「お兄ちゃんなんだから、ちょっと待ってね」
夕方の台所で、下の子を片腕に抱いたまま、今日も言いました。上の子は「うん」と言って、絵本を持ったままソファに戻っていく。その背中に「あとで読むからね」と声をかけて、ミルクをつくり、お風呂に入れて、寝かしつけに入る。下の子の呼吸が深くなるのを待って、そっと寝室を出る。やっと、絵本の時間です。
ところが、リビングに戻ると、上の子は絵本を胸に抱えたまま、ソファで眠っていました。開いたままのページ。少し開いた口。昼間はあんなに大きく見えた体が、ソファの上ではまだ小さい。「もう寝ちゃってた」。絵本をそっと抜き取りながら、ふと思うのです。「最後に2人で出かけたの、いつだっけ」。
思い出そうとして、思い出せない。下の子が生まれる前、手をつないで歩いたあの公園が、ずいぶん遠くに感じられます。
この夜に覚えのある親は、少なくないはずです。上の子が「お兄ちゃん」になった日から、親の時間は2人から3人に分けられました。でも、その変化は誰にも宣言されません。「待っててね」「あとでね」が少しずつ増えて、気づいたときには、2人きりの時間がどこにも残っていなかった。そういう減り方をするのです。
目次
「待っててね」が増えた分だけ、2人の時間は静かに減っていく
下の子が生まれる前、上の子はひとりっ子でした。親の時間も、手も、目も、まるごと一人に注がれていた。こどもまなびラボの記事「ひとりっ子と過ごす、たっぷりとした時間」でも紹介したとおり、親の時間も物理的な資源もすべてが一人に注がれることは、ひとりっ子の育ち方の特徴のひとつだといいます。(国際基督教大学教養学部名誉教授、磯崎三喜年氏)*1 上の子は、その環境から、ある日を境に出てきた子です。
しかも、その移り変わりは、子どもにも親にも、はっきりした形では見えません。下の子の授乳、おむつ、寝かしつけ。ひとつひとつは数分の用事で、そのたびに「待っててね」と言うだけ。だから、減ったという実感がないまま、減っていきます。
そこで、1度数えてみてください。この1週間で、上の子と2人きりで過ごした時間は、何分あったでしょうか。「2人きり」の条件は、下の子がその場にいないこと、そして親の目と耳が上の子に向いていること。下の子が隣の部屋で寝ている間に絵本を読んだ時間は、親の耳が隣の部屋を向いているので、ここでは数に入れません。
数えてみると、ゼロ分、という答えが出ることがあります。それは、あなたが上の子を後回しにしたからではありません。乳児を抱えた家の1週間は、そういう構造になっています。

「上の子にだけ、きつくなる」のは、冷たい親だからではない
「お兄ちゃんなんだから」と言ったあとで、寝顔を見て胸が痛む。下の子には出ない強い声が、上の子にだけ出てしまう。そして「同じようにかわいいはずなのに」と、ひとりで飲み込む。
じつは、この痛みは、研究でも取り上げられています。
📖 研究でも、こう言われています
就学前の子どもを育てるフィンランドの母親63人に、「口にしてはいけない」と感じている感情を書いてもらった研究があります。母親たちが罪悪感を抱いた場面を分析したところ、その多くは、母親と子どもの望むことが食い違う場面だったと報告されています。なかには、赤ちゃんと上の子を同時に見ていると、赤ちゃんをかばう気持ちが強くなり、上の子に腹を立ててしまう、という記述もあったそうです。(フィンランド家族連盟人口研究所所長・研究教授、アンナ・ロトキルチ氏ら)*2
下の子を抱いている腕と、上の子に伸ばしたい腕は、同じ一本の腕です。ぶつかる場面が出てくるのは、無理のないことです。だから、上の子にだけ強い声が出る夜があっても、それはあなたが冷たい親だからではありません。2人分の「待っててね」を、一人の体で引き受けているからです。胸が痛むのは、上の子と過ごしたかった時間を、あなたが覚えているから。それは弱さではなく、愛情の側にある感情です。
もうひとつ、下ろしていいものがあります。「2人に同じだけ」という目標です。きょうだいへの親の関わり方の違いは、研究の世界でも長く調べられてきたテーマです。米国の381家族で、10代のきょうだいとその両親を3年間追った研究では、子ども自身がその違いをどう受け止めているかが、親子関係のあたたかさと関連する傾向が報告されています。(米ブリガムヤング大学教授、アレクサンダー・ジェンセン氏ら)*3 こどもまなびラボの記事「きょうだいを同じようにほめられなくて大丈夫。比較より大事な「縦の視点」」でも、きょうだいに同じように関われない自分を責めなくていい理由を紹介しています。*4 乳児と幼児に、同じ時間を同じ形で配ることは、そもそもできません。
目指すのは「同じだけ」ではありません。上の子と2人きりの時間を、ゼロのままにしないこと。それだけです。
短い時間でかまわない。「上の子の日」をつくる
そのために、ひとつだけ決めごとをつくります。名前は「上の子の日」。大事にしたいことは3つです。
- ✓ 先に日付を決める。親のカレンダーに書いておく(「次の土曜の午前」など)。間隔は家庭のペースで決め、中身はあとから決める
- ✓ 短くていい。長くしなくていい。近所のドーナツ屋、図書館、いつもの公園で充分
- ✓ 下の子は預ける。パパ、祖父母、一時保育。「下の子が寝ている間」は、上の子の日に数えない
間隔は、家庭のペースで決めてかまいません。決まった頻度にこだわると、預け先への頼みごとが重くなって、途中で途切れやすくなるからです。先に日付だけを決めるのは、「何をするか」から考え始めると、計画の段階で親が疲れてしまうから。中身は、上の子に選ばせても、親が決めても、どちらでもかまいません。
短くていいのも、同じ理由です。遊園地や泊まりがけにしなくていい。むしろ、短いほうが続きます。ドーナツを1個ずつ食べて、帰り道に寄り道をして、それで充分。上の子に残るのは、行き先や長さではなく、親の目が自分だけに向いていた時間のほうです。
そして3つ目が、一番大事な条件です。下の子は、その場にいないこと。親の目と耳が下の子の泣き声に備えていない状態で、上の子の話を最後まで聞く。それができるのは、物理的に下の子がいないときだけです。預け先が見つからないときは、無理に決行しなくていい。その日は見送って、また別の日に回してください。
毎回きちんとできなくてかまいません。しばらく空いてもいい。「上の子の日」は、守れなかったときに自分を責めるための約束ではなく、2人きりの時間がゼロのまま月日が過ぎるのを防ぐための、ただの目印です。

2人になったら、ひとことだけ。「今日は、お兄ちゃんじゃなくていいよ」
当日、下の子を預けて、玄関を出て、手をつないで歩き出したら、ひとことだけ言ってみてください。
「今日は、お兄ちゃんじゃなくていいよ」
お姉ちゃんなら、「お姉ちゃんじゃなくていいよ」。それだけです。
「べつに」と返ってくるかもしれません。何も言わずに、手を引っぱって歩き出すだけのこともあるでしょう。それで充分です。このひとことは、子どもに何かを起こさせるための言葉ではなく、親であるあなたが自分に向けて言う確認でもあります。今日は「お兄ちゃん」と出かけに来たのではない。下の子が生まれる前から知っている、この子と出かけに来た。そう、自分に言い聞かせるためのひとことです。
ここで、ひとつだけ手放してほしい期待があります。「上の子の日」をつくると上の子が下の子にやさしくなる、赤ちゃん返りが減る、そういう効果を期待しないで出かけてください。期待してしまうと、その日が「何も変わらなかった」で採点される日になってしまうからです。採点しない。ただ、2人で少し歩いて帰ってくる。それだけの日として、持っていてください。
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「お兄ちゃんなんだから、待っててね」と言った日も、絵本を抱えたまま眠った上の子をそっと寝室に運んだ夜も、どちらも、あなたが2人の子どもを一人の体で抱えて過ごした日です。待たせた回数を数えて、自分を責める必要はありません。
ただ、今夜、子どもたちが寝たあとに、カレンダーを開いて、近いうちのどこかに小さく丸をひとつ書いてみてください。中身はまだ決めなくていい。その丸が、「最後に2人で出かけたの、いつだっけ」の、次の答えになります。
FAQ(よくある質問)
Q. 下の子を預けられる人がいません。それでも「上の子の日」はできますか?
A. 預け先がないときは、延期でかまいません。パパと交代する、祖父母に少しの時間だけ頼む、自治体の一時保育を調べる。それでも無理なら、「上の子の日」は親のカレンダーにだけ書いておき、上の子には前日まで予告しないでおいてください。約束していなければ、延期しても壊れるものはありません。
Q. 上の子が「下の子も一緒がいい」と言います。2人きりにこだわるべきですか?
A. 上の子がそう言うなら、3人で出かけてかまいません。「上の子の日」は、親が上の子を2人きりに誘う日であって、2人きりを強いる日ではありません。上の子が選んだのなら、選ばせたことがその日の中身です。また別の日に、もう1度誘ってみてください。
Q. 何をすればいいのか、思いつきません。
A. 特別なことはいりません。近所のパン屋でひとつ選ばせる、図書館で借りる本を一緒に選ぶ、いつもの公園でブランコを押す。下の子がいると途中で切り上げていたことを、最後までやる。それだけで充分な時間になります。迷ったら、上の子に「どこ行く?」と聞いて、出た答えに乗ってください。
Q. 下の子にも「下の子の日」をつくるべきですか?
A. いまはまだ必要ありません。乳児期の下の子は、毎日、親の時間を一番長く受け取っていることが多い側です。下の子が大きくなって、「待っててね」と言われる側に回ったら、そのときに「下の子の日」をつくってください。順番は、いま待たされているほうが先です。
(参考)
*1 こどもまなびラボ|ひとりっ子と過ごす、たっぷりとした時間——たった一人と向き合える「贅沢な時期」の過ごし方
*2 Rotkirch, A., & Janhunen, K. (2010)|Maternal guilt. Evolutionary Psychology, 8(1), 90-106.
*3 Jensen, A. C., & McHale, S. M. (2017)|Mothers’, fathers’, and siblings’ perceptions of parents’ differential treatment of siblings: Links with family relationship qualities. Journal of Adolescence, 60, 119-129.
*4 こどもまなびラボ|きょうだいを同じようにほめられなくて大丈夫。比較より大事な「縦の視点」









