2019.4.22

親子でアートを感じよう! 多様性の時代に必要な “生きる力” を育む「対話型鑑賞法」

長野真弓
親子でアートを感じよう! 多様性の時代に必要な “生きる力” を育む「対話型鑑賞法」

前回の『美術鑑賞は“ぶらぶら歩きでいい加減に”。子どもがアートに目覚める瞬間』では、アート鑑賞で得られる能力と鑑賞の極意についてご紹介しました。「美術館はぶらぶら歩きで、いい加減に見るのがコツ」と言われたら、子どもと一緒でも気が楽になり、とてもリラックスして美術館を巡れそうですよね。

そして「自分のアンテナに引っかかった作品を見つけたらそれをじっくり鑑賞する」とお伝えしましたが、その際に役立つのがMoMA(ニューヨーク近代美術館)推奨のVTSという鑑賞法です。

今回は、子どもの “生きる力” をぐんと伸ばしてくれるアートの見方をご紹介します!

MoMAが確立したVTS(Visual Thinking Strategy)とは

VTSとは、MoMAの教育部部長だったフィリップ・ヤノウィン氏と認知心理学者のアビゲイル・ハウゼン氏が1980年代に生み出したアート作品鑑賞教育です。美術を鑑賞することにより、「観察力」「批判的思考力」「コミュニケーション力」を高めることを目的としています。

つまり、人間教育の一環としてアートを活用しようというもの。具体的には、グループで1つの作品をじっくり鑑賞し、その後、その作品について感じたこと、考えたことなどを話し合います。教育効果が認められ、VTSは欧米諸国で広がりました。

ディスカッションはファシリテーター(調整役)がリードして行なわれますが、その際問われる質問はたったの3つだけです。

  1. 絵の中では何が起きていますか?
  2. 作品のどこをみてそう思いましたか?
  3. もっと発見はありますか?

 
VTSでは鑑賞者の自主性を何より大事に考えるため、ファシリテーターの発言はできるだけ抑えられます。そして一番大切にされているのは、最初に「作者や作品の情報なしに、1つの作品を10分以上じっくり純粋に見ること」。その後ディスカッションをすることで、総合的な創造的思考能力が磨かれていくのです。

多様性の時代に必要な “生きる力” を育む「対話型鑑賞法」2

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日本で開発されたACOP(Art Communication Project)

次にご紹介するACOPはVTSを基に京都造形芸術大学で開発された対話型鑑賞法。1つの作品をじっくり鑑賞し、グループでディスカッションするスタイルは同じですが、こちらがより重視するのは「対話」です。

同じものを見て、感じたり思ったりしたことを共有、共感することで多面的発見があり、一人だけでは到達できない解釈を得ることができるのです。これにより、「みる・考える・話す・きく」という人の基本能力が高められます。

ACOPではナビゲーター(VTSではファシリテーター)と言われるリード役がとても重要で、作品と鑑賞者を深くつなげるために、より大きな役割を担っています。対話の主導はあくまで鑑賞者側ですが、求めに応じて情報を提供したり、鑑賞を深めるプロセスをスムーズに運ぶため、熟練のスキルが必要になります。

多様性の時代に必要な “生きる力” を育む「対話型鑑賞法」3

鑑賞に正解なんてない! 親子で感じたことを語り合う方法

方法がわかったとしても、個人で本格的な実践はなかなか難しいですよね。そこで、前編でご紹介した専門家のアドバイスと対話型鑑賞法のエッセンスを融合して、親子で美術館を訪れた際に試せる方法をまとめてみました。

この方法の目的は「観察」と「感想」をリンクさせるクセをつけること。なぜそう感じたのかの答えは観察による発見の中にあるのです。

<親子で対話型鑑賞する方法>

  1. 美術展や作者に関する情報は得ずに、先入観なしの真っ白な状態で美術館へ
  2. 気楽にぶらぶら見て、親子でお気に入りの作品を1つ選ぶ
  3. 【HOW】「どのように描かれているか」じっくり観察し、お互いのポイントを出し合う
  4. 【WHAT】「その作品をどう思うか、何を感じたか」について語り合う
  5. 【WHY】3と4を関連づけることで、作者の意図や時代背景などを想像したり、発想をとばして楽しむ

今回はみなさんがよく知る絵画「モナ・リザ」を例に【HOW】【WHAT】【WHY】の過程を具体的に試してみましょう。

多様性の時代に必要な “生きる力” を育む「対話型鑑賞法」4

【HOW】

絵を見て気づいたことをなんでもいいのであげてみましょう。じっくり見れば見るほどたくさん見えてくるものがあります。
「姿勢がいい」「優しそう」「こっちをみてる」「少し微笑んでるかな?」「肌の色が白い」「肌が柔らかそう」「眉毛がない」「椅子に座ってる」「左手の上に右手をのせてる」「着心地がよさそうなドレスを着てるね」「後ろに道路や緑豊かな山や湖か川が見える」「よくみたら橋も見えるね」「絵の色が古めかしく見える」

【WHAT】

“HOW”の発見から受ける印象や感じたことを語りましょう。
「姿勢も身だしなみも良くて、優しそうな笑みが優雅な感じ(育ちが良さそう)」
「肌や洋服の質感がリアルで、絵が生き生きとして見える」
「薄い微笑みが謎めいても見える」
「見つめられているようでドキドキする」
「後ろに自然が広がっているからか、ほっとする」
「絵の色が褪せて見えるから古い絵だと思う」

【WHY】

これまでの観察と感じたことから、作者はなぜこの絵を描いたのか、どんな時代だったのかなど、観察したことをふまえて、様々なことを想像してみましょう。
「古そうだし、これはすごく昔の絵で、モナ・リザさんは貴族だと思う」
「えらい人だから、自分の肖像画を画家に描かせてるんじゃない?」
「貴族は普段は都会に住んでると思うから、ここは別荘なのかも」
「とてもリラックスしているように見えるから、モナ・リザさんと画家さんは仲良しだったんじゃないかな」

以前ご紹介した、歌とアニメで “世界のびじゅつ” を紹介するテレビ番組『びじゅチューン』のように、想像力にまかせて、絵から発想を飛ばしたストーリーを作ってみるのも楽しいですね。

大切なのは、見たこと感じたことを語り合うことにより、気づきや学びが生まれ、アートを身近に楽しいものだと思えるようになることです。正解はありません。まずは直感を大切にして自由にやってみましょう

対話型鑑賞法を試す前にオススメの絵本『あーとぶっく』シリーズ

最初から対話型鑑賞法を試すのは少し難しすぎるのでは? と思われる方もいらっしゃるでしょう。でしたら、お試し前の準備体操として、鑑賞のヒントとなりそうな絵本があります。それが、『あーとぶっく』です。

皆が知っている有名な画家を自由な楽しい発想で分析するように書かれた絵本たち。作家の特徴をクローズアップして、子どもたちが興味を持ちそうなおもしろい発想で綴られているので、「観察→発想」のプロセスをイメージしやすいものです。

対話型鑑賞法に過剰な知識はNGですが、アートへのハードルを下げるはじめのステップとして、また、小さなお子さまにもとてもいい絵本です。シリーズは全13巻(ゴッホ・モネ・ピカソ・ルノワール・ルソー・スーラ・シャガール・ゴーギャン・クレー・マティス・ローランサン・モディリアニ・ミロ)、ぜひお子さまと一緒に読んでみてくださいね。

多様性の時代に必要な “生きる力” を育む「対話型鑑賞法」5

『ゴッホの絵本―うずまき ぐるぐる(小学館あーとぶっく)』
結城昌子著(小学館)

「なんかしっくりくるなあ、この絵」気が合う名画と、うまく出会えたらしめたもの。あなたはもう名画を鑑賞しているのではなく、名画を体験しているのです。このシリーズは、名画と友だちになるための私なりの絵本。

(引用元:artand結城昌子オフィシャルサイト|小学館『あーとぶっく』シリーズ全13巻

シリーズの著者である結城昌子氏は、『あーとぶっく』についてこのように話しています。自分なりの方法で、名画と友だちづきあいをしてみませんか?

***
最後に――VTSを日本に紹介し、ACOPを開発するのに尽力されたのが京都造形芸術大学教授の福のり子氏。コミュニケーション力育成を重要視するACOPの目指すところを次のように語ってらっしゃいます。

「あなたはそう感じる。でも、私はそう感じない」というときに、単に「人は多様だ」ということで片付けてしまっては、その相手との関係性はそこで終わってしまう。そうではなくて、「私にはそういう風には見えないけれど、あなたの説明をもっと聞きたい」という姿勢によるコミュニケーションがあること。その上で、賛成はしなくても「確かにその説明を聞くと、あなたにそう見えたのは納得できる」というところまでいくことが、ACOPのコミュニケーションなんです。それぞれの見かたがある人たちがどのように関わっていくのか、ということが一番大切ですから。

(引用元:DNPミュージアムラボ|感覚をひらく人たち

これは、今の多様性の時代にいちばん求められている、とても大事な素質ではないでしょうか。「アート」の語源は “生きる技術” なのだそう。人と人をつなぐアートが子どもたちの “生きる力” を育み、豊かな人生を歩む道しるべになるなんて、すばらしく、素敵なことですね。

(参考)
リクナビNEXTジャーナル|必要なのは、自由な発想だけ!MoMA開発「対話型アート鑑賞」で磨ける、ビジネスの役立つスキルとは?
artand結城昌子オフィシャルサイト|小学館『あーとぶっく』シリーズ全13巻
京都造形芸術大学アートコミュニケーション研究センター|コンセプト
和樂 2019.2ー3月号 『日本美術は自由だ!』, pp42-43. 小学館.
岡崎大輔著(2018), 『なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館に行くのか?』, SBクリエイティブ.
フィリップ・ヤノウィン著/京都造形芸術大学アート・コミュニケーション研究センター訳(2015), 『どこからそう思う?学力をのばす美術鑑賞 ヴィジュアル・シンキング・ストラテジーズ』, 淡交社.
DNPミュージアムラボ|感覚をひらく人たち