夕ごはんを食べ終えると、子どもは「ごちそうさま」と言ってテレビの前へ。テーブルには空いたお皿とコップが残り、「お皿、運んでね」と声をかけてようやく動き出します。毎日つくって、片づけて、それでも「ありがとう」の声はなかなか聞こえてきません。
アカデミー賞を3度受賞し、『プラダを着た悪魔』の編集長ミランダ役でも知られる俳優のメリル・ストリープも、4人の子どもを育てながら同じ場面に立ち会ってきたひとりでした。演技と子育て、どちらが大変かと聞かれたとき、彼女は迷わず子育てを挙げています。
目次
メリル・ストリープが「子育てが大変」と語った理由
1998年、ワシントン・ポスト紙のインタビューで、演技と子育てのどちらが大変かを聞かれたストリープは、迷わず子育てだと答えています。*1
THE WASHINGTON POST
1998年9月19日 インタビューより
演技には称賛も報酬も充実感もある。でも子どもたちは、お礼すら言わないし、声をかけなければ食卓の片づけもしない。
メリル・ストリープ(当時49歳、4児の母)
同じ年、フィラデルフィア・インクワイアラー紙の取材を受けたとき、彼女には18歳の息子と、15歳、12歳、7歳の3人の娘がいました。映画の仕事は子どもたちの学校生活に合わせて組み、娘たちが学校から帰る時間に家にいられるよう、舞台の仕事からはほとんど離れていたそうです。そのうえで、家で過ごす時間は撮影の仕事よりずっと骨が折れると打ち明けています。
仕事をしているときは、目の前のひとつの場面だけに集中していられる。けれど家では、レストランの給仕係のように、すべてのテーブルの注文とその順番を覚えておかなければならない。彼女は子育てを、そんなふうにたとえています。*2
THE PHILADELPHIA INQUIRER
1998年9月17日 インタビューより
子育てでは、周辺のことが主役になる。
メリル・ストリープ
朝の持ち物、明日の天気、冷蔵庫の残り、子どもの表情のちょっとした変化。子育ての仕事は、目立たない「周辺」の積み重ねでできています。どれも終わってしまえば誰の記憶にも残りにくく、お礼を言われる機会も少ない仕事です。世界的な名女優の家でも、同じことが起きていました。

子どもには「役に立ちたい」気持ちが、もともとある
言われないと動かない姿を毎日見ていると、うちの子には手伝う気がないのかと思えてきます。けれど発達研究からは、少し違う子どもの姿が見えてきます。
研究で分かっていること
1歳半の子も、困っている大人を自分から助ける
生後18か月の子ども24人を対象にした実験で、大人がペンを落として手が届かない、両手がふさがっていて戸棚の扉を開けられない、といった場面をつくりました。すると24人中22人が、少なくとも1回は自分から手を貸しました。手助けをしてもほめられたりごほうびをもらったりすることはなく、多くは大人が頼んだり目を合わせたりする前に動いていたといいます。言葉をまだほとんど話さない時期から、人の目的を理解して手助けする力と気持ちがあることが報告されています。(ドイツ マックス・プランク進化人類学研究所、フェリックス・ワーネケン氏ら)*3
日本の調査でも、お手伝いの体験とその後の育ちにはつながりが見られます。文部科学省の委託調査で21世紀出生児縦断調査のデータを分析したところ、小学生のころにお手伝いや体験活動を多くしていた子どもは、高校生になったときに自尊感情や精神的な回復力が高い傾向が見られました。こうした傾向は、家庭の収入や家族構成などの環境にかかわらず確認されています。*4
こどもまなびラボのお手伝いと自己肯定感と学力の深い関係。子どもに「ありがとう」はいつ伝えるべき?の記事でも、お手伝いを通して家のなかに自分の役割や居場所があると感じられ、家族からほめられることで「自分は必要とされている」と実感できる、と紹介しています。*5
手伝いたい気持ちはあっても、遊びに夢中なときに手を止めるのは、子どもにとっても簡単ではありません。そこで助けになるのが、頼むときの言葉です。
「手伝って」を「お手伝い係になってくれる?」に変えてみる
研究で分かっていること
「手伝う」より「お手伝いさん」
3〜6歳の子ども149人を対象にした実験で、大人がはじめに「手伝うことを選ぶ子もいるよ」と動詞で話す場合と、「お手伝いさんになることを選ぶ子もいるよ」と名詞で話す場合を比べました。そのあと、子どもがおもちゃで遊んでいる最中に、散らかったものを拾う、容器を開ける、おもちゃを片づける、床に落ちたクレヨンを拾う、という4回の手助けの機会をつくりました。すると「お手伝いさん」という言い方を聞いた子は、「手伝う」と聞いた子や、何も聞かなかった子より多く手を貸したといいます。名詞で呼ばれると「自分はそういう人なんだ」と感じやすくなり、それが行動を後押しすると研究チームは考えています。(アメリカ カリフォルニア大学サンディエゴ校、クリストファー・ブライアン氏ら)*6
この実験は英語で行われたもので、日本語の「係」という言い方で同じ結果になるかは確かめられていません。それでも、頼み方を少し変えるだけなら、今日の夕ごはんから気軽に試せます。
1. 食後に「お皿運び係さん」をお願いする
「お皿運んで」の代わりに、「今日のお皿運び係さん、お願いできる?」と声をかけてみます。係の名前がつくと、子どもにとっては「やらされること」が「自分の出番」に変わりやすくなります。
2. 係の名前は子どもと一緒に決める
「お箸名人」「コップ隊長」など、子どもが気に入る呼び名を一緒に考えると、それ自体がちょっとした遊びになります。毎日でなくても、週末の夕ごはんだけと決めてもかまいません。
3. 終わったら「助かった」を言葉にする
上手にできたかどうかより、ママがどう助かったかを伝えます。「お皿を運んでくれたから、早く座れたよ」のように具体的に話すと、子どもにも届きやすくなります。
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「ありがとう」は、先に言う人から家のなかに広がる
子どもに「ありがとう」を言ってほしいとき、つい「ありがとうは?」と促したくなります。研究からは、毎日の関わりのなかで感謝の気持ちが育っていく道筋も見えてきました。
研究で分かっていること
感謝は毎日の関わりのなかで育つ
子どもと親101組を対象に、7日間の日誌で親子の様子を記録してもらった研究があります。子どもの感謝を育てる関わりを日ごろから多くしている親ほど、子どもが感謝を表す場面を多く報告していました。この関係は、親自身の感謝の気持ちの強さや、子どもへの接し方の細やかさ、子どもの社会情緒的な発達などの影響を考慮しても見られたとのことです。(アメリカ ノースカロライナ大学チャペルヒル校、アンドレア・ハッソン氏ら)*7
1. ママから先に「ありがとう」を言う
子どもが靴をそろえた、弟におもちゃを貸した、そんな小さな場面で、ママが先に「ありがとう」を口にします。言われてうれしかった言葉は、子どもも自分で使いやすくなります。
2. 夕ごはんに「今日のありがとう」をひとつずつ話す
「今日、ありがとうって思ったことある?」と聞いて、家族でひとつずつ話してみます。最初はママから話すと、子どもも答えやすくなります。思いつかない日があっても大丈夫です。
3. 「ありがとう」の前に、うれしかった気持ちを聞く
お友だちにおもちゃを貸してもらったあとなどに、「貸してもらえて、どんな気持ちだった?」と聞いてみます。うれしかった気持ちに気づけると、「ありがとう」の言葉もそこから出てきやすくなります。
***
1998年にストリープが主演した映画『母の眠り』(日本公開は1999年)は、母に代わって家のことを引き受けた娘が、その大変さにはじめて気づいていく物語です。公開前のインタビューで彼女は、この作品は自分と娘たちにも重なる話だと語っていました。幸せがある場所に身を置くこと、そこにあると気づけば幸せはそこにある、とも話しています。
テーブルに残ったお皿も、「ありがとう」が聞こえない夜も、名女優の家と同じ、ありふれた子育ての日常です。お皿運び係さんをひとりお願いして、ママから先に「ありがとう」をひとつ。そんな小さなやりとりが、いつか子どもの口から返ってくる「ありがとう」につながっていきます。
FAQ(よくある質問)
Q. 子どもが「ありがとう」を言わないのは、しつけが足りないからですか?
A. 必ずしもそうとは言えません。感謝を言葉にする力は、家族とのふだんの関わりのなかで少しずつ育っていくものです。子どもの感謝を育てる関わりを日ごろから多くしている家庭ほど、子どもが感謝を表す場面が多いという研究も報告されています。
Q. お手伝いは何歳から頼めますか?
A. 1歳半ごろの子どもでも、困っている大人を自分から手助けする様子が実験で確かめられています。幼児期なら、お箸を並べる、自分のコップを運ぶなど、短い時間で終わる作業から始めると続けやすくなります。
Q. 「お手伝い係」と呼ぶと、本当に手伝ってくれるようになりますか?
A. 3〜6歳の子どもを対象にした実験では、「手伝う」ではなく「お手伝いさん」と名詞で呼ばれた子どもが、より多く手を貸したと報告されています。英語での実験なので、日本語でも同じ結果になるかは分かっていません。子どもが気に入る係の名前を一緒に決めて、楽しみながら試してみてください。
(参考)
*1 The Washington Post (1998)|Mother knows best: Meryl Streep finds her place both at home and at work on ‘One True Thing’. September 19, 1998.
*2 Rea, S. (1998)|Streep Savvy. The Philadelphia Inquirer, September 17, 1998.
*3 Warneken, F., & Tomasello, M. (2006)|Altruistic helping in human infants and young chimpanzees. Science, 311(5765), 1301-1303.
*4 文部科学省 (2022)|令和2年度「体験活動等を通じた青少年自立支援プロジェクト」青少年の体験活動の推進に関する調査研究(リーフレット).
*5 こどもまなびラボ|お手伝いと自己肯定感と学力の深い関係。子どもに「ありがとう」はいつ伝えるべき?
*6 Bryan, C. J., Master, A., & Walton, G. M. (2014)|“Helping” versus “being a helper”: Invoking the self to increase helping in young children. Child Development, 85(5), 1836-1842.
*7 Hussong, A. M., Langley, H. A., Rothenberg, W. A., Coffman, J. L., Halberstadt, A. G., Costanzo, P. R., & Mokrova, I. (2019)|Raising grateful children one day at a time. Applied Developmental Science, 23(4), 371-384.









