2018.10.5

道徳教育の必要性とは? 「特別の教科」になった本当の理由

[PR] 編集部
道徳教育の必要性とは? 「特別の教科」になった本当の理由

道徳教育とは、主に学校で児童生徒の道徳性を育む教育のこと。学習指導要領の一部改訂により、2018年(平成30年)4月から「特別の教科 道徳」が全国の小学校で教えられるようになりました。教材を使ってそれぞれの「内容項目」に対する理解を充実させることにより、子どもの道徳的な心を養うようです。

道徳が教科として教えられるようになると、何が変わるのでしょう? 道徳の授業では実際に何が行われるのでしょうか? 今回は、「特別の教科 道徳」について詳しく見ていきます。

道徳教育の必要性

道徳教育は、なぜ必要とされているのでしょう。そして、なぜ道徳が「特別の教科」になったのでしょうか?

従来、小中学校では「道徳の時間」が週1回、教科外活動として設けられていました。2015年に学習指導要領が一部改訂されると、道徳は「特別の教科」(道徳科)として位置づけられるように。新たな学習指導要領は、小学校では2018年度から、中学校では2019年度から全面実施されます。

道徳が教科化に至った背景はいくつかありますが、そのなかでも大きいのが、松野博一・文部科学大臣(当時)の言葉を借りれば「いじめに関する痛ましい事案」です。

2010年代、中学生がいじめを苦に自らの命を絶ったり、少年らの暴行によって死亡したりといった事件が報道され、社会に衝撃を与えました。松野大臣はそれらを踏まえ、2016年に「『特別の教科 道徳』の充実が、いじめの防止に向けて大変重要である」というメッセージを発信したのです。

これまでの道徳教育は、読み物の登場人物の気持ちを読み取ることで終わってしまっていたり、「いじめは許されない」ということを児童生徒に言わせたり書かせたりするだけの授業になりがちと言われてきました。
現実のいじめの問題に対応できる資質・能力を育むためには、「あなたならどうするか」を真正面から問い、自分自身のこととして、多面的・多角的に考え、議論していく「考え、議論する道徳」へと転換することが求められています。

(引用元:文部科学省|いじめに正面から向き合う「考え、議論する道徳」への転換に向けて(文部科学大臣メッセージ)について(平成28年11月18日)

道徳が教科化された理由はほかにもあります。文部科学省が2013年に設置した「道徳教育の充実に関する懇談会」において、道徳は教科外活動であるために他教科と比べて軽視され、実際は「道徳の時間」にほかの科目の授業が行われていると指摘されたのです。道徳の教科化によって年間35時間の授業が確保されるようになり、この問題は解決されると考えられています。

以上のような理由で道徳教育の必要性が強く主張され、より効果的な教育が行われるよう、道徳が教科化されたのです。

道徳教育の必要性とは2

道徳教育の目標

2015年3月に告示された小学校学習指導要領(一部改正)によると、学校における道徳教育の目標は以下のとおりです。

道徳教育は、教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき、自己の生き方を考え、主体的な判断の下に行動し、自立した人間として他者と共によりよく生きるための基盤となる道徳性を養うことを目標とする。

(太字は編集部による)
(引用元:文部科学省|小学校 総則

そして、「特別の教科 道徳」における目標は以下のとおり。

道徳教育の目標に基づき、よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ、物事を多面的・多角的に考え、自己の生き方についての考えを深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育てる。

(引用元:文部科学省|小学校学習指導要領_特別の教科 道徳編

上記の目標を達成するために「特別の教科 道徳」で扱われる内容項目は、「4つの視点」としてA・B・C・Dに大きく分けられています。小学1~2年生に該当する項目を以下でまとめて紹介しますね。

A 主として自分自身に関すること

  • よいことと悪いこととの区別をし、よいと思うことを進んで行うこと。
  • うそをついたりごまかしをしたりしないで、素直に伸び伸びと生活すること。
  • 健康や安全に気を付け、物や金銭を大切にし、身の回りを整え、わがままをしないで、規則正しい生活をすること。
  • 自分の特徴に気付くこと。
  • 自分のやるべき勉強や仕事をしっかりと行うこと。

B 主として人との関わりに関すること

  • 身近にいる人に温かい心で接し、親切にすること。
  • 家族など日頃世話になっている人々に感謝すること。
  • 気持ちのよい挨拶、言葉遣い、動作などに心掛けて、明るく接すること。
  • 友達と仲よくし、助け合うこと。

C 主として集団や社会との関わりに関すること

  • 約束やきまりを守り、みんなが使う物を大切にすること。
  • 自分の好き嫌いにとらわれないで接すること。
  • 働くことのよさを知り、みんなのために働くこと。
  • 父母、祖父母を敬愛し、進んで家の手伝いなどをして、家族の役に立つこと。
  • 先生を敬愛し、学校の人々に親しんで、学級や学校の生活を楽しくすること。
  • 我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつこと。
  • 他国の人々や文化に親しむこと。

D 主として生命や自然、崇高なものとの関わりに関すること

  • 生きることのすばらしさを知り、生命を大切にすること。
  • 身近な自然に親しみ、動植物に優しい心で接すること。
  • 美しいものに触れ、すがすがしい心をもつこと。

 
それぞれの内容項目は「学習指導要領解説」内で詳細に解説されています。以下は、「A 主として自分自身に関すること」に分類される内容項目「よいことと悪いこととの区別をし、よいと思うことを進んで行うこと」についての一部抜粋です。

人として行ってよいこと、社会通念として行ってはならないことをしっかりと区別したり、判断したりする力は、児童が幼い時期から徹底して身に付けていくべきものである。それとともに、より積極的で健康的な自己像を描くことができるようにすることが大切である。

指導に当たっては、積極的に行うべきよいことと、人間としてしてはならないことを正しく区別できる判断力を養うことが大切である。また、よいと思ったことができたときのすがすがしい気持ちを思い起こさせるなどして、小さなことでも遠慮しないで進んで行うことができる意欲と態度を育てる指導を充実していくことが大切である。

(引用元:文部科学省|小学校学習指導要領 特別の教科 道徳編

学習指導要領解説は、分かりやすい言葉で丁寧に書かれたものです。教員だけでなく、保護者の皆さんも目を通してみてはいかがでしょう。「特別の教科 道徳」の目指しているものがイメージしやすくなりますよ。

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道徳教育の内容

「特別の教科 道徳」の授業では、実際にどのようなことが行われるのでしょう? まずは、道徳が教科外活動だったときの事情を確認します。

東京学芸大学は2010年から2011年にかけて、全国の小中学校1,514校の教員を対象に、道徳教育に関する調査を行いました。調査結果は、「一般校」と、地方自治体や文部科学省から「道徳教育の研究指定校」として選ばれた「指定校」の2つに分けて集計。

この調査によると、小学校における道徳の授業で最も多く使われている教材は「道徳用副読本」(一般校:97.0%。指定校:98.9%)、次に「心のノート」(同82.4%、79.1%)でした。ほかには「書籍・雑誌」(同39.5%、37.6%)「都道府県、市町村等の資料」(同31.1%、34.8%)など。

副読本とは、文部科学省や地方自治体、出版社が発行している、教科書に準じた書籍です。当時、道徳は教科ではなかったために検定教科書が存在せず、多くの授業では副読本が使われていました。

文部科学省発行の副読本として知られているのが『わたしたちの道徳』です。上で挙げた内容項目ごとにページが分けられ、「読み物部分」と「書き込み部分」で構成されています。「読み物」とは、物語や偉人の名言、コラムなど。「書き込み部分」には「あいさつをされたときの気もちを書きましょう」「お年よりには、どのようなことをするとよろこばれるでしょう」のような指示・問いがあり、書き込めるスペースが用意されています。

『心のノート』とは、同じく文部科学省が発行した副読本。これを全面改訂したものが、上述の『わたしたちの道徳』なのです。『心のノート』は全国の小中学校に送付されていたため、見たことがある人も多いでしょう。中には、道徳に関する読み物や、自分の気持ちについて書き込むページがあります。

東京学芸大学の調査結果において、道徳の指導方法として多く行われていたのは、「話合い(小集団やペアによる)」(同72.5%、76.7%)および「役割演技(ロールプレイ)・劇遊び」(同64.3%、71.0%)でした。教員の回答によると、小集団の話し合いで互いに意見を出し合ったり、インタビュー形式の役割演技が行われたりしていたようです。

さて、2018年度には、公立の全小学校において「特別の教科 道徳」が教えられるようになりました。それにともない、授業は検定教科書に基づいて行われます

2016年度の検定に合格した出版社は8社。たとえば東京書籍の1年生向け教科書は、「編修趣意書」によると、「読み物教材」と「学習活動ページ」で構成されたもの。読み物を通して子どもが考えた「道徳的価値」を「学習活動ページ」で深めるのだそう。「学習活動ページ」では、クラスメイトとの意見交換や発表のやり方が提案されています。この活動での発言内容や、子どもが教科書に書き込んだことが、教員による評価に利用できるそうです。

上記のような検定教科書を用いた「特別の教科 道徳」はどのような授業になるのでしょう? 学習指導要領には、道徳科について「自分の考えを基に話し合ったり書いたりするなどの言語活動を充実すること」と記載されています。学習指導要領解説における言語活動の説明は、以下のとおり。

話合いは、児童相互の考えを深める中心的な学習活動であり、道徳科においても重要な役割を果たす。考えを出し合う、まとめる、比較するなどの目的に応じて効果的に話合いが行われるよう工夫する。座席の配置を工夫したり、討議形式で進めたり、ペアでの対話やグループによる話合いを取り入れたりするなどの工夫も望まれる。

書く活動は、児童が自ら考えを深めたり、整理したりする機会として、重要な役割をもつ。この活動は必要な時間を確保することで、児童が自分自身とじっくりと向き合うことができる。また、学習の個別化を図り、児童の考え方や感じ方を捉え、個別指導を行う重要な機会にもなる。

(引用元:同上)

道徳的な話を読んだり聞いたりすることよりも、自分の考えをアウトプットすることが重視されているようですね。道徳の教科化にあたり、「考える道徳」「議論する道徳」になることが強調されています。

決まった答えのない道徳上の問題について、子どもが自らの考えを深め、クラスメイトと意見を交わすことで、自分なりの価値観を形成できそうですね。

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道徳教育の実践例

文部科学省は、「特別の教科 道徳」の授業作りに役立つ資料を掲載するWebサイト「道徳資料アーカイブ」を開設しました。同サイトでは、「考え、議論する道徳」の実践事例が紹介されています。

たとえば、熊本市教育委員会から提供された小学2年生の指導案は、『わたしたちの道徳』に掲載された物語を基にして、「素直に非を認めて謝ることの大切さ」について子どもに考えさせることを目指すものです。

指導案によると、子どもには「友達と仲よく活動しているが、時に、自分の立場が不利になりそうだったり、自分の思いがうまく伝えられず気持ちが高ぶったりしている場合は、自分の非をなかなか認められない」ことがあるそう。このような「分かっていても行動に移せないこと」に気づかせ、それを乗り越えたときの爽快感を実感させるため、役割演技を取り入れたことが評価されています。

以下の点が指導案の「ポイント」だとされています。

  • 登場人物が謝りたくてもできないと悩んでいることに気づくよう、隣同士で話し合わせる。
  • 素直に謝れなかった登場人物に共感できるよう、登場人物の気持ちを考えさせる。
  • 登場人物のその後を想像させ、役割演技をさせる。

 
なお、道徳教育が行われるのは道徳の授業内だけではありません。道徳教育は「学校の教育活動全体を通じて行うもの」であり、ほかの教科や特別活動などにおいても適切な指導が行われなければならないと、学習指導要領に書かれています。学習指導要領解説によると、道徳科以外での道徳教育については、以下のことに配慮するべきなのだそうです。

  • 国語科:互いを尊重しながら言葉で伝え合う力の育成は、道徳教育の基盤である。
  • 社会科:国や地域の歴史・生活を理解することは、伝統や文化の尊重につながる。
  • 算数科:筋道を立てて考える能力は、道徳的な判断力につながる。
  • 理科:栽培や飼育などの活動は、生命・自然環境を大切にする態度につながる。
  • 生活科:自然や自分自身に関心を持つことなどは全て、道徳教育と密接に関連する。
  • 音楽科:音楽による豊かな情操は、道徳性の基盤を養う。
  • 図画工作科:造形的な創造による豊かな情操は、道徳性の基盤を養う。
  • 家庭科:生活習慣の大切さを知り、自分の生活を見直すことにつながる。
  • 体育科:運動をとおして、粘り強さや協調性が養われる。
  • 外国語活動:言語や文化への理解は、世界の人々との親善につながる。
  • 総合的な学習の時間:多様な道徳的価値を含む現代社会の課題に取り組むことは、生き方を考えることにつながる。
  • 特別活動:集団活動や体験活動は、道徳教育に大きな役割を果たす。

 
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道徳教育の評価基準

道徳が教科になったということで、評価基準が気になる人がいるかもしれません。道徳科の成績は、通知表にどう反映されるのでしょう。また、中学受験や高校受験には関係するのでしょうか?

文部科学省によると、道徳は「特別の教科」であるため、数値での評価は行わないとのこと。また、入学試験で使用されることはなく、評価が内申書に記載されることもないそうです。

では、どのように評価するのかというと、「他人の考えをしっかり受け止めている」などの子どもが成長した様子を担任が見定め、「励まし、伸ばす」文章を書くのだそう。ほかの子どもと比較することはせず、「規則の尊重」や「家族愛」など、内容項目ひとつひとつを評価することもないよう定められています。

また、「中学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編」の作成に協力した富岡栄・准教授(麗澤大学)によると、道徳科における評価は他教科と異なり、目標に到達したかどうかを見るものではないそう。

このように、子どもの個性や成長に着目したポジティブな評価文であれば、それを読んで子どもが自信をつけられるかもしれません。

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道徳教育の問題点

これまで「特別の教科 道徳」について詳しく見てきました。さまざまな問題意識によって教科化に至った道徳ですが、多くの方がご存知のように、批判的な意見が少なくありません。何が問題とされているのでしょう?

最もよく聞かれる批判が、学校における道徳教育は「子どもに特定の価値観を押しつける恐れがある」というものです。2014年、東京弁護士会は道徳教育に関する意見書を公開しました。そのなかでは、「現行の道徳教育の問題点」として以下のようなことが指摘されています。

現行の道徳教育は、国家が学習指導要領により特定の価値観を「正しいもの」として設定し、子どもたちに提示するという内実を有している。こうした道徳教育は、「正しい」とされた特定の価値観を受け入れない子どもへの事実上の不利益評価をもたらすおそれがあり、国家による子どもたちに対する特定の価値観の受け入れを強制するものとなりかねない。

(引用元:東京弁護士会|道徳の「教科化」等についての意見書

特に、中学校の学習指導要領に記載された内容項目のうち、「日本人としての自覚をもって国を愛し」という部分が問題視され、以下のような懸念が表明されています。

自国を愛するかどうか、どのような内容の愛国心を有し、それをどのように表現するかは、個人の価値観に委ねられるべき事柄であり、愛国心を持つか否か、一定の内容の愛国心やその表し方について、国家により押し付けられるものであってはならない。「国を愛」することを単純に「善いこと・正しいこと」として公定する道徳教育は、個人の価値観に介入し、特定の価値観の受け入れを強制するものとなりかねない。

(太字は編集部による)
(引用元:同上)

上記の「日本人としての自覚をもって国を愛し」という部分は、2018年9月現在の学習指導要領にも引き継がれています。これは小学校の学習指導要領だと、5~6年生向けの内容項目「我が国や郷土の伝統と文化を大切にし、先人の努力を知り、国や郷土を愛する心をもつこと」に相当。学習指導要領にこのような内容を盛り込むことが、「価値観の押しつけ」だとして批判されているのです。

道徳教育の問題点は、ほかにもあります。それは、「特別の教科 道徳」において「考え、議論する道徳」が本当に実践されるかどうかは、教員の力量に大きく左右されてしまうこと。

2018年9月現在の学習指導要領は、道徳科に関して「多様な見方や考え方のできる事柄について、特定の見方や考え方に偏った指導を行うことのないようにすること」と定めています。そして学習指導要領解説においては、「考え方は一つではない、多様であるということを前提として理解する」「特定の価値観を児童に押し付けたり、主体性をもたずに言われるままに行動するよう指導したりすることは、道徳教育の目指す方向の対極にある」「一人一人の考え方や感じ方を大切にした授業の展開を工夫する」など、価値観の多様性が何度も強調されます。

しかし、このような多様性が授業内で保たれるかどうかは教師次第です。2018年4月に放送されたNHKの報道番組『クローズアップ現代+』は、小学校における道徳教育の事例を取り上げ、大きく注目されました。番組に登場したのは、杉並区のある小学校。道徳の教科化が始まる1年前から、試験的に道徳科を教えていたそうです。

その回の授業で使われたのは、文部科学省の検定に合格した教科書。扱われたのは「お母さんのせいきゅう書」という話です。「たかし」が母親に「お使い代」や「お掃除代」として500円を請求すると、母親は彼に500円をくれ、同時に自分からも請求書を渡します。しかし、母親からの請求書には「病気をしたときの看病代」「おもちゃ代」などが列挙されていたのですが、いずれも「0円」だったのです……。

この話をテーマに、授業内で話し合いが行われました。担任の先生が母親の気持ちについて考えさせると、子どもたちからは「私の宝物はたかしだから、お金なんてもらわないよ」「お金はいらないから、そのかわり、たかしの成長を見せてね」など、家族にお金を請求しないのは当然だという意見が次々と上がりました。

しかし、周囲とは異なる意見を言う児童もいました。「子どもっていいな。えらいことするとお金がもらえるから、私も子どもがいいな」――母親はお金を欲しがっている、という解釈です。それを聞いたクラスメイトたちは大笑い。先生は「でも、お母さんは0円の請求書を渡した。お金がほしい、いいなと思うんだったら……」と指摘。クラスメイトも、本当にお金が欲しかったら金額を書くはずだと先生に同意しました。

この児童の少数意見は、先生やクラスメイトによって否定されるかたちに。辛かったのか、泣いてしまいました。番組スタッフが話を聞くと、家事をしているのにお金をもらえない自分の母親を思っての発言だったそう。VTRを見た教育評論家の尾木直樹氏は、「無償の愛、それは家事労働」という決めつけについて「もっと多様化してて、柔軟になってもいい」と指摘。SNS上でも、教員が期待する意見しか認められないなどとして批判の声が上がりました。

一般的に、「授業」や「勉強」というと、すでに決まっている答えを先生が生徒に教えるもの。しかし、道徳科で重要なのは、多様な意見があるということです。その原則を担当教師が強く意識していないと、道徳科の目的に反してしまいかねませんね。

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道徳教育の歴史

このように、いくつかの批判を抱えつつも教科となった道徳。教科化が推進されたことにも、反対されたことにも、実は戦前の歴史が影響していたのです。

かつて、日本の学校では「修身」という科目名で道徳教育が行われていました。1890年に告示された「教育に関する勅語」は、家族愛や勤労など11種類の「徳目」を含んでおり、最も重要視されていたのは「愛国心」。徴兵の発令を受けたら喜んで応じるべきだ、などと考えられていました。

そして第二次世界大戦後、GHQの指令によって「修身」は廃止。衆議院では、「教育勅語」を廃止しなければ「明らかに基本的人権を損なう」などの決議がなされました。

しかし1958年、学校教育法施行規則が改正され、教育課程に「道徳の時間」が組み込まれ、「愛国心」も項目に含まれました。2006年には教育基本法が改正され、第2条に教育の目標として「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」が明記されたのです。

以上のような歴史を念頭に置くと、2015年の学習指導要領一部改訂によって道徳が教科になったことは、日本の道徳教育にとって非常に大きな意味を持つことが分かりやすくなると思います。道徳が教科として教えられるのは、戦前以来なのですから。

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世界の道徳教育

これまで日本における道徳教育を概観してきました。ところで、海外の学校では道徳教育が行われているのでしょうか。そうだとすれば、どのような授業なのでしょう?

文部科学省によると、英国のイングランド地域において道徳科目に近いのは「市民性(citizenship)」および「PSHE(Personal, Social, Health and Economic education、人格・社会性・健康・経済教育)」です。教科教育を専門とする今谷順重氏によると、「市民性」の授業が必修科目として導入されたのは2002年。12~16歳が対象です。「市民性」導入の背景には、以下のような要素があるそう。

  • いじめや暴力、不登校などの深刻化
  • 若い世代の政治的・社会的無関心の増大
  • 人種的・民族的不協和の高まり

 
英国政府の公式サイトによると、「市民性」の授業の目標は以下のとおり。日本の道徳科とはずいぶん異なるようです。

  • 英国の政治システムについて、充分な知識と理解を得る。
  • 法の役割と裁判制度について、充分な知識と理解を発展させる。
  • ボランティアなどの活動に対する関心を育てる。
  • 政治的な問題について批判的に考え、議論する技術を備える。
  • 日常の、および将来の必要に応じてお金を扱う技術を備える。

 
日本の道徳科により近いのは「PSHE」のほうだといえるでしょう。この授業は学習指導要領などによって基準が定められていないため、内容は学校によって大きく異なるそうです。学校教育を研究する舘林保江氏によると、イングランドで「PSHE」が導入された背景には、家庭や地域における教育力の低下があるそう。基本的な生活習慣などを教えることが学校教育に求められるようになったのだとか。なんだか、日本と似ていますね。

舘林氏は、2007年の現地調査で見学した「PSHE」の授業風景を紹介しています。ある学校の第2学年(6~7歳)で行われた「PSHE」は、「心配事への対応」をテーマとし、時間は20分間。まずはウォーミングアップとして、2~3分間のいす取りゲームが行われました。そして、先生が「今、自分はどんな気分なのか一言でみんなに伝えてみましょう」と促すと、多くの子どもは「Very happy.」「Excited.」とポジティブに答えたそうです。

次に、先生はその回のテーマが「心配事」であると発表して具体例を挙げ、自分の心配事についても考えるよう指示。子どもたちは隣の人との話し合いを経て考えをまとめ、一人ずつ発表しました。先生はその都度、肯定的なコメントをしたそうです。そして授業は、以下のように印象的な終わり方をしました。

 質問が一通り巡回し、教師はまとめとして、心配事は一人で抱えず、常に信頼できる家族や友達に話すこと、そして心配事には必ず解決策があることを強調した。最後に、楽しい雰囲気で終わるためにちょっとした遊びを行った。「何か心配しているときの自分の顔はどのようになっていますか? 表情を見せてください」と全員に“心配顔”をするように促した。「では、次に心配が解決したときの“ハッピー顔”をしてください」と呼びかけた。この“心配顔”と“ハッピー顔”を何度か繰り返し、クラスの雰囲気が明るくなったところで授業は終了した。

(太字は編集部による)
(引用元:ベネッセ教育総合研究所|イギリスの初等学校における社会的スキルの涵養と校内指導

舘林氏によると、「PSHE」では、子どもが自身の感情に向き合い、それを人前で話して共有されることが行われます。自分の感情と言動が他人にどう影響するかを考えられるように配慮されているのだそうです。

一方、お隣の中国では、どのような道徳教育が行われているのでしょう? 初等教育における道徳の科目は、小学1~2年生では「品徳と生活」、3~6年生では「品徳と社会」という名前です。

教育学の博士号を持つ那楽氏によると、小学校の道徳の授業で最も使われている教材は、人民教育出版社の教科書。1年生用の2009年版教科書には、「祖国は私の心の中に」「清潔をむねとする」「家族愛」「夏の注意事項」といったタイトルがセクションごとにつけられているそう。生活におけるルールや、愛国心・家族愛が取り上げられているあたり、日本と似ていますね。日本の道徳教育は、英国よりも中国に近いといえます。

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家庭における道徳教育

さて、ここまで学校における道徳教育を見てきました。もちろん本来、モラルというものは教師だけではなく、親からも子どもに教えるべきもの。私たちは何ができるのでしょうか?

文部科学省の中央教育審議会下で2004年~2007年に開かれた「豊かな心をはぐくむ教育の在り方に関する専門部会」において、学校と家庭・地域が連携して行う道徳教育について多くの意見が挙がりました。そのひとつが以下のようなものです。

子どもの心を豊かにするためには、幼少の頃から、語り継がれた昔話や童話を読み聞かせる、自分で読むようにするといった運動を進めることが大事ではないか。

(太字は編集部による)
(引用元:文部科学省|5.家庭や地域社会との連携

両親や祖父母が昔話を聞かせたり、子どもが自分で物語を読んだり、ということが、教育に効果的とのことです。たしかに、昔話や童話には、「悪いことをすれば、あとで自分に返ってくる」「正直な人にはよいことがある」などの教訓・メッセージが込められています。物語に触れることで、自然と「これはよい」「これは悪い」といった道徳的な基準を身につけられそうです。

「StudyHacker こどもまなび☆ラボ」では、連載「絵本読み聞かせコーチング」などを通して、親が子どもに絵本を読み聞かせることで生まれる数々の効果をお伝えしてきました。

たとえば、JAPAN絵本よみきかせ協会代表理事で絵本スタイリスト®の景山聖子氏によると、読み聞かせの際に「ピグマリオン効果」を利用すれば、「子どもを良い方向へと導く」ことができるそう。ピグマリオン効果とは、他者に期待をかけることにより、その人は期待に応えようとして優れた成果をあげる現象です。

例えば、おもちゃの取り合いをやめ、友だちと仲良く遊べる子になってほしいなら皆と譲り合って遊ぶ子どもの話を、一人で身支度ができる子になってほしいなら自分から進んで準備をする子どもの話を選びましょう。
そして絵本を読み聞かせてから、お母さんは子どもにこうなってほしいという思いを込めて「○○ちゃんみたいだね」と言い、後は子どもを信じ続けてください。
このプロセスを何度も繰り返すだけで、期待が現実化し、子どもの行動が変わっていきます。

(引用元:StudyHacker こどもまなび☆ラボ|100回叱るより1冊の絵本。「ピグマリオン効果」を引き出す読み聞かせで、幸せを現実のものに

また、子どもにさまざまな種類の絵本を与えることにより、子どもの「問題解決能力」を高められるのだとか。絵本には、大人にとって「下手」や「グロテスク」と感じられるものもありますが、「どんなものでも先入観なく受け入れる時期」に受け入れたものが多いほど、「人としての心の許容範囲」が大きくなるそう。また、絵本に書かれた多彩な言葉に触れることで、自分の感情・考えを他人に伝える方法を学べるとのことです。

そしてもちろん、人間関係においても、その効果は発揮されます。なぜなら、多様性に満ちた絵本のストーリーにふれることで、種々雑多な人々、自分とは違った考え方、今まで想像もつかなかった環境が、世の中にあることを実感するから。

その結果、固有の価値観に縛られ「一定のタイプの人としか付き合えない」のではなく、「様々な環境に育った、異なる性格の人々を理解し、ありのまま受け入れる」度量の大きさが育ちます。

大切なお子さんが将来出会うリスクの高い「人間関係の悩み」と無縁になるために、親のあなたが今できること。それが、幅広いテイストの絵を見せ、バラエティ豊かな絵本を読み聞かせてあげることなのです。

(引用元:StudyHacker こどもまなび☆ラボ|アドラー心理学に見る、幼少期の読み聞かせの効果。豊富な絵本体験で、将来の我が子を支える「問題解決能力」を

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日本の学校における道徳教育、外国の学校の道徳教育、そして家庭でできる道徳教育を概観しました。何を道徳とするか、どう教えるべきかという基準は、時代や地域、そして個人によって異なっているのですね。
その是非が議論されがちな「道徳教育」。ぜひ自分なりの考えを持っておきたいものです。

(参考)
文部科学省|道徳教育について
文部科学省|いじめに正面から向き合う「考え、議論する道徳」への転換に向けて(文部科学大臣メッセージ)について(平成28年11月18日)
文部科学省|小学校 特別の教科 道徳
文部科学省|小学校学習指導要領 特別の教科 道徳編
文部科学省|小学校 総則
文部科学省|小学校 総則(抄)
文部科学省|私たちの道徳 1・2年(52ページ~87ページ)
文部科学省|教科書編修趣意書 小学校 道徳(平成30年度検定)
文部科学省|道徳1年
文部科学省|「道徳」の評価はどうなる??
文部科学省|教育基本法
文部科学省|諸外国における道徳教育の状況について
文部科学省|5.家庭や地域社会との連携
東京学芸大学|道徳教育に関する小・中学校の教員を対象とした調査
東京学芸大学|道徳の内容の歴史
国立国会図書館|道徳の教科書・副読本・教師用指導書
NHK 解説委員室|「教科『道徳』初めての教科書検定」(時論公論)
NHK クローズアップ現代+|“道徳”が正式な教科に 密着・先生は? 子どもは?
道徳教育アーカイブ|素直に伸び伸びと
光村図書出版|質問7 道徳で求められる「評価」って、どんなもの?
東京弁護士会|道徳の「教科化」等についての意見書
J-STAGE|イギリスで導入された「新しい市民性教育」の理論と方法 : 人生設計型カリキュラムの構想
J-STAGE|中国の小学校低学年における道徳教科書の特質
GOV.UK|National curriculum in England: citizenship programmes of study for key stages 3 and 4
ベネッセ教育総合研究所|イギリスの初等学校における社会的スキルの涵養と校内指導
StudyHacker こどもまなび☆ラボ|100回叱るより1冊の絵本。「ピグマリオン効果」を引き出す読み聞かせで、幸せを現実のものに
StudyHacker こどもまなび☆ラボ|アドラー心理学に見る、幼少期の読み聞かせの効果。豊富な絵本体験で、将来の我が子を支える「問題解決能力」を