2018.12.5

問題解決能力や共感能力を高める「シティズンシップ教育」。広く社会を見るための “3つの眼” とは?

編集部
問題解決能力や共感能力を高める「シティズンシップ教育」。広く社会を見るための “3つの眼” とは?

我が子に「立派な人間になってほしい」と願うのは、親であれば当然です。でも、「立派」とは何を指すのでしょう?

勉強ができて良い大学へ進学し、大手企業に就職することも、確かに「立派」ですね。しかし、どんなに優秀でも、社会の一員としての義務を果たそうとしなかったり、道徳的意識が低かったり、他者を尊重できなかったりするようでは、心配になってしまいます。

では、そのような意識は自然に身につくものなのでしょうか? 労働意識の低下や、積極的に社会と関わろうとしない傾向が見られるなど、現代を生きる若者はさまざまな問題に直面しています。そのようなニュースを目にするたびに、子どもの将来について漠然とした不安を抱えてしまう親御さんも多いはず。

今回は、子どものうちに身につけたい「社会性についてお話します。

「自分は社会の一員である」という意識をもつ

社会性を身につけるーー。普通に生活していれば自然と身につくんじゃない? と考えがちですが、世の中の決まり道徳的意識他者への敬意などを養うことは容易ではありません。それは長らく親の仕事として考えられていましたが、近年では小学校で「道徳」の授業が必修化になるなど、学校や社会全体で考えるべき重要な課題となりました。

そんななか注目すべきは『シティズンシップ教育』です。初めて耳にする方も多いかもしれませんが、イギリスでは必修科目にもなっているくらい重要な教育でもあります。

シティズンシップ(citizenship)は、日本では「市民性」と訳されます。「スポーツマンシップ」「リーダーシップ」など「~~シップ」は、「意識」「権利」「気質」というニュアンスであることから、『シティズンシップ』は「市民社会でいかに振る舞うか」といった概念であるといえます。

2002年に本格的にシティズンシップ教育を導入したイギリスの場合、社会に積極的に参加し、責任と良識のある市民を育てるための教育としてスタートしました。その結果、問題解決能力や価値観形成や人間関係の共感能力が高まり、自分への信頼感も増していくなど、たくさんの良い効果をもたらしたのです。

現在、日本の公民教育では、政治や経済の仕組みを学習するにとどまっています。しかし、イギリスのシティズンシップ教育では、そのシステムに参加するスキル考え方コミュニケーションについても学習するのです。

たとえば、社会の問題を解決するためにどこから情報を仕入れるか判断し、どのような手段を用いるのかどのようにして他者と合意形成を行うのかどのようにして相手を説得するのか、といった実際的な社会参加・政治参加を学習しているのです。

このように、アクティブ・ラーニングの見地からも大いに期待できる『シティズンシップ教育』。日本でも、ここ数年じわじわと広がりを見せており、御茶ノ水女子大学付属小学校や大阪教育大学付属池田中学校なども「市民科」の授業として取り入れ始めています。

問題解決能力や共感能力を高める「シティズンシップ教育」2

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日本にも広がるシティズンシップ教育「市民科」の授業

2006年、経済産業省は『シティズンシップ教育』を学校で普及させるための提言を行いました。

■経済産業省が定義する『シティズンシップ』

多様な価値観や文化で構成される社会において、個人が自己を守り、自己実現を図るとともに、よりよい社会の実現に寄与するという目的のために、社会の意思決定や運営の過程において、個人としての権利と義務を行使し、多様な関係者と積極的に(アクティブに)関わろうとする資質

その目的は、一人の市民として社会に貢献する姿勢を養うことのほかに、他者との適切な関係を築き、個性を発揮し、自己実現を行い、より良い社会づくりに関わるために必要な能力を身につける、というものです。

たとえば、すでに「市民科」の授業として取り入れている御茶ノ水女子大学付属小学校では、社会的論争問題を見る重要な視点としての「3つの眼」を育むために、ある課題にみんなで取り組みます。

■社会を見る3つの眼とは

  1. 社会には、一個人の工夫や努力で、できることとできないことがある
  2. 個人の利害と社会全体の利害は必ずしも一致しない
  3. だから世の中は、広い視野から社会を調整するしくみが必要であると共に、一人ひとりの工夫や努力が必要である

 
ここで論題の具体例をご紹介します。

  • もしもお茶小が火事になったら
  • あと30年で埋立地がなくなってしまう。東京をゴミの山から救うにはどうしたらいいだろう
  • 他県の友だちに東京らしいところベスト3を紹介しよう
  •  
    このようなテーマをもとにみんなで議論をするのですが、重要なのは「それぞれの立場の長所と短所を考えること」です。自分と同じ意見もあれば正反対の意見もある。さまざまな意見を聞き、話し合いを進めることで、広い視野で物事を見る訓練にもなりそうですね。

    問題解決能力や共感能力を高める「シティズンシップ教育」3

    シティズンシップの根底にある倫理観・正義感

    教育ジャーナリストの斉藤剛史氏によると、いじめ問題を考えるとき、この『シティズンシップ教育』が子どもたちにしっかりと根づいていることがわかるそうです。

    悲しいことに、日本だけでなく世界各国でいじめ問題は無くなりません。しかし斎藤氏は、「日本と海外ではいじめの傾向に違いが見られる」と述べます。

    たとえば、諸外国ではいじめが起こったときに間に入る「仲裁者」となる子どもが多い一方で、日本の場合はいじめを見て見ぬ振りをする「傍観者」となる子どもが多いといいます。また、いじめ問題への対応姿勢として、日本では「被害者救済」という視点が主流である一方で、他の国ではいじめをした “加害者” を繰り返し指導するという対応が中心です。

    この対応の根拠となっているのが『シティズンシップ教育』であると言われています。なぜなら、民主主義の社会を支えるためには、暴力などで他者の権利や安全を阻害することがあってはいけない、つまりいじめは社会を支える市民として許されない行為である、という教育が根底にあるからです。

    子ども一人ひとりの個性の違いはありますが、社会全体としてのルールやモラルをそれぞれがしっかりと理解し、実践することで社会秩序を守ることにつながります。

    「やっていいこと」「絶対にやってはいけないこと」「それはなぜ?」「ルールを守らないと世の中はどうなってしまうの?」……これらは教えなくても自然と身につくものではありませんよね。幼児のときは両親や祖父母など身内の大人が伝えるべきでしょう。

    では、学童期に入ったら教える必要はないのでしょうか? いえ、むしろ、より具体的かつ積極的に学ぶべきは、物事への理解が進むこの時期なのです。

    ***
    シティズンシップ』は、子どもたちがこれから社会に羽ばたいていくうえで、非常に重要で絶対に身につけなければならないものです。しかし、決して難しい問題ではありません。自分の身の周りの物事に目を配り、心を寄せ、真剣に考えて問題解決に向けて行動をする、という社会の一員としての意識を高めることが大切なのです。

    (参考)
    全国社会科教育学会|イギリスで導入された「新しい市民性教育」の理論と方法
    シティズンシップ教育推進ネット|シティズンシップ教育とは
    同志社大学 学術研究年報2008年|日本におけるシティズンシップ教育の可能性
    神奈川県立総合教育センター|「シチズンシップ教育」推進のためのガイドブック
    ベネッセ教育情報サイト|日本と海外のいじめ対策を比較 必修教科「シティズンシップ教育」とは