あたまを使う/教育を考える/本・絵本/英語 2018.6.28

幼少期の絵本体験は学力向上の源? 外国文学への招待状「子どものための英語の名作絵本」

吉野亜矢子
幼少期の絵本体験は学力向上の源? 外国文学への招待状「子どものための英語の名作絵本」

小さなお子さんをお持ちのご両親だったら、お住まいの自治体から「ブックスタート」で絵本をもらった方も多いでしょう。でも、小さな子供に本を贈るこのシステムが、イギリスで誕生したものだと言うことを、ご存知の方は少ないかもしれません。

ブックスタートの起源はイギリス? 教育学者による追跡調査と共に

1992年、ロンドンに本拠を置くチャリティ団体「ブックトラスト」は、バーミンガム市で幼い子供たちに本を贈る試みを始めました。最初に本を送られた赤ちゃんはわずか300人でしたが、この試みから様々なことがわかりました。

というのも、主催したブックトラストは、単に子供たちに本を贈るだけではなく、バーミンガム大学の二人の教育学者に学術的な追跡調査を依頼していたからです。

ブックトラストの研究を手がけたバリー・ウェイド教授とマギー・ムーア博士は、その後何年にもわたって、子供と本の関係についての追跡調査を行っています。そのうちの一つ、2000年に発表された論文をご紹介しましょう。

生後9ヶ月時点でブックスタートにより本を贈られた子供たちが、8歳時点で受けたナショナルカリキュラム標準アセスメントタスクテスト(Standardised Assessment Tasks、通称SATs)の結果を分析したものです。

SATsは、イギリスではすべての子供が受けるべきとされているテストで、ちょうど我が家では下の子供が受けたばかりです。小学校2年生の終わりと、6年生の終わりにあるテストですが、ここで子供たちの成績が低迷すると学校の教え方に問題があるとされますから、先生も本気で教えますし、子供達も真剣です。

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幼少期に本を贈られることの大きな意義

ウェイド教授とムーア博士は、ブックスタートで本を受け取った子供と、受け取らなかった子供を、注意深く性別や家庭状況などで組み合わせ、2つのグループを作りました。

そして比較した結果、スペリングや読解だけでなく、算数や科学に至るまで、ブックスタートで幼少期に本を手にした子供たちの方が良い成績をおさめることに気づきます。最終的に二人は「生後9ヶ月で本を贈ることは学力水準を上げるためには費用対効果の高い方法だ」と結論付けています。

生後9ヶ月と言えば、表情が増えてきて、どんどん行動範囲も広がりますが、まだ言葉が出てくるか出てこないかというような時期です。そんな時期から本をプレゼントされることに、とても大きな意味があるというのです。

その理由の一つとして二人は、親や世話をする人たちと一緒に本を読むことによって培われる「集中力」をあげています。幼い頃から一緒に本を読んだ記憶と経験が、小学校に上がった時点で差を生むのではないかと考えたのです。

本を読んで知識を吸収することだけでなく、大好きなお父さんやお母さんと一緒に本とふれることで得るものがある、ということですね。日本にも赤ちゃん向けの本は多くありますが、そんなわけで、今日は英文学よりの「赤ちゃん絵本」をご紹介しましょう。

子どものための英文学第2回2

名作をたった12語で綴る? 赤ちゃん向けの古典絵本

初めて書店で見たときには思わず目を疑い、それから笑い転げ、そしてどうしても買わずにいられなかったのが、こちら。

Cozy Classics(コージー・クラシックス)の、Pride and Prejudice(ジェーン・オースティン『高慢と偏見』)。そして、Moby Dick(ハーマン・メルヴィル『白鯨』)。

Pride and Prejudice Moby Dick

原作は、19世紀初頭のイギリスの女性作家ジェーン・オースティンの古典と、19世紀のアメリカの小説家ハーマン・メルヴィルの古典です。

両方ともに何度も和訳されているとても有名な作品ですし、英語圏で知らない人はいないでしょう。これがそれぞれ12枚の写真と12の単語で語られています。

古典を小さな子供向けに書き直すのは別に今に始まったことでも珍しい話でもありませんが、それにしてもたった12語! その上、添えられた写真は手作りのフェルトの人形で、なんとも可愛らしいのです。

この本を作っているのは二人の兄弟だそうで、写真撮影のためには屋外でのロケも辞さず、本当に火を使って撮影することもあるとのこと。結果として、フェルト人形の可愛らしさと、なんとも言えずリアルな背景が不思議な効果を出しています。

赤ちゃん向けの古典の書き換えは、実はCozy Classicsに留まりません。BabyLitとタイトルをつけられたシリーズでは、30冊を超える古典文学が、赤ちゃん向けの言葉の少ない絵本に書き換えられています。

こうした赤ちゃん向けの古典の書き換え絵本は、言葉も少ないですし、実際の小説とは全く異なるものです。それでも私は楽しくて良いなあと思うのです。

1ページにつき単語1つですから、読むのも簡単ですし、子供も真似をします(下の子は『白鯨』が大好きで、相当大きくなるまで読みきかせをねだっていました)。

そして、年齢が上がり、ある程度複雑なことが話せるようになってきた頃には、絵本を題材にして、親子で話を広げていくこともできるでしょう。

お勉強をさせるために読むのではなく、きれいな挿絵や、可愛らしい写真を見ながら一緒にページをめくる時間を楽しむこと。そして(これが実はとても大切だと思うのですが)、親も楽しむこと。

もしも興味を持たれたのであれば、ぜひぜひ、『高慢と偏見』も『白鯨』の原作の翻訳版も読んでいただきたいと思います。子供に教え込むためではなく、ご自身が楽しまれるために。

『高慢と偏見』は『プライドと偏見』という邦題で映画化もされていますから、まずは映画から楽しんでみてもいいかもしれませんね。

赤ちゃん向けの古典絵本は、普段だったらちょっと敷居が高い(かもしれない)外国文学の世界への、親子両方に向けた、とても素敵な招待状だと思うのです。

(参考)
Wang, Jack and Holman Wang, Pride and Prejudice, Cozy Classics, (San Francisco: Chronicle Books, 2016)
Wang, Jack and Holman Wang, Moby Dick, Cozy Classics, (San Francisco: Chronicle Books, 2016)
Wade, Barrie & Moore, Maggie, ‘A Sure Start with Books’, in Early Years: An International Research Journal, 20, (2000), 39-46.