生まれ。東京学芸大学卒業。2005年『賢者の書』で作家デビュー。著書に『手紙屋』『「また、必ず会おう」と誰もが言った。』(2013年に映画化)など。著書の累計発行部数は150万部を超える。2026年7月、『手紙屋 蛍雪篇〜私の受験勉強を変えた十通の手紙〜』のジュニア版を刊行。
目次
小さいうちは「いいから一緒にやってみよう」でいい
「なんで勉強しなくちゃいけないの?」と聞かれたときの答え方は、お子さんの年齢によって違うと思います。小学校の低学年や中学年ぐらいまで、できれば高学年もそうかもしれませんが、この時期には「理由がわからないと動けない」という状態を早めに作りたくないんです。理由がわからなければ動きたくない、ということがあまりにも早い段階で身についてしまうと、その後の人生で受けるデメリットはものすごく大きいと思います。
僕は講演会などで、よくバナナの話をします。バナナを食べたことがない人に「どんな味か説明してくれて、わかったら食べる」と言われたら、これほど難しいことはありません。
「甘くて、ねっとりしていて」という言葉だけでイメージして「だったら食べる」となるのは、まず不可能です。でも、口に入れてしまえば「ああ、これね」とわかります。やってみなければわからないことなのに、やる前に意味を聞いて、意味がありそうならやる。そういう行動基準を、幼いうちにはつけたくないのです。
だから小さい子に聞かれたら、「いいから一緒にやってみようよ」と誘えばいいと思います。この時期の子どもが勉強を嫌がるのは、今やっていることを止められるのが嫌だから、ということが多いんです。
テレビを見ているのに、ゲームをしているのに、それをやめて勉強しなさいと言われる。いざ始めてしまえば、勉強そのものを嫌がることは、あまりありません。

中高生には「自分で決めた目標だから、最後までやりな」
中学生ぐらいになると、やっぱり理屈が必要になってきます。中高生については、僕は「やりたくなければやらなくてもいいんじゃない」という前提を持っています。ただし、やらないことで起こることも、やったら得られることも、ちゃんと説明する必要があります。
塾に来る子は、最初は自分なりの目標を持ってやってきます。それが何かで挫折すると、「なんでやらなきゃいけないのさ」となる。そのとき僕は「最初に自分で目標を掲げて、やると決めたことだから、最後までやりな」と言います。
合格するかどうかではなく、自分が掲げた目標に向かってどれだけ自分ができるか。その経験がすごく大事なんです。将来のためだとか、収入や安定のためだとかは一切言いません。「君がやると決めたからやりな」と言うんです。

「あなたのためだよ」では、子どもは動かない
子どもたちは小さい頃から、「将来の夢は何?」「何になりたいの?」と、何になりたいか、何が欲しいかという問いばかりを聞いて育ちます。そこで大人は「勉強していれば、欲しいものが手に入りやすくなるよ」と説明したくなる。
でも、学問はそもそも、自己実現にあまり向いていないんです。実際、社会に出ると「勉強なんかしなくても、俺はここまで来た」という人もいます。僕は、学問は自分が身につけたものを使って誰かを幸せにしたい、世の中に還元したいと思ったときに、絶対に必要になるものだと考えています。
「お前のために言ってるんだぞ」と言われて頑張ったことがあるか、と子どもたちに聞くと、100人が100人とも頑張っていないんです。「あなたの将来のために」と言われて「自分のためなら頑張ろう」となった受験生を、僕は千数百人と見てきて一人も知りません。
だから、例えばとある難関大学に行きたいと言っていた子が「もういい」と言い出したら、こう話します。大事なのは挑んだかどうかで、合格したかどうかではない。挑まずにやめることを繰り返すと、それが癖になる。
そのとき一番つらいのは君じゃなく、君と一緒に生きる家族だ、と。「勉強してもしなくても、君自身の幸せはたぶん変わらない。でも、目標を掲げたときに本気で挑む人かどうかで、君の大切な人の人生は全然違うものになる」。そう話すと、多くの受験生が動き出します。
人間には、自分のためには頑張れなくても、他人のためなら頑張れるという本能があります。一人暮らしの大学生は、自分のためにはそれほど部屋を掃除しません。でも、気になる人に「明日、部屋に行っていい?」と言われたら、帰りに掃除用のコロコロを買って帰りますよね。

「なんで?」と聞く子が本当に欲しいのは「納得」
やらなきゃとは思っているのに手がつかない子が、あえて「なんで?」と聞くとき、欲しいのは自分を動かすに値する納得なのだと思います。でも、勉強しても、自分にとってのメリットは実はあまりないんです。大学に行かずに就職しても、幸せな人生は歩めますから。
乗り越えなければいけないのは、「いいからやれ」の部分です。「四の五の言わずにやれ」と、1日の中で自分に何回言えるか。それをたくさん言えている人は、嫌でも勉強できています。言えない人は、誰かに言ってもらいたい。
でも、言ってくれる相手が親だと「うるさいな」と返してしまう。本当は子どもも、それをわかっているのだと思います。
今は学校の先生が、子どもを動かす手段を一つずつ失っています。「いいからやれ」と言ってはいけない、高圧的な態度もダメ、「終わるまで帰さない」もハラスメントになる。
そうなると、残る手段は「夢はあるか、それが夢なら頑張れ」くらいしかありません。でも、モチベーションは継続には向かないんです。何かを続けたいなら、やるべきことを粛々とできる人になるしかありません。
「1日6時間」を目標にすると、6時間はやれない
僕が高校3年生のとき、進路指導の先生が「合格者は週の学習時間が50時間を超えている」と話していました。40年ほど経って、受験生の娘の学校説明会に行ったら、同じことを言っていたんです。
時間を目標にすると、高校生は「1日6時間やろう」と考えて、生活の中で2時間空く場所を探し始めます。帰ったら犬の散歩、そのあと外食、10時にはお風呂。見ていた番組が終わるのを待っていたら、もう6時間は入らない。結局、何もしないまま一日が終わります。
そうではなく、帰ってきたらすぐ「5分でいいからやろう」と始める。すると、気づけば1時間やっていた、ということが起こります。
始めたことをやめたくないから続ける。それが積み重なった結果として1日6時間になるのであって、6時間を目標にすると、かえってできなくなるんです。
やりたいか、やりたくないかに関係なく、やるべきことを粛々とやる。受験を通して身につける一番の能力は、それだと僕は思っています。
こういうことの力は、習慣として何年も続けた経験がないと実感できません。多くの人は、自分の中に眠る能力がある日一気に開花するようなイメージを持っています。
でも実際は、ほかの人から見れば「そんな小さなことを続けて何が変わるのか」と思うようなことを長年続けた結果として、誰もたどり着けなかった場所まで行くのだと思います。その経験をさせてあげることが、すごく大事なんです。

***
「なんで勉強しなきゃいけないの?」という問いに、喜多川さんはすぐに理由を返すことをすすめませんでした。
小さいうちは、理由を説明する前に一緒にやってみる。中高生には、自分で決めた目標と、自分の大切な人を思い出させる。子どもの年齢によって、親の答え方は変えていいのだとわかります。
「あなたのためだよ」と言いたくなったとき、一度立ち止まってみる。それだけでも、子どもへの声かけは変わってくるのかもしれません。
※後編では、子どもに自分で考えさせる問いかけ方や、「もっと楽な方法」を探す子が好奇心をなくしていく理由について聞いています。
【喜多川泰さん ほかのインタビュー記事はこちら】










