教育を考える 2020.4.10

「ダメでしょ!」と叱るのは意味がない。親子で問題解決をするための対話テクニック

長野真弓
「ダメでしょ!」と叱るのは意味がない。親子で問題解決をするための対話テクニック

子どもが悪いことをしてしまったとき、つい「だめ!」と叱ってしまいがちですよね。でもそれだけでは、子どもの問題はまったく解決されません。反抗心も手伝って、また同じことを繰り返してしまうことも。

家庭でのしつけのヒントにもつながる実践法が、アメリカやイギリスなどの学校、そして日本にも徐々に広まってきています。子育てのブレない柱となりうる「Restorative Practice(修復的実践)」から学んでみましょう。

加害者と被害者が対話。被害者の8割以上が満足する

“Restorative”の動詞形”restore”は「復元する・修復する」という意味。「修復的実践」とは、「コミュニティの中でいかに人間関係を円滑によりよいものにするか」を目指す社会科学理論です。

その目的は、よりよい社会の実現、犯罪など社会的弊害の回避と、それによる被害の修復と復元。つまり、「何か問題が起こったとき、当事者を含めた関係者全員が、納得するまで話し合うことで、問題解決を目指そうとする」こと。

その元となったのは、司法で使われる「Restorative Justice(修復的司法)」。修復的司法では、犯罪は加害者だけが悪いわけではなく、「地域社会に起きた害悪」であるというとらえ方をします。そして、被害者はもちろんのこと、加害者、それぞれの家族、地域の人々にとってプラスになるよう、その害悪を修復しようと考えるのです。実際に、米ミネソタ大学の調査では、犯罪の被害者と加害者が対話をすることで、被害者の8割以上が満足し、加害者の再犯率が約3割減少したのだそう。

この原理が欧米の学校教育にも取り入れられ、問題を起こした子どもへの懲罰の代わりに、対話で解決する方法の試行錯誤が修復的実践として始まったのです。

親子で問題解決をするための対話テクニック2

子どもの知的好奇心を育てる3つのポイント
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海外での「修復的実践」の取り組みとその効果

「修復的実践」は、オーストラリア、アメリカ、イギリスなどで実践が進められ、その効果が証明されてきました。

■オーストラリアでの修復的実践

対話を取り入れた「修復的実践」は、オーストラリアの学校教育に、1994年頃に初めて実践的に取り入れられました。その際の核となる方針は次のとおりです。

3つの原理、「尊重」「配慮」「参加」のもと、以下のような原則が設けられました。

5つの原則
  • 関係者はそれぞれみな変わりうる存在であるという認識
  • 人格尊重が基本
  • いじめによる弊害に耳を傾ける
  • 害されたものの回復に努める
  • 最終的には関係者全員がコミュニティに再統合され、より強い絆で結ばれることを目指す

 
この取り組みの実績が認定され、2000年代前半にはオーストラリア全土の学校で実験的に採用されるように。「学校コミュニティに安心感が増した」「恥ずかしい場面でもうまく対処ができるようになった」などの声が子どもたちからあがっており、その効果が認められています。

特にいじめは、被害者にとって本当につらい体験です。しかし、加害者となった子どもと納得するまで対話をすることで、もやもやとした気持ちが軽減され、場合によっては絆が強くなる――。最終的にクラスの雰囲気が変わるのです。

■アメリカでの修復的実践

オーストラリアで始まった試みを体系化したのが、元中学校教師のワクテル氏です。NPO団体を立ち上げ、修復的司法の原理を福祉、教育の場に応用すべく、概念化、組織化し、指導者育成を進めました。その結果、問題解決策としてだけではなく、コミュニケーションスキルを身につけるための人格教育として、最近では学校でのさまざまな話し合いの場などに取り入れられるようになっているそう。

その際、重要とされたのは、問題に対して、その場にいる全員が当事者意識を持つことです。まずは、教育者側(教師や親)が自分の感情を伝え、さらに子どもの感情を引き出し、ひとつの問題を共有することで有意義な話し合いにつなげます。それが最終的に、よりよいコミュニティづくりに貢献するのです。

子ども同士の対話だけでなく、教師や親までもが同じ目線で、同じ問題についてとことん話す。いつもは絶対的な存在である教師が「正直言っちゃうとさ、先生もね……」と腹を割って話してくれたとしたらどうでしょう? 子どもだって、「本音を言ってもいいんだな」と自分の気持ちを第三者に伝えることへの抵抗が少なくなりますよね。

■イギリスでの修復的実践

ヨークシャー州ハル市では、治安の悪化により地域コミュニティが崩壊し、学校も荒れていました。その中のひとつ、コリングウッド小学校に2004年新しい校長先生としてマクドナルド氏が赴任し、「修復的実践」の指導手法を取り入れると、2年後にはOfsted(教育監査局)による学校評価が、なんと最低から最高ランクにまで急上昇したそうです。

このとき、校長がまず教師たちに伝えたのは、「ポジティブで未来志向型の言葉づかいで学校を満たそう」。起こってしまったことをとがめるのではなく、「これからどうすればよいか」にフォーカスして考え、対話を促し、子どもの自主性を引き出したのです。この顕著な効果を受けて、ハル市内のほかの小中学校でも手法が取り入れられ、環境が大きく改善されました。

どのケースも、対話する機会を持つことで、前向きに考える力、対話力、問題解決力が育まれ、コミュニケーション力が着実に身についているのがわかります。人間力の基盤が築かれたのです。では、家庭ではどのような点に気をつければよいのかについて紹介しましょう。

親子で問題解決をするための対話テクニック3

「おやつ抜きよ!」は効果アリ?

まだ日本ではあまり知られていない「修復的実践」。でも、こうして見てくると、とても平和的・道徳的で理に叶っており、複雑な社会で生きていくための人間力を育んでいけそうですよね。日々起こりうる子どもの問題、トラブルに生かさない手はないはず。では、具体的にどういう点に気をつければいいのでしょうか。

家庭での問題解決の注意点ついて、アメリカ・オークランドのOakland Unified校での指導例がわかりやすいのでご紹介します。

<問題>「触ったらダメ」と何度も言われていたクリスマスのオーナメントを、子どもが触って壊してしまった
【関連性のない罰】「ダメだと言ったじゃない!」とおやつを抜きにする
【修復的実践】「壊れてしまったから、直しなさい」と元に戻させる

罰としての「おやつ抜き」の場合、オーナメントとおやつには何の関連性もなく、問題に対する論理性はありません。修復的実践の場合、修理するために大変な苦労をすれば、そのにがい経験により、次からは「気をつけよう」と直接の問題解決につながります。

修復的実践の過程ではさらに、親子で「なぜオーナメントを触りたくなってしまうのか」「壊すつもりじゃなかった」ことなど、子どもの気持ちを掘り下げてお互いが理解し合い、「今後はどうするか」の対策も決めることで、問題回避を図れる建設的な対話となります。

「ダメだって言ったでしょ! おやつ抜きよ」というフレーズ、身に覚えのある方も多いのではないでしょうか? そのほかにも、「静かにしてと言ったでしょ! もう今日はオモチャは買わないからね」なども同様フレーズですね。

子どもが何かよくないことをした場合は、以下のようなステップを踏んでみてはいかがでしょう?

  1. 「なぜ〇〇をしてしまったのか?」と子どもに質問する
  2. 子どもの気持ちや言い分を掘り下げて聞いてみる
  3. 「今後はどうしたらいいか?」と話し合う

 
このような対話をすることで、親がよくやりがちな「問題と関連性のない罰を与える」のを解決できるはずです。

***
この実践法の注意点は、「子どもとは対等な関係である」と言う意識を持つこと。上から目線で親の価値観や行動を押しつけると、失敗しがちです。同じ目線でひとつの物事に対処し、子どもの自主性を優先しながら問題を解決することで、自信がつき、自己認知力も高まります。ちょっとした親の心持ちや声かけの変化で、子どもは大きく変わりそうですね。

(参考)
Wikipedia|Restorative practices
ダイヤモンド・オンライン|【子育ての科学】子供を「叱る」のは意味がないって知ってた?
ウィキペディア|修復的司法
竹原幸太(2014),『対話と参加を基盤とする学校コミュニティ形成に見る道徳教育への示唆 ―ジャスト・コミュニティと修復的実践のアメリカ教育史的考察を通じて』,東北公益文科大学 総合研究論集 第25号.
山辺恵里子(2011),『修復理論における「正義」概念 ―関係性の構築と修復に主眼を置いた教育実践をめぐる議論を手がかりにー』,東京大学大学院教育学研究科紀要 第51巻.
OUSDNews|ONews-Edna Brewer Restorative Justice
Oakland Unified School District|Restorative Justice
Positive Discipline|The Wheel of Choice
東京都人権啓発センター|被害者と加害者の対話がもたらすもの 「修復的司法」で犯罪被害からの回復をめざす