2018.10.30

幼少期における音楽体験の意味――「音楽という環境」を通し子どもの感性を伸ばす

幼少期における音楽体験の意味――「音楽という環境」を通し子どもの感性を伸ばす

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「子どもには情緒豊かな人間に育ってほしい」と、多くの親御さんが願っているはずです。そのために重要となるものといえば、やはり芸術でしょう。

その芸術のなかでも音楽による幼児教育研究を専門とするのが、高崎健康福祉大学人間発達学部子ども教育学科教授・岡本拡子先生。2018年4月に新たな幼稚園教育要領、幼保連携型認定こども園教育・保育要領、保育所保育指針が導入された背景、そして幼少期における音楽教育の意義とはどんなものなのかということについてお話を聞きました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS) 写真/玉井美世子(インタビューカットのみ)

「連続性」の視点で新たに示された「10の姿」

2018年に改訂・改定された幼稚園教育要領、幼保連携型認定こども園教育・保育要領、保育所保育指針では、新たに下記のような「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿(10の姿)」が示されました。

【幼児期の終わりまでに育ってほしい姿(10の姿)】

  1. 健康な心と身体
  2. 自立心
  3. 協同性
  4. 道徳性・規範意識の芽生え
  5. 社会生活との関わり
  6. 思考力の芽生え
  7. 自然との関わり・生命尊重
  8. 数量・図形、文字等への関心・感覚
  9. 言葉による伝え合い
  10. 豊かな感性と表現

これまで、幼児期の教育における保育の内容「5領域」と呼ばれるもので示されてきました。5領域とは「健康・人間関係・環境・言葉・表現」の5つ。ちょっとあいまいでわかりづらいかもしれませんね。ただ、それはあえてあいまいにしたからなのです。

5領域導入以前の幼稚園では、小学校の教科と対応しているような言葉で指針を示していました。「音楽リズム」や「言語」、「絵画製作」といった具合です。小学校の教科でいえば、それぞれ音楽、国語、図画工作に対応するということは、誰の目にも明らかですよね。

すると、「幼稚園は小学校の準備をする場所なのか」と一部から批判の声が挙がりました。幼児期の子どもは、小学生のように教科ごとになにかを学ぶわけではありません。子どもにとっては、歌でも砂場遊びでもあらゆる活動が学びです。そのため、小学校の教科に対応しないかたちの少々あいまいにも感じられる5つの観点から保育内容が示されてきました。

幼少期における音楽体験の意味2

ところが、今度は別の問題が出てきてしまいました。小学校の先生からすると、5領域と言われても、それがどんなものなのかわかりづらいのです。わざわざそうしたのですから、当然と言えば当然です。でも、現在の教育現場でその重要性が声高に叫ばれているのが連続性というもの。現在、日本の教育は、幼児期から大学まで共通した言葉で語り、一貫した教育をおこなおうとしているのです。

幼児期の保育内容が小学校の先生にとって理解しづらいものだということは、連続性という点からすれば大きな問題です。とはいえ、幼児期の教育はやっぱり5領域の視点からとらえたい。そうして、5領域の内容を誰もが理解しやすい言葉でさらに具体的に示したものが「10の姿だというわけです。

幼少期における音楽体験の意味3

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大人がやるべきことは子どもが学ぶための「環境」を用意すること

この「10の姿」のなかでいえば、わたしの専門は10番目の「豊かな感性と表現」にあたります。大学では声楽、大学院修士課程では音楽教育、そして大学院博士課程で幼児教育を学びましたので、幼児教育のなかでも音楽と表現や音環境に関わるものがわたしの専門です。

いま、保育現場にいる身として強く感じることはふたつ。ひとつは、いまの子どもの周囲にはものがあふれているということ。そして、もうひとつは同じように音があふれていることです。

いまの時代、いつもテレビがついていて、ゲームの音やさまざまな機械音が常にしています。本当の静けさはあえてつくらないとありません。ただ、人間の耳というものは都合よくできていて、聞きたくない音を脳の中でカットすることができます。

「ルビンのつぼ」はご存じでしょうか? 見方によって、向かい合っているふたりの顔にも、あるいはつぼにも見える絵です。人間は、見たいものだけを見て、見たくないものは背景に押しやっていくもの。それは、音においても同じことです。聞きたい音だけを聞いて、聞きたくない音は背景に押しやるので、騒音のなかにいても意外と平気なのです。

ところが、幼い子どもはまだそれがうまくできません。子どもにとってはあらゆる音が全部同じ圧力で聞こえるため、いまは子どもにとって非常にストレスフルな時代だと思います。

ではどうすればいいかというと、それは音を選ぶ」しかありません。見ていないときにはテレビは消すとか、あるいは逆に風や雨など自然の音に耳を傾けるとか、意図的に音を選ぶということを子どもに教えてあげてほしいのです。

幼少期における音楽体験の意味4

これは、ただ音によるストレスを軽減するためだけのものではありません。子どもの教育にもつながるものです。

暮らしのなかでストレスを感じる音というと、たとえばドアを乱暴に閉める音があります。そういう行為をする子どもって、どうでしょうか。ドアは静かに閉めて、ものを人に渡すときにもテーブルに「ドン!」と投げ置くのではなく、相手に「はい、どうぞ」と言って静かに手渡す子どもに育ってほしいですよね。音を選ぶということは、ドアの閉め方やものの扱い方などを通して子どもを教育するということでもあるのです。

このように、幼児期の教育というのは、ものや人など、周囲の「環境」を通しておこなうものです。砂場遊びをするなら、砂が環境です。そこに水という環境が加われば、子どもは泥んこになって遊ぶうちにお団子をつくれることに気づくでしょう。最初から「砂に水を入れてこうするとお団子ができますよ」と教えてはならないのです。知識や技術を教えるのではなく、子どもがものや人と関わるなかで自ら気づくことが本当の学びなのですから。そのため、大人がやるべきことは、子どもが学ぶための環境を用意してあげることだとわたしは考えています。

幼少期における音楽体験の意味5

赤ちゃんにとっての環境を例に挙げてみましょう。赤ちゃんは最初に口のまわりが発達します。だから、なんでも口に入れて舐めようとする。でも、口に入れてはいけないものもありますよね。そこで「これは口に入れちゃ駄目」とものを取り上げるのではなく、そういうものは最初から排除しておくのです。これも環境を用意するということです。

そして、「音楽も環境」のひとつです。ここでお伝えしておきたいのは、「音楽教育」と「音楽家教育」は別のものだということ。

音楽家教育はピアニストなど音楽の専門家に育てるための教育で、幼いころからフィギュアスケートを習わせるようなものですね。一方、公教育における音楽教育は音楽という環境を通した教育です。確かに音楽教育でも音楽の知識や技術を教えますが、それに重きを置いたものでは決してありません。歌を歌う、聴く、楽器や周囲のもので音を出すといった音楽を通して子どもの感性を磨くことを重視したもの——それが、子どもの成長に欠かせない音楽教育なのです。

幼少期における音楽体験の意味6

感性をひらく表現遊び―実習に役立つ活動例と指導案 音楽・造形・言葉・身体 保育表現技術領域別
岡本拡子 著/北大路書房(2013)
感性をひらく表現遊び―実習に役立つ活動例と指導案 音楽・造形・言葉・身体 保育表現技術領域別

■ 音楽教育のエキスパート・岡本拡子先生 インタビュー一覧
第1回:幼少期における音楽体験の意味――「音楽という環境」を通し子どもの感性を伸ばす
第2回:子どもの感性を育む「歌と五感」――幼い子どもの成長につながる歌ってどんな歌?
第3回:「手遊び歌」が子どもにもたらすもの――楽しく歌うことが「学びの姿勢」につながる
第4回:【年齢別おすすめ】子どもの想像力がアップする! 5つの「手遊び歌」

【プロフィール】
岡本拡子(おかもと・ひろこ)
1962年8月25日生まれ、大阪府出身。大阪教育大学大学院教育学研究科修士課程音楽教育専攻修了。聖和大学大学院教育学研究科博士後期課程幼児教育専攻満期修了。聖和大学助手、美作大学短期大学部講師などを経て、現在は高崎健康福祉大学人間発達学部子ども教育学科教授。大学在学中より幼稚園や小学校などで「歌のお姉さん」として活動。その後、子育てをしながら大学院で幼児教育を学ぶ。現在は保育者養成に携わりながら、幼児やその保護者を対象としたコンサートや保育現場でのコンサートをおこなうほか、子どもの歌の作詞・作曲を手がける、保育者研修の講師を務めるなど、幅広く活躍する。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。